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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
319/381

第10章:アウロス=エルガーデン【下】(71)

 ルンストロムの奸智と策略は完璧だった。

 少なくとも、その殺意を向けている相手には一切気付かれていない。


 ルンストロムの狙いは――――"テュルフィング" デクステラ。


 そう読み切ったアウロスの合図は、ルンストロムの目による編綴が始まった直後に出された。

 その合図の声に、ルンストロムはいち早く反応を見せる。

 表情の中に驚愕や焦燥は、一切ない。

 寧ろ想定内、そんな顔つきで編綴を進めている。

 万が一アウロスやルインが隙を突いて攻撃を仕掛けてきても十分に対応可能な距離と体勢を確保している。

 それがルンストロムの結論だった。

 部屋の中央からやや奥にいるルインと、入り口付近にいるルンストロムの位置関係は、速度重視の攻撃魔術が多い黄魔術や緑魔術でも、出力から直撃まで0.6秒程度はかかる距離。

 それだけあれば、十分回避する事が可能。

 デクステラを仕留め、アクシス・ムンディを従えて逃亡――――そういうシナリオが透けて見える、確信に満ちた表情だった。


 ルインが綴るルーンの挙動を見るまでは。


「……何だ……と?」

 その声は一転、驚愕も焦燥も多分に含んだ、誰が見てもわかる露骨な仰天。

 ルーンを綴っていたルンストロムの目が、大きく見開かれる。

 ルインが綴ったのは、僅か一文字のルーンのみ。

 その後ルーンは――――自動的に編綴されていた。

「オートルーリングかぁ!」

 そのルンストロムの叫び声と同時に、ルインの手から【風輪連舞】が放たれる。

 風の円月輪が三つ、四つ、五つとそれぞれ独自の軌道で飛び交う様を、アウロスは厳しい目つきで、そして標的たるルンストロムは呆然とした面持ちで眺め、そして――――

「うぐぁ……ぐああっ! ああぁぁあぁああ ああああぁあっぎぁぁぁ……!」

 腕を、肩を、足を、更には脇腹を切り刻まれ、緩やかに崩れ落ちる。

 その全てが致命傷――――とは程遠い。

 老人でありながら類い稀な身のこなしを見せたルンストロムは、最善の動きでルインの【風輪連舞】から身を守り、最小限の負傷で済ませた。

 だがそれでも、悲鳴が物語るように、決して軽傷とも言い難い。

 五箇所、全ての傷から血が滲み、脂汗が滴り落ちる。

 恐らくは、長らくこのような痛みとは縁遠い生活を送ってきた首座大司教。

 実戦から、そして臨戦魔術士から遠ざかっていた弊害が、この場で表面化した。

「そうか……お前も持っていた……持ってきていたのですか……ミルナの娘……」

 それでも、元実力者の意地か。

 ルンストロムは直ぐに立ち上がり、ルインの右手にはめられた魔具を睨む。

「オートルーリング用の魔具をッ!」

「ええ、そうだけれど」

 激痛に耐え、怒りにも等しい声で状況を呑むルンストロムとは対照的に、ルインの顔は何処までも涼しい。

 死神を狩る者――――面目躍如の時間だ。

「不思議な事ではないでしょう? 彼が開発に成功して、それなりの時間は経っている事だし。何より、試作品が一つである筈もないのだから」

「……持ち出しの許可は取ってないんだろうな。お前なら」

 呆れ半分、達観半分でアウロスが大きく息を漏らす。

 アウロスがウェンブリー魔術学院大学で研究し、論文として完成させた【魔術編綴時におけるルーリング作業の高速化】は、アウロスが大学を去った後も前衛術科、魔具科が一体となって進められている。

 ミストが自らの切り札と認めた研究なのだから、当然だ。

 なら試作品は毎日のように生み出されている。

 ルインはその中でも、評価の高かった魔具を一つくすね、この第一聖地マラカナンへとやって来た。

 ただ単にアウロスを追って、ではない。

 アウロスの力となる為。

 その為に必要な物は何か、どうすればその助けとなるかを熟考した上で。

 その想いが、ルンストロムの読みを上回った。

 オートルーリングでなければ、ルンストロムの目論見通り先にデクステラへ向けて魔術を放ち、その後回避も出来たのだろうが――――

「……そういう、切り札を最後まで隠し持とうとする用心深さはミルナにそっくりですよ」

「あら、そう」

 母に似ていると言われたルインの表情に動揺はない。

 最早母親を持ち出す事に意義がないと悟ったルンストロムは、奥歯を噛み砕く勢いで歯軋りしながらも、やがて薄く笑みを浮かべた。

 つい先程まで本気で戦っていたサニアとデクステラも、既にその手を止めている。

 周囲を囲むアクシス・ムンディの面々も、動く気配はない。

「どうやら……味方を失ってしまったようですが……」

 それでも、ルンストロムは覇気の火を消さず、アウロスを凝視する。

 執念――――或いは怨念。

 浅い呼吸で笑み続けるルンストロムに、エルアグア教会の空気は再び張り詰めたものとなっていった。

「まずは……褒めておきましょうか。よくぞ見破りました。私の狙いを」

「まさか自分を亡き者にするつもりだったとはな。自分もそれは読めなかった」

 魔術が具現化しなかったとはいえ、殺気を向けられたデクステラがそれに気付かない訳がない。

 だからこそ、サニアとの戦いの手を止めた。

 最早それに意味がない事を知ったのだから、当然だ。

「何故、読めたのですか? 立場、状況、戦場の流れ……全てをそう読ませないよう入念に仕組んでいたつもりでしたが」

「それを教える利が俺にはないな」

 普段通り、アウロスはにべもなくそう告げる。

 実際のところは――――危ない橋だった。

 確信はあっても、確定ではなかったからだ。

 ルンストロムという人間の性格と性質、そして彼が固執しているもの。

 そこに『自己中心』という言葉を当てはめると、魔術を海外に売り出すという彼の行動自体は真実だとしても、そこにテュルフィングを介入させる事は大いに疑問があった。

 確かに彼らは顔が広く、情報網の密度も凄まじいのだろう。

 魔術士という出る杭を打つ役割からも、協力を仰ぐ上では最適だ。

 魔術という技術、その情報を海外に流出させる行為は、魔術士の脅威を抑制させる事に繋がるのだから。

 だが、それならば――――魔術士であるルンストロム個人もまた、力を持ち過ぎれば何処かの時期で打たれ、凹む事になる。

 協力関係は他国との橋渡しの時点で解消するのが正解。

 その為には、自分の情報を握っているテュルフィング――――デクステラの始末が最優先となる。

 アウロスはそこまでルンストロムという人間を読み解いた。

 読み解けた理由は単純。

 思考水準が似ていたからだ。

 似ているから、容易に考えが見える。

 こうすれば、最も合理的に事が進む――――そんな研究者気質な考えに『自己中心』という属性を加えた瞬間、ルンストロムの綴る筋書きは大方読めた。

 そして、最大の好機を失った次の行動もまた、読める。

「アウロス=エルガーデン……」

 逃亡。

 ただし、この場で最も邪魔な二つの障害に楔を打ち込んでからだ。

「そしてデウス=レオンレイ! "贄"となるのはこの二人です!」

 ルインと、デクステラ。

 その二人を動揺させ、足止めさせる方法は一つ。

 大切な者に迫る危機。

 アウロスは、それも読んでいた。

 ただ一つの誤算は――――


「!」


 ゲオルギウス=ミラーの、突然の覚醒だった。




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