表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
325/389

第10章:アウロス=エルガーデン【下】(77)

 最も待つ事が苦手であろうティアが真っ先にそう発言した事で、アウロスの案は

 この場の全員に受理された。

「もし向こうにあの小娘が残っているのなら、指示を出せばよかろう……と言いたいところだが、それを考えぬ貴様ではない。信じようではないか」

「ほんの一時期だけど、オレっち達の上司になった事もあったしね。言われた通り粘ってやっよ!」

 意志が統一された時の四方教会は――――強い。

 融解魔術の浸食が殆ど進まないほど、間断なく三人の攻撃魔術が放たれていく。

 直撃する度に融け、あっさりと消えゆく魔術。

 けれども、決して儚くも脆くもない。

 その心強ささえ覚える光景を、アウロスはただじっと耐えるように眺めていた。

 この状況をひっくり返す方法はある。

 今すぐにでもそれを叫びたい。

 だが叫べば――――最悪の事態を招く危険もある手段だった。

 極限とも言えるこの状態で、アウロスは敢えて最も保守的で、最も危険度の少ない方法を選択した。

 それは例えば救世主や英雄と呼ばれる人間ならば、まず選ばないだろう。

 そしてアウロスは、そういう人間になるつもりなど一切ないのだから、当然の選択だった。

 待つ。

 ただひたすら、待つ。

 目の前に迫り来る、全てを呑み込み融かす最強最悪の魔術を前に、その強烈な重圧を目の当たりにしながら、アウロスはただじっと――――その時が来るのを待った。


 それが、正解だった。


「……あ! あ!」

「融解魔術が……!」

 ティアの目に、トリスティの目に、そしてサニアの目にも、その結論が映る。

 どれだけ魔術をぶつけても、無尽蔵に溶かし続けていた微細な粒達が――――融解魔術が、消えてゆく。

 ほぼ同時に、魔力切れを起こしたトリスティがへなへなと崩れ落ちた。


『やっほー。どう? 上手くいった?』


 この場にまるでそぐわない、軽々しくも頼もしい声。

 発信源は、アウロスの魔具だった。


『あれ? 反応なし? もしかして別の人の魔具に連絡入れちゃった? それとも、誰かと交換しちゃったとか……』

「問題ない。おかげさまで、融解魔術は消えた」

 気を抜けば落ちそうになる瞼に力を込め、アウロスはその声に応える。

 声の主は――――チャーチだった。

 この場における唯一の、救世主となり得る存在。

 アウロスは珍しく、そんな彼女へ向けて拍手を送った。

「助かった……のだな?」

 そう呟きながら近付いて来るサニアも魔力切れ寸前だったらしく、顔色が悪い。

 それでも間一髪ではなく、ほんの少し余裕を残している辺りが英雄とは縁遠い――――

 等と思いつつ、アウロスは首肯代わりに肩を竦める。

「……既に魔術が発動している以上、魔具内魔術無効の理論も通用せぬ。一体何をしたというのだ?」

 安堵よりも困惑が先に立ったのか、訝しげに問うサニアに対し、アウロスは嘆息混じりに前方を指差す。

 融解魔術が消え、視界が明瞭になったそこには――――ゲオルギウスだけが立ち尽くしていた。

 目は虚ろ。

 元々、自我がどの程度残っているか不明という状態だったが、ここまで意識が朦朧とした様子はなかった。

 そのゲオルギウスの大きな身体が、ゆっくりと崩れ落ちる。

 そしてその背後に、神杖ケリュケイオンを両手で握り締め、したり顔で笑むチャーチの姿が現れた。

「この杖を打撃用の武器として使ったの、初めてだよ。意外と攻撃力あるんだね、これ」

「……何……だと?」

 まだ状況を理解出来ず、唖然としているティアとトリスティを尻目に、サニアは暫し口元を引きつらせ、やがてそこから形容しがたい声を発し始めた。

「くく……ふはははは! 何たる皮肉事よ。魔術史上最悪の邪術を、そんな野蛮で原始的な手段を用いて防いだか」

「大したものだよ、この人。後頭部、思いっきり殴りつけてやったのに、暫く立ってたんだから。案外こっちの方がグランド=ノヴァに近付いたのかもね」

 そう告げつつ、チャーチは自慢げにアウロスへ向け杖を掲げる。

 その殊勲者に対し、アウロスは軽く手を上げて感謝の念を伝えた。

 ――――賭けだった。

 視界が遮られていても、声で指示は出来たのだから、チャーチに向けて『ゲオルギウスを殴り倒せ!』と叫ぶ事は出来た。

 だが、それは余りにリスクが大きかった。

 人影は一つしかなかったが、例えば部屋の入り口の傍の死角にまだ護衛が残っていたら?

 明らかにトランス状態とはいえ、ゲオルギウス自身がアウロスの声によって警戒心を強めたら?

 もしゲオルギウス以外にまだ敵が残っているのなら、アウロスがチャーチに叫んだ時点で、チャーチが捕縛対象となる。

 下手すればその場で殺されかねない。

 非戦闘要員と見なされていたからこそ、またグオギギ=イェデンの身内だったからこそ放置されていたが、ゲオルギウスへの攻撃性が認められれば、そういう訳にはいかない。

 チャーチなら、指示を出さなくても場に応じた最適な行動が出来る。

 そう判断し、アウロスは敢えて待ち続けた。

 仮に護衛の一人が残っていても、こっそりゲオルギウスへ近づき、渾身の一撃を見舞えると。

 実際には護衛は残っていないらしく、ゲオルギウスの隙を突く事に集中していたようだが。

「アウロスさん、アウロスさん。見事だったでしょ? この瞬時の判断力。やっぱりボクが将来の嫁に相応しいって思わない?」

「それは兎も角、大した物理攻撃力だな。いい腕力だ」

「あー! そこ褒められるのは困るよ! ボク華奢で頭脳派で可憐なのが売りなのに!」

 緩んだ空気が集会室に入り込む。

 それは、紛れもない勝利の空気。

 へたり込んでいたトリスティは、ようやく状況が飲み込めたらしく、ゴロンと床に転がる。

 そして、サニア同様魔力切れ寸前のティアは――――

「ご主人様! ご主人様っ!」

 脇目もふらず、這うようにデウスの元へと駆け寄った。

 そんな中――――

「……」

 アウロスは、倒れそうな身体と途切れそうな意識を繋ぎ止め、歩き出す。


 ――――まだ終わっていない。


 そう自分に言い聞かせながら、空気の緩みが自身に伝染するのを防ぐかのように、集会室を後にする。

 まだルンストロムを追跡しているルインが戦っている。

 まだ自分の託した魔具を持ち逃亡中のラディが戦っている。

 彼女達に危機が迫っていたとして、今更自分が駆けつけようとしても、間に合う筈はない。

 まして魔力切れの自分に出来る事など、何もない。

 それでも、もし自分が歩を進めれば、何かがあるかもしれない。

 幸運にも追いつく事が出来て、自分がひょっこり現れた事に敵勢力が驚いて警戒し、それがルインやラディを守る事に繋がる事だって、ないとは言い切れない。

 だから、進む。

 ひたすらに――――前へ。

 そうやって生きてきたのだから、何の迷いも躊躇もない。

 今日もそうだ。

 先程は待つ事で前進し、今度は進む事で事態の好転を待つ。

 全ては、目的へ辿り着く為に。

 全ては――――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ