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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
339/388

第10章:アウロス=エルガーデン【下】(91)

 ガーナッツ戦争におけるデ・ラ・ペーニャの歴史的大敗には、明瞭な原因があった。

 デ・ラ・ペーニャの国防体制を、敵国エチェベリアが完全に把握していた事。

 そして、エチェベリアの侵略速度と経路をデ・ラ・ペーニャ側が全く読めていなかった事。

 エチェベリアには、デ・ラ・ペーニャの内情に精通した"協力者"がいた。

 デ・ラ・ペーニャはその"裏切り者"を把握出来ず、また伝統的に工作活動への注力にも消極的だった。

 戦争に勝利する為には常に周辺国の情報を得る必要がある――――若き日のグオギギ=イェデンは、そんな国内の姿勢を非難し、そう訴え続けていた。

 一方、競争相手であり好敵手でもあるグランド=ノヴァは、彼の意見に懐疑的だった。

 晩年は研究者として融解魔術の実用化に腐心していたグランド=ノヴァも、当時は第一聖地マラカナンの臨戦魔術士。

『魔術の腕を磨き、この第一聖地の守りを固める事こそが最大の国防』と、グオギギの持論に耳を傾けはしなかった。

 けれども、年を重ね、見識を広げる中で、グオギギの意見が正しいと知る。

 融解魔術の件で他国と関わるにつれ、自分達が針の穴から天を覗いていたと思い知らされ、グランド=ノヴァは後悔の念に苛まれた。

 若い頃にグオギギの話を聞いておけば良かった――――という後悔ではない。

 好敵手は『正解』を唱え、自分は『不正解』を唱えていた過去の存在が、どうしても許せなかった。

 自分が先に死ねば、その過去は確定する。

 しかし生き残れば、グオギギよりも誰よりも生き続ければ、青二才だった頃の自分をなかった事に出来る。

 若い頃の自分が『情報を軽視してはならない』と主張していた事に出来る。

 生きたい。

 自分を知る他の誰より生き続けたい。

 長く――――永く――――永久に。

 その執念が、グランド=ノヴァに取り憑く亡霊となり、彼を異様な行動へと駆り立てた。

「君の見解は正しいよ、アウロス=エルガーデン。グランド=ノヴァは確かに俗物的だった。小物、と言い換えてもいいのだろうな。だからこそ、奴を崇拝する者共もまた、表層ばかりを祭りあげ、奴の本質を見ようともしなかった。嘆かわしい事だが、それが教会の実態でもある。ミラー姉弟のようにな。尤も、弟のゲオルギウスはグランド=ノヴァの思想だけではなく融けた意識の断片を取り込み過ぎたようだが……或いは彼は、姉のクリオネよりも純粋だったのかもしれぬがね」

 融解魔術によって断片化したグランド=ノヴァの意識は、有機物・無機物を問わずエルアグア教会の様々なものに浸透した。

 その影響は、融解された当初に教会にいた者だけに留まらない。

 教会という建築物そのものに溶け込み堆積した意識が、現在もまた教会内の人間に影響を与え続けている。

 これは、グランド=ノヴァの意識が無機物よりも人間に向かって流れている事実を示している。

 尤も、この現象の要因がグランド=ノヴァ当人の『人でありたい』という願望によるものなのか、人の意識同士が引かれ合うという性質なのかは不明。

 突き詰めて研究すれば、非常に有意義な成果を得られるのかもしれないが――――タナトスには然程興味はなかった。

「研究成果に開発者の意思は関係ない。まして生死もね。既に論文が存在する以上、どうにでも出来るのだよ。この国に優秀な研究者は大勢いる。君達は特別ではないのだよ」

 グランド=ノヴァへ向けて。

 そしてアウロスへ向けて。

 タナトス=ネクロニアは勝利の美酒を浴びせるように笑った。

「とはいえ、だ。アウロス=エルガーデン。君の名前は覚えておくとしよう。君の生み出した技術は、少なくも融解魔術よりは有用だ。戦争に勝利した暁には、君を褒め称えても良い。無論、グランド=ノヴァをより蔑む為にもね」

 あの男の研究は、結局のところウェンブリーの青二才の研究者にすら劣るものだった――――と。

 自国への脅威となり得る可能性を孕んだ融解魔術の身勝手な運用を試みようとしていたグランド=ノヴァへの制裁は、タナトスの念願の一つでもあった。

「入ってきたまえ。"腕"や"指"は要らぬよ。魔具のみで良い」

 扉の向こうに佇む人の気配を愛でるように、そう呼ぶ。

 程なくして扉は開き――――表情なきルイン=リッジウェアがそこに佇む。

 右手に魔具を持って。

「御苦労だった。私兵を使えば容易く葬る事は出来たが、ロベリア=カーディナリスの使者を選挙管理委員会を取り仕切る私が直々に始末するとなると、後々の処理が面倒でね。新たな内紛の火種にもなりかねない。身内の同士討ちならば、その面倒も省ける。万が一に備え、君に隠し部屋で待機して貰っていたのは、我ながら妙案だった」

 ルインは扉を完全には閉めず、無表情のままゆっくりとした足取りで最高位室へと入っていく。

 先程まで待機していた隣の"扉なき部屋"とは違い、空気の淀みはないが、歴史の証人たる空間独特の重さがあるのは感じていた。

「こちらに取り込めれば最良だったのだがね。かのガーナッツ戦争で、局地的ながら貢献したとも聞いている。戦争経験者で、かつ合理主義の研究者……実のところ、そのような人材を教会は切実に求めている。だが、ここは妥協するとしよう。才能、家柄共により優れた君がいれば問題はあるまい。研究者についても心当たりがある。ルンストロムからは獅子身中の虫になりかねない人材と聞いているが……問題ない。儂ならば容易に飼い慣らせよう」

 そのルインとタナトスの距離は、手を伸ばせば届くところまで縮まった。

「デ・ラ・ペーニャは勝たねばならぬ。そしてその為には、平和であってはならぬ。温い思想のデウス=レオンレイもロベリア=カーディナリスも、その為には不要。ルンストロム、そして君や君の母親のような、自己の為に全てを切り捨てられる人材こそが、これからの魔術国家には必要なのだ。歓迎するよ、ルイン=リッジウェア。その忠誠の証を、儂に」

 タナトスが手を伸ばす。

 オートルーリング専用、そして純正の魔具を手にする為に。

「一つ聞きたいのだけれど」

 その手に応える前に、ルインが表情を消したまま口を開く。

「構わないよ。ただし、言葉には気をつける事だ。この部屋での会話を聞いているのは私達だけではない」

 その忠告が何を意味するのか――――ルインにはわかっていた。

「……もし私がここに現れなかったら、貴方はどんな手段でアウロス=エルガーデンを葬ろうとしていたのかしら? 彼を生かしてここから出す気はなかったのでしょう?」

「君が"母親より"アウロス=エルガーデンを選ぶ可能性を、儂が考慮していたかどうか。それを問いたいのだね? 君がルンストロムの身柄を確保した際のやり取りが全てだよ」

 差し出した手をそのままに、穏やかな貌でタナトスは応じる。

「思い起こしてみるといい。"あの時"ルンストロムが何を言っていたのか。君が追い詰めたと思っていた相手が、ただの伝言係だと判明した瞬間の事を――――」



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