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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
アフターストーリー「大陸編」
352/383

後日譚:忘却の綴り(5)

 魔術国家と冠するだけあって、デ・ラ・ペーニャには数多の魔術研究機関が存在する。規模も予算も情熱も人材もそれぞれ異なるが、実のところ目的さえも千差万別だ。


 魔術の大半が攻撃魔術であるのは周知の事実だが、攻撃魔術自体の利用方法は意外と多岐に亘る。


 最も高い需要を誇るのは軍事用途、特に集団戦における攻撃手段。主に遠距離から攻撃し、出来るだけ広範囲に甚大な被害を与える事が望ましいとされる。


 次に暗殺。武器を保持する必要がない魔術士は、実は暗殺向きの存在。魔具さえ上手く隠せれば疑われる事もない。至近距離で魔術を放てば、中級以上の魔術なら即死させる事が十分可能だ。ただしその際には、出来る限り音を出さないようにしなければならない為、『無音魔術』の開発も進められている。


 動物の狩猟に魔術を用いるケースも多い。特に風をモチーフとした緑魔術は最小限の損傷で狩りが出来る為、獣肉加工を専門とする組織からは重宝されている。


 そして近年、急速に需要を高めているのが工事現場での活用。


 魔術による破壊は素早く、しかも安全に行えるので、トンネル工事の掘削には最適な手段。それ以外にも、使用しなくなった建築物の解体作業や岩盤破壊など様々な用途に使用されている。


 戦争がなくなっても、軍事力拡大の必要性は決して失われない。しかし大規模な集団戦は確実に減少傾向にあり、魔術の需要も年々変化している。より一般市民の生活に密着した用途を見出せなければ、魔術市場は衰退していく一方だ。


 よって現在、デ・ラ・ペーニャの各研究機関では魔術の新たな活躍の場を模索し、経済を活性化させる為の専門部署を設けるよう推奨されている。


 名称は組織によって若干の違いはあるが――――第二聖地における最高峰の研究機関として名高いウェンブリー魔術学院大学では、【魔術活用科】という名称で新たに設立された。


 魔術活用科の主な役割は、国家の財産である現存の魔術をどうすればより活用できるかを思案し、それを計画として纏める事。また大学内で新たな魔術が開発された場合、それをどのような形で収益化までこぎ着けるかを考える事。他にも細かい仕事は無数にあるが、主な仕事はこの二つだ。


 この学科では、魔術の開発は行わない。魔術の新たな価値を創造する為に存在している。設立当初は戦闘における活用術を模索し、世界の戦場で何が足りないのか、どのような使い方をすれば敵を効率良く蹂躙し、有利な状況を作れるのか……等を主に思案していた。だが新教皇が戦闘以外における魔術の活用をスローガンとして掲げて以降は、そちらの方に注力するようになっていた。


 そして、現在に至る。



「この度、新たに配属されましたロスト=ストーリーです。宜しくお願いします」 



 そう簡易な挨拶をしながら、青年は静かに頭を下げた。


 彼はつい最近まで賢聖アウロス=エルガーデンとして、世界中を飛び回っていた。


 しかし現在はその全ての業務を無視し、かつて勤めていた大学へ新たに特別研究員として加わった。


 それは以前、彼がこの大学に入る際に用意されたポストと同じだったが、学科は全く異なる。当然、知り合いは一人もいない。そもそも、彼が在籍していた頃にはなかった学科だ。


 現在、この大学にアウロス=エルガーデンを知る人間は生徒数と教職員数の和の数だけいる。要するに知らない者はほぼいない。94年ぶりに誕生した賢聖を知らずに生きて行けるほど、この施設はのんびりとはしていない。


 ただ、その本人を前にして、彼を賢聖と結びつけられる人間が一人もいない。変装の類は一切していないにも拘わらず。


 ロスト=ストーリーが賢聖アウロス=エルガーデンであると認識できる者は、少なくともこの大学には全く存在しない。


 それを確信した上で、彼は古巣に戻って来た。



『……貴方、誰?』

 

 

 ルインにそう尋ねられた際は、冗談を言っていると思った。人前でそういう事を口にするタイプでは決してないが、アウロスと二人きりの時には特に意味のない言葉でからかったり困らせようとしたりする。そんな茶目っ気も持っている事を知ったのは、割と最近の事だった。


 だがすぐに気付く。冗談で言っている訳ではない。


 本当にわからないのだと。


 そう判断したならば、そこから忘却病――――世界三大惨禍の一つに数えられている忘却魔術と結びつけるのは簡単だった。


 その後、ルイン以外の人間に自分の事を知っているか確認してみたが、誰も首を縦には振らなかった。教皇のロベリアも、娘のフレアも、彼の事を一切覚えていなかった。


 それなら仕方ない。状況の把握に努め、元に戻る方法を模索する。


 アウロスは瞬時に思考をそう切り替えた。


 問題は、何故その脅威に自分が晒されたのか。アウロスは必死に考えたが、経緯について思い当たる節が全然なかった。


 ならば、自分を恨んでいる人物の仕業。そう考えるのが自然だ。


 現状、手掛かりになりそうな事を知っている人物がいるとすれば、忘却魔術をアウロスに行使した者のみ。ただその人物もアウロスの事を忘れていると考えられる為、そのままで会う事は難しい。


 よってアウロスは、会える立場に就く事を考えた。


 全ての人間に忘れ去られ、経歴も抹消されているが、自身は何も失っていない。使える魔術、魔術に関する知識、戦闘経験などはそのまま残っている。ならばそれを使うしかない。


 そう考えた結果、辿り着いた結論が――――ウェンブリー魔術学院大学への復帰。


 ただし、かつて所属していた事実は全て消え失せている為、方法は限られてくる。その中でアウロスが採った行動は『人員を募集している学科に自らを売り込む』というものだった。


 新設されたばかりの学科なら、外部からでも入りやすい。自分の経験や知識も活かせる。何より、人材が不足している。


 その狙いは的中し、面接の際に提出した経歴(捏造)も特に問題視はされず、無事採用に至った。


「こちらこそ、宜しく」


 魔術活用科を代表して、如何にもデスクワークが得意そうな容姿の助手が眼鏡をクイッと上げながら挨拶を交わす。年齢はアウロスよりも一回り上。一応、魔具は右手の人差し指に装着している為、魔術士なのは間違いない。


「ジェイク=エンロールだ。フォグ教授から聞いていると思うが、魔術活用科のあらゆる指揮権を委ねられている。僕を実質この学科の王だと思ってくれて良い」

 

「……」


 何処かで聞いた事のある姓のような気がしたが、余りハッキリとは思い出せない為、アウロスは深く考えない事にした。


「いや……ちょっと待ってくれ。王は違うな。支配者という印象を持たれかねない。違うんだ。僕はもっとエレガントな人間であってだな……そう、指揮者。僕をこの学科の指揮者だと思ってくれて良い」


「指揮棒タイプの魔具でも発明中なんですか?」


「そういう事を言っているんじゃない! 僕が言いたいのは、この僕こそが華麗にこの学科を取り仕切っている唯一無二の人間という一点だ! それだけわかってくれれば良い」


「……はあ」


 相変わらずウェンブリー魔術学院大学は人材に恵まれていないようで、アウロスは奇妙な既視感に囚われていた。


 とはいえ、このジェイクという名の助手は重要人物の一人。彼に不信感や不快感を持たれてしまうと、目的の人物に辿り着けなくなる。


 かつて――――この大学に在籍していた頃、上司と部下の関係だった男。


 一時は宿敵のような存在だったが、アウロスが賢聖になって以降は立場が完全に逆転し、以降この大学内でどのような力関係に身を置いているのかはアウロスも知らない。



 ミスト=シュロスベル。



 魔術研究学院【ウェンブリー】の第二前衛術科教授。



 アウロスの手掛けたオートルーリングの論文を自身の研究として発表した彼は、時代の寵児として周囲に散々持て囃されていた。しかしその後、紆余曲折を経てその論文のファーストオーサーにはアウロスの名が正しく刻まれている。


 それからの彼は、特に目立った動きを見せていない。故に、遠く離れた地にいたアウロスも彼の現状を把握できていない。


 自分に恨みを持っている人間がそれなりにいる事を、アウロスは自覚している。その中で最も強い恨みを持ち、かつ忘却魔術のような極めて特殊な邪術を入手できる人間がいるとすれば、真っ先に思い浮かぶのはミストだった。


 厄介なのは、忘却魔術を使用した本人すら忘却の対象となる事。忘却魔術を使用した場合、その魔術に関する全ての記憶を忘れてしまう。


 よって、仮にミストが犯人だとしても、彼はその事実を覚えていないしアウロスの顔もここにいた過去も一切記憶にない事になる。


 なので、ミスト本人に問い質しても余り意味はない。証拠となるような資料、若しくは記録が残っていないかを調べるしかない。


 前衛術科に直接入る事が出来ればベストだったが、生憎研究員の募集は行っていなかった。よって、回りくどいが別の学科に入って調査の機会を窺うしかなかった。






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