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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
315/381

第10章:アウロス=エルガーデン【下】(67)

 その昔、魔具の形状として最も普及していたのは『杖』だった。

 理由は単純で、加工技術が未熟だったからだ。

 セパレート繊維を含むシマトネリコという木を使用しなければならない、という制約がある中で、ほぼ木製で製造される杖とは相性がよかったし、大きさにも余裕があり、かつルーリングを行いやすいという事で長らく固定化されていた。

 だが、天然繊維を加工し、セパレート繊維と同様の性質を持つ繊維を作り変える技術が広まったことで、軽量化の波が魔具製造という分野に押し寄せる。

 そこで最も広まったのが指輪型の魔具。

 当初は『綴る』というルーリングの性質上、ペン型の物が優先的に開発されていたが、それ以上に指輪型の利便性、携帯性が評価され、研究論文の数は逆転。

 そして、そのまま指輪型が長期にわたり魔具の代名詞として普及し、現在に至る――――



 エルアグア教会に鳴り響いた小規模の衝突音が消えゆく中、魔術を放ったルンストロムは、未だ余裕という殻で自身を覆っていた。

 表情に強張りがない。

 肩に力が入っていない。

 そしてある種、厄介なのが"目"。

 今し方、魔術を綴ったその目は、微かな濁りもなく、光沢すら帯びている。

 それもその筈だった。

「……やはり、先に見せてしまったのは失策でしたか」

 ルンストロムは、鈍く妖しく光るその目をルインへと向けた。

 結界によって、アウロスに放った自身の魔術を防いでみせた張本人へと。

「見事な反応です、ルイン=リッジウェア。恐らく指示は貴女ではなくアウロス=エルガーデンが出していたのでしょうが……それを考慮しても鮮やかなルーリングでした」

 そのルンストロムの指摘は正しい。

 アウロスがルインへ背中越しに出していたサインは、ルンストロムの"目"を表したもの。

 目に注視しろ――――その意図をルインは魔術が放たれるほんの少し前に気付き、事なきを得た。

 結界を綴る速度、精度、いずれもアウロスよりルインが上。

 加えて、アウロスは魔力が尽きかけている。

 それらを総合的に判断して、ルインに警戒を頼んでいた。

「目……虹彩を覆う魔具か。まさかそんな物が開発されているとは思わなかった」

 半ば称賛するようなアウロスの発言は、紛れもなく本音。

【ウェンブリー魔術学院大学】でオートルーリング専用魔具を開発していたアウロスにとって、魔具製造はかなり身近なものとなっていた。

 それだけに、ルンストロムが現在使用している魔具がどれだけ開発困難かはほぼ正確に理解していた。

「透明性の確保に加えて、相当薄く作らないと装着も難しいだろうに」

「ええ。残念ながら現時点で大量生産は不可能です。これは魔具製造の達人に依頼して、一年近くかけて作って貰った代物でしてね。ここまで魔石を薄くするのは、常人には成し得ない偉業です」

 魔石という概念すらも吹き飛びそうな、『レンズ型』魔具。

 それを目に直接装着し、眼球の動きでルーンを綴る。

 既存の魔具による魔術の出力とは異なり、予備動作が相手に視認される恐れがなく、不意打ちを仕掛ける上では最善と言えるだろう。

「アウロス=エルガーデン。貴方はこの発明をどう思いますか? 大量生産が不可能だからという理由で、金にならないという理由で、下らぬ物だと一蹴しますか? 魔術士にとって、新たな戦闘方法の萌芽になり得るこの発明は無意味だと嘲笑いますか?」

「いや」

 即答。

 ルンストロムが目でルーリングを行った時点で、アウロスはその魔具の存在と意義について既に検証、結論を出していた。

 それは紛れもなく、研究者としての性だ。

「目的が明瞭で、且つ有用。優れた発明品だ」

「貴方ならそう言ってくれると思いましたよ」

 口元を緩ませ、ルンストロムは微かに視線を上げた。

 一瞬、それもルーリングの所作かとルインは身構えたが――――どうやら違うらしく、何処か遠くを見るように、ルンストロムは眼差しを鎮めた。

「だが残念ながら、当時のこの国は受け入れなかった。恐らく、今も変わらないでしょう。それを理解しているからこそ、貴方は普及可能な魔具である事を前提にオートルーリングの研究を行った。その論文を見て、私は貴方への感心以上に、この魔術国家の衰退を確信したのですよ」

 カネにならない魔術は認められない――――それは、デ・ラ・ペーニャにおける真実だ。

「魔術の研究を経済活動として限定しておきながら、その成果を国内のみに限定する。今や魔術は、国内で金の巡りをよくする為だけの歯車に過ぎないのですよ。これで魔術が発展する筈がありません。だから私は――――」

 虚空を眺めていたその目が、デクステラへと向けられる。

「彼らと組む事にしたのです。魔術士を壊す力を持つ、テュルフィングという存在と」

「……」

 視線を送られたデクステラは物言わず、アウロスにもたれかかったデウスに視点を固定していた。

「私は、何か間違いを犯していますか?」

「ああ」

 返答は、やはり早かった。

 巨躯であるデウスを支えても尚、その体勢は揺るがない。

 例えか細い身体でも。

「どれだけ正しい事を言っていようと、自分の理想を盾にして他人の人生を弄ぶやり方は間違いだ。信用出来ない。だからお前にオートルーリングは渡さない」

「そのやり方を選んだ背景に、貴方の歪んだ劣等感が見えるのなら、尚更ね」

 二人の会話に割り込んできたのは――――ルイン。

 数歩前へ進み、アウロスの背中に触れそうな位置まで近付く。

「貴方がルンストロム=ハリステウスであろうと、グランド=ノヴァであろうと、結局は同じ事よ。出身地への劣等感、自分の研究が認められない劣等感……どちらでも同じ。貴方はただ、自分への評価を国内で得られないから、それを国外へ求めているに過ぎないのでしょう?」

「……そのような次元の低い話ではありません」

「いいえ。貴方は単に"認められない自分"を認めたくないだけ。だから手段を選ばない。だからフレアやマルテのような子供でも臆面もなく利用する。だから後輩の研究成果を強奪しようとする。だから人間の命と向き合っていない。自覚なさい。貴方はその程度の人格なのよ。自己中心的で独善的な人生をさも壮大であるかのように装飾しているだけ。それが今の貴方。実態はただの――――」


 或いは、ずっとため込んでいたのかもしれない。


「――――迷惑な我儘ジジイね」


 アウロスは密かに、その頼もしい毒舌を心中で歓迎していた。


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