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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
329/382

第10章:アウロス=エルガーデン【下】(81)

「あ、忘れてた」

 憂いを覆い隠すように、ラディはやや演技じみた声をあげ、左腕の袖を捲る。

 常に長袖の服を着用しているラディは、三枚ほど重ねていた服の袖に深く、かなり深く指を入れ――――やがてアウロスの魔具を取り出した。

「ホラよ。預かり物。返すね」

「……他に隠し場所はなかったのか」

「フフン。わかってないねロス君。もし敵さんに捕まって身体検査受ける事になったら『脱げ』とか言われるでしょ? 女の場合。そこで脱いでる最中にコレがポトンと落ちたら、その瞬間隙が出来るワケよ。敵さんもまさかそんな場所から出てくるなんて思ってないからね。そこでグリュッと目潰しですよ」

「嫌な擬音だな……ま、いいか」

 それなりに思い入れの深い魔具を受け取り、装着する。

 今の状態、魔力を使い果たした中で装備したところで無意味なのはわかっていても、指に通す事で一定の安堵感は得られた。

「フレアは? 一緒にいないって事は、攪乱の為に二手に分かれたのか?」

「そ。フレアちゃんのアイディアでね。正確には三手だけど。マルテ君に関してはどうするか迷ったんだけど……」

「理屈で一番の安全策だとわかってても、中々一人にさせるのは難しい。大した決断力だ」

 手放しでそう褒めたアウロスに、ラディは一瞬目を丸くしていたが、やがて破顔して上機嫌な様子を覗かせた。

「マルテはエルアグア教会に戻ってる。あいつの事は心配しなくて良い」

「ん、了解。あの子、何処となくロス君に似てるよね」

 そう小声で告げながら、ラディは呼吸を大きくする。

 大役を全うし気が抜けたのに加え、追いかけっこの疲れもあるらしく、疲労感が一気に滲み出てきた。

「フレアちゃんが分かれようって言った時も、『それが一番いいかもね』って言ってたし。似てるって言うより、似てきたのかな?」

「さあな」

 そんなラディの姿を横目に、アウロスは歩みを始めた。

「ルインを探してる。見てないか?」

「んにゃ。もしかして、向こうの親玉逃がしちゃった? 私達追ってた連中がいきなり引き始めたから、何かあるかなーって思ってたんだけど」

「ああ。それでルインが先行して追ってる。探さなきゃならん」

 ラディとの会話が休憩に繋がった事もあり、アウロスの足は自然と速度を上げていた。

 その休憩で更に時間を食ってしまったが、それは仕方のない事。

 ラディの貢献は絶大であり、彼女の悪気のない冗談を責める気など、アウロスには一切なかった。

「ロス君ってさ、ルインちゃんのどの辺りが気に入ってるの?」

 だが――――その不意打ちには、真逆の意味で閉口せざるを得なかった。

「……それを聞いてどうしようってんだ?」

「ただの好奇心さー。でもね、お似合いなのは知ってんの。その上で、どうなのさーって思って」

 悪戯好きの動物が主人の足にまとわりついて鳴くような、ラディの問い。

 歩を止めないアウロスの直ぐ後ろを、手を頭の後ろで組みながら付いてくる。

 好奇心と言う割には、容赦なく答えを迫る体勢。

 アウロスは、自分の思考力が相当落ちているのを自覚した。

 いい躱し方が思い浮かばない。

 なら――――ここで魔具の恩を返せば良いか、という結論に至った。

「……礼儀正しいところ」

 要は、思っていた事をそのまま口にするだけの、簡易極まりない作業だ。

 ただ、受け手の反応はかなり鈍かった。

「あー……そう取っちゃえるなら、確かに相性抜群かもね」

「迷った上でのその反応なら、お前も相性いいんじゃないか。あいつと」

「そうかもね」

 組んだ手をそのままに、ラディがアウロスの真後ろから離れ、横並びに移行した。

「不器用なのよね、多分。だから他人に合わせられない。なら『自分はこういう人間だから、これ以上関わらない方がいい』って警告なんでしょうね。彼女の口の悪さは」

「口だけじゃなく威圧感もな。魔術士殺しが仕事なら、威圧感は要らない筈なんだが」

 暗殺技能に近いものが求められる中、気配を消す能力は必須だが、威圧は必要ない。

 その点――――似ている人物が一人。

「ま、そういうワケだから。そろそろ合流してもいーよ。フレアちゃん」

 虚空へ向けて、ラディが言い放つ。

 気配は一切しない。

 時間も時間とあって人通りは一切なく、教会を中心に並び立つ民家や店の何処にも人影は見当たらないが――――

「……よくわかったな。実は達人か? 武術家の娘とか、そういうのか?」

 その声は、驚くべき事にラディの真後ろから聞こえた。

 隠密術は数多くあれど、ここまで闇に溶け込める者はそうはいない。

 フレアの本来の実力は、この時間帯、夜間でこそ発揮されるのだとアウロスは"再"確認した。

「どーせこの辺にいるだろって思っただけ。情報屋ってそういう鋭さがないと食っていけないのさ」

「女の勘か?」

「女の勘ね」

 微笑ましいやり取りの影に、何か刃物に似た鋭利さを感じたアウロスは、心中でこっそり嘆息しつつ、もう一つ歩の速度を上げた。

 同時に、視界を上げ夜空に誓う。

 ルインの無事を確認しない限り、この夜は明けない。

 明けさせない。

「……ありがとうな、二人とも」

 その決意も後押しし、アウロスは珍しく素直に礼を口にする。

「あと少しだけ、力を貸して貰えるか。俺一人でルインを見つけ出すのは難しい」

 歩を緩め、そして止め、振り返る。

 少し離れた場所で、二人は立ち止まっていた。

 余程アウロスの素直なお礼の言葉に驚いたらしい。

「俺と……ルインを助けてくれ」

 頭を下げるべきかどうかは一瞬迷った。

 勿論、矜恃や意地などと言った理由ではない。

 仲間と、そう思っている相手に助けを請うのに頭を垂れるのが正しい行為なのかどうか。

 礼儀、情、形式、信頼――――何が正しいか、何が伝わるかなど、結局のところは確率でしかない。

 そういう生き方をしてきたアウロスは逡巡の末、頭を下げた。

 ただし、心から、心を込めて、心を晒して、頭を下げた。

「何を今更。その為に一緒に歩いてんでしょーが」

 ラディは照れくさそうに、素っ気なく。

「お前は私に何も頼むな。お前には大きな借りもあれば、憧れもある。命じてくれてればいい」

 フレアは――――意外にも、そんな事を率直に告げてきた。

「命じるのはちょっと違うけど……なら、頼む」

「体力の許す限り、探す」

 そう言い残し、フレアは再び闇へと紛れた。

 ラディも無言で親指を東側へ向け、アウロスから離れていく。

 あと少し。

 ほんの少しで、手が届くかもしれない。

 いろんな人の手を借り、力添えを受け、また自分もそれなりに動き回り――――ここまで来た。

「……待ってろ。ルイン」

 アウロスはそのまま真っ直ぐ、歩いていた方向へ向けて駆け出した。





 ――――そして、その日も夜は明けた。



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