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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
338/388

第10章:アウロス=エルガーデン【下】(90)


 ――――長き永き歴史の狭間


 悠久と類似するとさえ錯覚しそうな日々の積み重ねによって、魔術は現在の体系を得た。

 アランテスの教えを遵守する魔術国家の礎を守る為の自己同一性。

 国防・自己防衛を満たす為の攻撃性。

 この二本の柱を需要と供給の主軸とし、魔術の研鑽は進められた。

 その反面、多様性は次第に失われていく。

 けれども、攻撃魔術以外の魔術が殆ど発展していない背景には、需要以外の理由も存在していた。 

「より正確には、『攻撃魔術以外の需要が伸びないように仕組まれていた』というべきかね」

 宿の一室。

 拘束されたままのルンストロムが語り出した魔術史への愚痴を、ミルナは目を細めながら、ラディは欠伸を噛み殺しながら聞いていた。

「聖典を読み解けば、かのアランテスは魔術を『選ばれし者の責務』と説いてある。無論、単純化出来る言葉ではない。そこには様々な解釈が可能であり、いかようにも判断出来る。その上で、我々の先人であり諸先輩方であり、先祖である魔術士達は、魔術を『国家の為に或るもの』と決めた。それ自体、私にも異論はない。だが問題は、『国家の為に或るもの』の解釈だ」

「曖昧な啓蒙を更に曖昧にしてしまった事で、より楽な方、より儲かる方、より都合の良い方へと流れていったのね。その結果、攻撃魔術以外の研究はある時期に禁止事項とされていたそうよ。攻撃魔術を生み出すのは簡単で儲かるから。『騎士の助手』を大量生産する事で、この国は潤った。その純然たる事実から目を背けられないのも事実ね」

 ミルナのその見解は、現代の魔術国家においては常識に属するもの。

 魔術の運用性について検討を重ねた結果、デ・ラ・ペーニャは『武器』である事を選んだ。

 剣や槍などの物理的な武器は、材料と職人の腕によってその品質および生産量が決まる。

 一方で魔術の場合は、開発してしまいさえすれば、新たに材料を消費する必要がない。

 また、ルーン配列を固定化する事で、個人差も最小限に抑えられる。

 弓矢を遥かに凌ぐ殺傷力と範囲での遠距離攻撃も魅力だ。

 実際、魔術には物理的な武器にはない利点が幾つもあった。

 その優位性が国内だけでなく国際的に認められた事で、魔術の定義は決定した。

「魔術は素晴らしい。素晴らしいから認めよう。有用だから金を出そう。確かにそうなのだろう。だが結果として、魔術は騎士の軍門に降った。他国にとって魔術とは軍事利用する上で便利な道具、魔術士とは戦争の折に彩りの為添えておきたい総菜程度のものとなり果てた。良いように利用されているだけだと、我等が祖先は長らく気付けずにいた」

 苛立つでもなく、昂ぶるでもなく、ルンストロムは淡々と持論を述べる。

 その目は寧ろ、穏やかでさえあった。

「……懐かしいな。昔もこうして、よく議論を重ねたものだ。魔術とはこうあるべきだ、こうでなければならない、と」

「教会は一枚岩であるべきだ、議論自体すべきでない、なんて閉鎖的な考えが主流な時代だったから、夜にこっそりと……ね。あれはあれで楽しかったけれど、今となっては少し滑稽ね」

「余り想い出を悪く言うものではない。君にとっても、ウェンブリー教会で過ごした日々は少なからず糧となった筈だ」

 そのルンストロムの発言に、ラディがピクンと全身で反応を示す。

 ようやく興味のある話題が出て来た。

「あっれ? 総大司教様って元々研究者だって聞いてますけど、教会にいたんですか?」

「それほど長い期間ではなかったけどね。研究費を捻出するには、各方面に繋がりを作っておく必要もあるの。教会も、魔術の最先端の研究は常に把握しておかないといけないから、民間からの人材確保には余念がないのよ」

「彼女の優秀さは教会内でも話題になっていてね。最終的には、当時の総大司教が彼女を直接スカウトした。既に魔術士としては晩年だったのだが、えらく活力的な方でね。魔術士の育成に尽力されていた。グオギギ=イェデン様は実に君を気に入っていたよ」

「……」

 御年一〇五歳、当時推定七〇代。

 その偉大な長寿魔術士の名前が出て来た瞬間、ラディは顔中に冷や汗を滲ませた。

 本当に、そのグオギギ=イェデンが当時まだ若いミルナを"魔術士としての人材"として評価していたのか、それとも――――

「あ! そういえばさっき言ってた毒って、結局どういう意味なんですか? すっげー嫌な上司がいたとか? ものスゴくケチ臭い同僚がいたとか?」

 余り深く考えないようにすべく、ラディは話題を変えようと必死に捲し立てる。

「あらあら、随分と実感のこもった言葉ね。貴女はそうだったの?」

「上司でも同僚でもないですけど、似たようなモンですね。ホラ、やっぱり美人で性格が良くてその上愛想まで良い女性って、やっかみの対象じゃないですか? ホント、よく苛められたりもしました。総大司教様も、お若い頃は綺麗だったんでしょ? ルインちゃんと同じで、目鼻立ちがハッキリしてるし」

「ありがと。嬉しいわ。でも、そうね。あれはやっかみだったのかしら?」

 やや諧謔的な目線を、ミルナはルンストロムへと向ける。

 その可憐な瞳を暫く眺め、やがて嘆息が生まれた。

「……さてね。だが君が大勢の魔術士を虜にしたのは、認めざるを得まい。それ自体は大した問題ではなかったが、流石にグオギギ=イェデンをも魅了したのは良くなかった。教会のような閉鎖された場所では特にね」

「ああっ! やっぱり!」

 結局、確固たる証人によってグオギギの変態性が証明されてしまった。

 尤も、ルンストロムが特にそこへの言及をしていない事から、老人が若い女の子を寵愛する事は教会内で別段珍しい話ではないのかもしれない。

 ラディは深淵を覗いてしまった結果、情報屋としてのランクアップを果たした。

 本人はゲッソリしているが。

「当時はある事ない事、君への風評が毎日のように飛び交っていたよ。当時は直接聞けなかったが、やはり……」

「そうね。それなりに……ね」

 遠く、そして深い何処かに見える何かから目を背けられない、けれども直視は出来ずぼかそうとする、そんなミルナの瞳を、ラディは沈黙のまま観察していた。

 ラディは断片的、表層的にではあるが、ミルナの過去の過ちを知っている。

 アウロスに対してどれだけ酷い事をしたかを。

 けれども、当の本人が赦している以上、またその本人の傷が、ラディ自身の身体に浸透している生物兵器の痕跡と共通項となっている以上、ラディにはミルナを責める気にはなれなかった。

 彼女がいなければ、アウロスと出会い、そして深い話をする事もなかったから。

「君が"壊れた"のは、その時の所為なのだろうね。人体実験など、当時の君がそのような事に手を染めるとは考えられない。余程追い詰められていたと邪推してしまうよ」

「あら、まるで自分は関与していないとでも言いたげね。まるで私の理解者みたいな口ぶり」

 ミルナは笑顔だった。

 敵意もまるでない。

 ないが――――傍で聞いていたラディが先程とは違う種類の冷や汗を流すほどの威圧感があった。

「……やはり気付いていたか。私もまた、壊れていたのだよ。君という才能に嫉妬してね。自分はこの世代で一番ではない。そう理解したからこそ、あの方に屈服する自分を許せたのだろう」

 そう述懐するルンストロムの顔には最早、傀儡の役割としてこれまで必死に形成していた威厳はなかった。

 そして同時に――――

「けれど私は、貴方が誰かに屈するとは思わなかった。傲慢で、強欲で、狡猾で……教会の誰よりも周到だったものね。貴方は」

「それだけの人物なのだよ。タナトス様は」

 その表情は、何処か清々しくさえあった。

「あの方は毒を食らう事に何ら躊躇しない。敵であろうと、自らの駒になるか否かをまず見極める。私以上の周到さでね。そして、有用であるならば、どのような手段を用いてでも取り込む。そして、そうでないと判断した際の処理も迅速。人の命、魔術士の命でさえもいとも容易く摘み取る。人の生き死に、死生観を軽視しての事ではなく、知り尽くした上で。さながら、死神の如く」

「……」

 ルンストロムの話を聞いていたミルナとラディの表情が、緊張感と不安を帯びる。

 その理由を理解し、ルンストロムは邪悪な至福の笑みを浮かべ――――

「貴様等は意気揚々と最後の一手を打ったつもりだったのだろうが、全てはタナトス様の掌の上。アウロス=エルガーデンは今頃、タナトス様に取り込まれているか、若しくは処理されている。結局は筋書き通り。どれだけ早く正確にルーンを綴ろうとも、出力される魔術は変わらないのだよ!」

 ――――呪詛を吐き散らした。



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