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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
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第10章:アウロス=エルガーデン【下】(65)

「挑発にしても、中々愉快な発言です。私が焦っている。この場において絶対的優位を保ち、教皇選挙においても勝利確実、他国との交渉も順調……その私が、焦っていると?」

 饒舌さはそれまでと変わらないが、明らかに自己顕示性が全面に出ているのは、地の性格が出始めているのか、単に本気で愉快だと思っているからなのか――――別にどちらでも構わないと切り捨て、アウロスは持論を重ねた。

「俺は研究者だ。だから、お前の不安は理解出来る。納得の不安だ」

「……成程。貴方はつまり、私の環境、立場といった不動の要素がどれだけ私の優位性を示しても、それを上回るだけの確信がある、と。そこから導き出される根拠は……私が選挙前日にここへ来た行動そのもの、ですね?」

 ルンストロムの目が、デウスへ向けられる。

 既に声を発する事すらしなくなった、次期教皇候補の一人。

 その生命力は時間が経過するにつれ、目に見えて低下している。

 デウスを見つめるティアの目は、最早涙を止める事が出来なくなっていた。

「確かに、その男――――デウス=レオンレイが脅威だった事は認めましょう。選挙に勝利する上での脅威、ではありませんよ。教皇になるのは私で確定しているのですから。しかし、その男が教皇選挙という『公式の場』で私に負けるのは、少々都合が悪かったんです。それ故に、こうして前日に押しかけたという訳ですよ」

「元教皇の息子を負かした、という事実が広がれば、反発する勢力や市民が出てくる、か」

「貴方はやはり筋がいい。マラカナンという聖地に生まれたから偉い、と考えている愚者に対する痛烈な対立命題としての存在価値が十分認められます。殺したくはありませんね」 

 アウロスの言葉に、ルンストロムは満足げに微笑んだ。

「その通りです。選挙に勝ち負けは付きもの。しかしながら、結果が出れば全て割り切るべき、という本来あるべき姿勢は、理想論でしかないのが実情でしてね。自分の応援する候補、支持する人物が負かされた事に立腹し、歪んだ決起を実行する者はいつの時代も存在するのですよ。まして、元教皇の血を引くとなれば、尚更」

 だが、不戦勝となれば少し事情が変わってくる。

 デウスは不慮の事故で仕方なく選挙から降りた、と知れ渡れば、溜飲が下がるとまではいかなくとも、反発の声が弱まり、決起が鈍る事はあり得る。

 怒りの原動力を削ぐ効果は、十分期待出来るだろう。

「だが、困った事にその男は強過ぎる。殺さず生かさず、では中々難しい。当初はゲオルギウスに隙を見て実行して貰うつもりでしたが……上手くいかなかったことをここに告白するとしましょう。故に、次善策として用意していた『兵隊』を使ったのです」

「それがフレアだったのか?」

「いいえ。マルテです」

 実際にデウスを負傷させたフレアではなく、そのフレアによって気絶させられていたマルテこそが、デウスを仕留める為のギミック――――

「実の息子ならば油断する、と思いましてね。彼が"私"の一部を取り込んでいたのは偶然でしたから、それを利用する形になりましたが。覚醒の準備も整えていました。しかし、どうやら難しいという事で、次善策の次善策、第三の矢を放った訳です」

 ルンストロムの、まるで重さを感じない発言に対し、アウロスの隣にいるルインが右拳を強く握り締めた。

 胸糞悪い――――そんな彼女の声が聞こえてきそうなほどに。

「そういう訳ですので、私は焦っていないのですよ。選挙前日という緊張感の中で、デウスとはいえ平常心ではない。そこに、仕留める為の武器を幾つも用意してあった。それでも尚、仮に仕留め損なったとしても、私が教皇になる事実は揺るがない。厄介事は増えますが、多少の時間と予算で鎮圧可能ですからね。おわかり頂けましたか?」

「ああ。よくわかった。お前は俺が思っていた以上に……」

 全てを掌握した支配者のような口ぶりのルンストロムに対し、アウロスの表情は変わらない。

 感情も、ごく平凡に込めている声で――――

「焦っている。見苦しいくらいにな」

 そう断言した。

「……貴方が聡明な魔術士だと、私は認めています。その持論に対する病的なまでの固執の正体が何であるか、聞きましょう」

 勝者故の余裕もあるのだろう。

 ルンストロムは感情を波立たせず、極めて冷静に問いかける。

 それに対するアウロスの返答は、簡易だった。

「お前自身は気付いていないんだろうが、ここにいる人間の何人かは恐らく気付いている」

「何をです?」

「お前はルンストロム=ハリステウス。ウェンブリー教会の首座大司教だ」

 その簡潔な答えに対し、ルンストロムの余裕に変化はない。

 口元を緩め、軽く頷いてさえいる。

「確かに、この身体はそうです。そこは認めますよ。しかし人格は――――」

「人格もそうだ。いや……より正確には『グランド=ノヴァのなりそこない』か」


 なりそこない。


 アウロスのその言葉に、ルンストロムは――――

「……」

 緩めていた口元を、静かに引き締めた。

「この場で長々と喋っていたお前の発言内容には一部、矛盾がある。例えば出身地。お前はウェンブリー出身と言ってたな?」

「ええ。だからこそ、私には理解出来るのですよ。第一聖地を崇拝する愚かさが……」

「俺の知る限り……グランド=ノヴァは……マラカナン出身だった筈だ」

 弱々しくも、しかしハッキリと、デウスが口を開いた。

「御主人様! もう喋らない方が――――」

「気にするな……折角久々に……四方教会全員が集まったんだ……俺が喋らないと……」

 アウロスはデウスの傷を致命傷だと判断した。

 その判断は今も揺るがない。

 今は止まっているが、負傷時の出血も死に至る可能性のある量だった。

「……始まらないだろう……? なあ……デクステラ……」

 だが、デウスは笑みすら浮かべ、ルンストロムの隣に立つかつての部下に半分以上瞼で塞がったその目を向けた。

「それだけじゃない……ついさっきその男は……グランド=ノヴァは実験を失敗した……そう語ってたじゃねぇか……なあ?」

 最早自力で立つのが困難らしく、デウスはアウロスの肩に手をかけ、それでもへたり込む事なく二本の足で立ち続けた。

「ああ。明らかに矛盾がある。『その時はまだグランド=ノヴァを名乗っていなかったから敢えてそんな言い方をした』では済まない矛盾だ。お前はグランド=ノヴァに"なりきれていない"」

 デウスを支えたまま、アウロスは反論を続ける。

「なら、どっちが正しいのか。融解魔術の実験は成功だったのか、それとも失敗だったのか。答えは恐らく、まだ出ていない。出せていない」

 そのアウロスに向けられる眼差しは――――徐々に角度を変えていった。

「だからお前はここに来た。成功させる為に。そうだろう?」

 歯軋りの音が、エルアグア教会に小さく響いた。


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