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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
ウェンブリー編
32/382

第2章:研究者の憂鬱(18)

 翌日――――

「あー、こう言う事だったの」

 納得しながら手を合わせるラディの視線の先には、幾つかの名前が刻まれた立派な墓石がある。

 教会の境内にある墓地の一角に湿った風が吹き付ける中、アウロスは祈るように瞑目しながら頷いてみせた。

「教会から締め出された両親を、ご先祖様と同じ場所で眠らせて貰う事――――それがもう一つの条件だった、って事だ。あの小悪党の権限でもこれくらいなら……ってのは失礼か」

「いや、実際『この程度なら』と言われた記憶があるよ。でも、僕にとっては重要な事だ。

 ウォルトは慈しむように墓石に触れる。

「この墓を守る義務が僕にはある。最期は余りに悲しいものだったけど、この人達が僕の誇りである事に変わりはないし、出来れば安らかに眠っていて欲しいんだ」

 その石はいつの日も冷たく、体温を少しだけ奪う。

 それが心地良かった。

「でも、その為ならと煮え湯を飲んだ筈なのに、結局僕は最終的に自分の欲を優先させてしまった。本当は合わせる顔もないんだけど……」

「まだ言ってるのか」

 呆れると言うよりは少し怒ったように息を落とし、アウロスはキッパリと告げる。

「大事なものが一つじゃないんなら、天秤だって必要だ。散々悩んで決めた事なんだろ? それを裏切りだとか言ってたら、この世の人間、全員が裏切り者だ」

 その言葉には、珍しく若干の怒気が含まれていた。

 年齢的にも立場的にも、アウロスは説教と言うものを余り得意としていない。

 割と諭すような言葉の際も、基本的には普段の語気と変わらない。

 意識したものではなかったが、ウォルトの表情を変えるだけの効果はあった。

「だよねー。それに、あんま自分を卑下すると自分に酔ってるって思われるし」

「……それは、あるかもしれない」

「あんのかよ!」

 場にそぐわないラディのツッコミを、風が優しく運んで行く。

「そうでもしないと、心が耐えられそうになかったから」

 ウォルトの言葉をラディは冗談と受け取っていたが、実際にはかなり深刻な状況の吐露だった。

 どう反応すれば良いかわからず、アウロスに視線で助けを求める。

 無論、反応は無だった。

「ま、まーその、それはわからなくもないけど」

 結局、普段の軽いニュアンスを若干残しつつの同意と言う、一番無難な返答を投げる。

 その様子に、アウロスは思わず微笑んだ。

 しかし直ぐに真顔に戻る。重要な事を告げる為に。

「実はここに来る前、朝一でお前さんの上司に昨日の事を報告した」

「……」

 沈黙は緊張感を伴っていた。

 それを宥めるように、アウロスが言葉を続ける。

「道理で根暗な訳だ、と一笑に付してたな」

「ね、根暗……?」

 存外ショックだったらしく、ウォルトの目が見開かれる。

 その傍らで、ラディは物凄く妥当な表現だと思っていたが、口に出さないようアウロスが目で訴えた為、かろうじて沈黙は守られた。

「基本的にはお咎めなし、だそうだ。今日中に顔は見せろだとさ。合わせる顔がないんなら、背中向けながら来いだと」

「ははは……」

 年配者の心遣いに若者は唯笑うしかない。

 それに同調するように、湿り気のある風がピタッと止んだ。

「上司に恵まれてるな」

「ああ。君もね」

 ウォルトの返しにアウロスの眉が引きつる。

「クールボームステプギャー教授は、ミスト助教授をかなり高く評価なされているみたいだ。そして、君も」

「俺も?」

 余りに意外な言葉に、アウロスは思わず眉を顰める。

「面白い子供だ、と」

「……それは高評価とは違う気がするんだけども」

 アウロスが半眼で不満を訴えると、ウォルトはごく自然に破顔した。

 これまでは見せた事のないその笑顔は、疑う余地のない友好の証。

「クールボームステプギャー教授は気難しい人ではないけど、固有名詞を話題に上げる事が極端に少ないんだ。だから、話に名前が出た時点で評価しているって直ぐにわかるんだよ」

「何と言うか……返答に困るな」

 ラディに肘で小突かれつつ、アウロスは困った顔をする。

 それに反比例して、ウォルトの顔は明るみを増して行った。

「余り褒められ慣れていないみたいだね。以前に僕が褒辞を送った時も、今みたいに耳を赤くしていた」

「余計な所は見なくていい」

 アウロスは余り攻められるのが得意ではなかった。

 その様子を隣でニヤニヤしながら見ていたラディを蹴飛ばしつつ、かなり強引に表情を変える。

「……で、結論は?」

 アウロスの問いに対し、ウォルトは両親の眠る場所に視線を送り、何かを願うような表情で数秒間沈黙した。

 そして再び、アウロスへ顔を向ける。

「ここまでして貰った以上、断る訳にはいかない。ただし、やるからには妥協はなしで」

「当然。だからお前さんを選んだんだ」

 差し出される手。

「あらためて、よろしく」

 交わされる握手。

 そして、誓い。

「ああ。君の夢を分けて貰う」

 言葉は空気を伝って、白い空の元、暖かに綴られた。


 ――――斯くして。


 アウロス=エルガーデンは最高の相棒を招き入れる事となった。



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