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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
アフターストーリー「大陸編」
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後日譚:忘却の綴り(12)

『ミスト教授が過去に手掛けた論文を知りたいのなら』との前置き、そして『霊園』という表現。加えて守秘義務が発生していない事から、魔術霊園が何を意味するのか推察するのは容易だった。


 リジェクトされた論文を保管する場所――――それがアウロスの見解だ。


 魔術大学では毎年多数の論文が制作されているが、そのうち学長の許可を得て発表会に提出され、魔術学会に認められ採用となるケースは全体の1割にも満たない。


 認可されない理由は膨大に存在する。


 まず発表前の段階で問題点が指摘されるケース。基本的には研究を統括する教授・助教授によるチェックの段階で大抵の問題は潰される為、学長の許可が下りないケースの大半は何らかの学内政治的な意図が絡む。つまり『この論文が採用されると大学的に、或いは私的にマズい』と思われる場合を除けば大抵はすんなり通る。


 それでも、中には文章のわかり易さに欠けている、参考文献の引用が不適切といった指摘がなされ一旦戻される事は珍しくない。論文作成の大まかなプロセスは大学内で統一されてはいるが、中身については各研究室の素質・個性に一任されるのが一般的であり、必ずしも質が一定とは限らない。多忙な教授がチェックを怠るケースもある。


 もし稚拙な論文が提出されれば大学の沽券に関わる為、論文の質に関してはどの大学でも厳重に審査が行われる。オートルーリングの研究が長年忌避されていた背景には『一攫千金論文を提出するのは大学の恥』という価値観があり、それは現在も根付いたままになっている。


 学長の許可が下り無事学会に提出された論文には、更なる厳しい査読が行われる。研究の革新性や完成度、収集されたデータの質と量など様々な面から審査され、無事その関門を突破した論文だけが発表を許される。


 特に重視されるのが包括性と芸術性だ。


 包括性とは、多様な背景や視点を取り入れている状態を指す。アウロスの制作した【魔術編綴時におけるルーリング作業の高速化】を例に挙げると、単にルーリングを自動化・高速化する技術だけではなく魔術そのものの市場価値の上昇、魔具を新調する事による経済面での貢献、そして自動化された魔術の応用性といった観点から研究を創造している点が高く評価された。


 そして芸術性とは、論文全体における体系的な美しさを意味する。革新的でありながら、充実したデータを用意し魔術の歴史にもしっかりと目を向けた論文は評価が高く、引用するデータの時代が偏っていたり発展的でなかったりした場合は却下されやすい。


 データの捏造や改竄、或いは盗用などの理由で不正が発覚するケースも決して少なくはない。この場合は当然、露見した時点で無効となる。


 こういった様々な理由で、研究者達が長い年月を掛け作成された論文であっても多くは却下され不採用となる。これをリジェクトと言う。


 リジェクトされた論文であっても、修正によって採用の水準に到達するケースはある。だがそれは極めて稀。多少の修正で調整可能ならば大学内、研究所内の審査で最初から指摘されているし直しているからだ。


 よってリジェクトされた時点でその論文は死んだも同然。作成の経緯を綴った論文や実験等のデータは残骸として捨てられる。


 とはいえ、それらの破棄された論文は一応保管してある事が多い。世に出されていない論文なのでデータ等の引用には使えないが、閃きのヒントになったり失敗例の詳細として参考になる事もある。とはいえ破棄された論文を研究室内で逐一保管していたら足の踏み場もなくなってしまう為、大学内で一括して保管してあると考えるのが妥当だ。


 尤も、アウロスが以前在籍していた頃にはそういった話を聞いた事はなかった。無事採用された論文ならば当然丁重に保管されているし、最終的に不採用となってしまったものの次の研究に繋がった論文も資料として大事に扱われているが、全ての不採用論文が取ってあるとは通常考えられない。その都度処分していると見なすのが普通だ。


 だからこそ、それらの『死した論文』が仮に何処かで保管されているのなら『魔術霊園』の名に相応しい。とはいえ、それなら『論文の墓場』の方がより的確な表現ではあるが。


 その点に多少の引っかかりを覚えてはいたものの、アウロスは一旦『魔術霊園=不採用論文の保管所』と仮定して捜索を行う事にした。


 ただし目的はミストの過去の論文を探す事ではない。


 邪術の萌芽が眠っていないかを探る為だ。


 邪術に関しては教会が認めていない為、それに該当すると判断された時点で研究としては無価値と見なされる。つまり不採用論文となる。


 このウェンブリー魔術学院大学で意図的に邪術の研究が行われたとは考え難いが、結果的に邪術の範疇に入ってしまったパターンならあり得る。そしてそれが忘却魔術に関する手掛かりになっていて何者かがそれを参考にした可能性も、もし本当に不採用論文を全て保管してあるのなら全くないとは言い切れない。


 何しろ忘却魔術のターゲットとなったアウロスにとって最も縁のある地。アウロスに恨みがある人物となれば、教会内かこの大学内の関係者と考えるのが自然だ。


 その内の教会内は、アウロスが忘却されている現状では調査が難しい。それに教会でアウロスを恨んでいる者となれば、かつて敵対した元老院の最高議長タナトス=ネクロニアとその一派という事になるが、彼等の仕業ならアウロスよりまず現教皇のロベリアを失脚させる為に忘却魔術を使用していただろう。よって私怨、或いはオートルーリングに関連する怨恨の線が濃い。


 調べる価値は十二分にある。


 そう結論付けたアウロスは、情報収集の為に大学内を奔走し――――論文の破棄を請け負っている部署へと辿り着いた。


 魔術士が不要な論文を処分するのは簡単だ。魔術で燃やせば良い。


 だが燃えカスがゴミになってしまう為、余り実施される事はない。研究内容によってはかなり嵩張る為、ゴミ箱に入れるのも容量的に困難なケースが多々ある。よって不要となった論文を破棄する専門の部署が設けられた。


 簡単な事務手続きを行えば、後は論文およびその関連データを記した書類を預けるだけ。大量に詰まれた紙の山は荷馬車で大学の外へと運ばれ、何処かでひっそりと処分されているという。


 不要物の行く末など誰も気にも留めない。例えそれが何者かによって保管されていたとしても、大学の外で行われている事。当然守秘義務など発生しない。


 リジェクトされた論文は、第二聖地ウェンブリーの"とある大学"に集められていた。


 大学名は――――



「……ヴィオロー魔術大学」



 資料に記された大学名を、アウロスは心の中で苦々しく呟く。


 かつて自分の雇用契約を解除した大学。そしてオートルーリングの発表会を行った会場でもある、何かと因縁のある場所。それだけに余計キナ臭さが際立つ。


 何かがある。そう感じずにはいられなかった。


「ヴィオロー魔術大学がどうかしましたか?」


 不意に聞こえて来た背後からの声に、アウロスは思わず息を呑んだ。


 調査に奔走していた為、時刻は既に深夜。このフォグ研究室どころか大学内にも既に人は殆ど残っていない。


 そして、気配も一切感じなかった。


「……レゼリアさん」


「呼び捨てで良いですよ。攻撃魔術を愛する同士、友好的な関係を築いておきたいですから」


 明らかに、ただの研究者ではない。


 臨戦魔術士の雰囲気を漂わせ、レゼリアは闇夜を背負い不敵に微笑んでいた。


「なので、こんなすぐお別れするのは不本意なんですが。もしかして研究室の空気に馴染めませんでしたか?」


「……別に移籍を考えていた訳じゃない。調べ物をしていたら偶々この資料が手に入っただけだ」


「なら良かったです。その大学、余り評判も良くないですから」


 その評がレゼリア個人の意見なのか、賢聖就任後にかつてアウロスを解雇した件を掘り返され方々から揶揄された事を示唆したものなのかは不明ながら、レゼリアの言葉には奇妙な重みがあった。


「こんな夜更けに何の用だ?」


「私にとっては今が就労時間なんです。昼間は頭が働かないので。貴方の歓迎会には相当無理して起きていたんですよ」


「それは申し訳なかった」


 夜型の研究者など珍しくもない。だからこそ大学は夜間でも完全には閉めずに一部の出入り口を開放している。


 とはいえ、夜間に大学を利用する場合は届け出が必須だが――――


「でも今日は貴方がここにいると知って来ました」


「……?」


 レゼリアは、その届け出をしていない。


 少なくとも今日は。


「貴方が何者なのかを突き止める為に」


 刹那。


 レゼリアの背後に、膨大な数のルーンが出現した。







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