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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
312/386

第10章:アウロス=エルガーデン【下】(64)

「この国を変える為、私は命を賭けました。そしてその賭けに勝った。私は融解魔術を、他のどの魔術よりも、宝石や文化遺産よりも価値のあるものにする事が出来たのです。既に、複数の国から同盟交渉の確約を得ています」

 ルンストロムは、隣で無言を貫いているデクステラへと静穏な目を向ける。

 彼が橋渡し役になっていると言わんばかりに。

「同盟……だと……?」

「そう、同盟です。融解魔術単体を売ったところで、大した国益にはなりませんからね。融解魔術という目玉を用意し、魔術という技術の発展性と可能性を説き、お互いの経済活動を活発に出来る条件を盛り込んだ同盟を結ぶ。それによって経済を軸に総合的な国力を蓄え、『敗戦国デ・ラ・ペーニャ』という不名誉な記憶を世界各国から取り除く。そうする事で……汚名を晴らす機会を得るのですよ」

 それが――――ルンストロムの野望の全貌だった。

「デウス=レオンレイ。魔術士は最早、強さだけでは世界と戦っていけない時代なのですよ」

 その野望は、己の力をもって魔術国家を変えようとしていたデウスに対する全否定。

 そして同時に勝利宣言でもあった。

「現に今の貴方は、私に勝てないでしょう。貴方の部下もそうです。これが現実です。どれだけ能力があろうと、正義を貫こうと、負けては意味がないのです。勝たなければ未来はない。我々が敗戦で学んだのは、その当たり前の理論なのです」

 長く、しかしその場にいる誰もが聞き入らざるを得ない求心力と説得力を有したルンストロムの演説が終わる。

 この国の現実を誰よりも理解し、決して大げさでなく実際に命を賭け、改革を試みようとしている彼の発言を、真っ向から否定出来る人間はおらず、場は沈黙に包まれた。

 ただ一人――――

「聞き応えはあった。確かに、教皇に立候補するだけの事はある。だが……」


 ――――アウロスを除いて。


「お前に協力する気には一切なれないな」

 そう断言し、グランド=ノヴァの五分の一程度しか生きていないその青年は、普段と何ら変わらない不敵な瞳を携え、今にも倒れそうなデウスへ向かって歩き出す。

「確かに、俺と似ている面がないとは言わない。目的への着手方法とその方針には

 共感する所もある。もし俺が、この国を立て直せと言われたら、近い方法を考慮するだろうな」

「ほう……なら、共感しない部分とは何かね?」

「手段が安易過ぎる。自分の命を賭けたんだから、他人の命を奪っても構わない……そんな安直な考えが見える」

 デウスと並んだ所で立ち止まり、そう断言した。

「いけませんか? 上に立つ人間が身を切っているのです。当然、下の人間にも同じ事を求めても許されると思いますが? それとも貴方は、命が平等であると言うのですか?」

「現実はそうじゃないんだろうな」

 アウロス自身、存在を軽んじられてた身。

 そして自分が初めて心を通わせた少年もまた――――何の記録にも残らずに、その人生を終えた。

 平等でない事は、痛いほど実感している。

「でもそれが、他人の人生を犠牲にしても構わない理由にはならないだろう。まして上か下かの基準が能力であれ何であれ、お前が命の価値を決める理由にはならない。神にでもなったつもりなら、人の研究成果を無断で奪うな。自分で解決しろ」

 そのアウロスの発言に――――ルインが思わず口元を手で覆う。

 変わらない。

 国家をどうすべきか、魔術をどうすべきかという壮大なお題目で語ったルンストロムを相手にしても、アウロスは普段と何ら変わらない。

 その姿勢に、ルインだけでなく、デウスですら苦笑を禁じ得なかった。

「中々、痛い所を突いてきますね……その点は認めますよ。融解魔術の理論は証明出来ても、制御については不完全。貴方の構築したオートルーリングを借りなければ、心許ない。その一点、力不足を認めましょう。だからこそ、貴方に協力を依頼しているのですから。もし協力してくれれば、貴方の技術は確実に魔術史に刻まれます。何がいけないのでしょうね?」

「お前に協力すれば、その時点でオートルーリングが殺戮者の道具になり果てるからだ」

「明瞭だね」

 アウロスの返答に対して発せられたその声は――――ルンストロムのしわがれた男声とは対象的に、高く、甘ったるく、しかし決して軽くはない女声だった。

「グランド=ノヴァは第一聖地マラカナンの臨戦魔術士として名を馳せていた頃から、思慮深い面と過激過ぎる面とを同時に抱えていた」

「……そう言っていましたか。あの男が」

「うん。ジジイがそう言ってたよ」

 アクシス・ムンディの面々をかき分けるように入って来たのは――――チャーチだった。

「ここに来るまでに教皇選挙管理委員会に通達してるから、もしここでアウロスさん達を殺せばそちら様に疑惑がかけられるよ。それが嫌なら、オートルーリングは諦める事だね」

「……それもあの男の指示ですか?」

「そこまで気が利いた事は出来ないよ。あのジジイには」

「成程。確かにな」

 あの男、ジジイ――――グオギギ=イェデンを指す二人の呼び方は、字面とは裏腹に温かい感情に満たされたものだった。

「しかし、まさかあの腐れ連中とも通じていたとは……中々侮れませんね、チャーチ=イェデン。

 あの男の血を引いているだけはあります」

 最後までその響きを残し、ルンストロムは一人で拍手に興じた。

 その乾いた音が、エルアグア教会に響き渡る。

 が――――その足は撤退へ向かう事はなかった。

「この状況において考え得る最高の助け船でした。それだけに、残念でしたね。相手がこの私でなければ、窮地を脱出出来たかもしれないのに」

「どういう事かな?」

「私にとって、最早準元老院など何の脅威にも値しない、という事ですよ。よって、貴女のその虚仮威しが真実であろうとなかろうと、全く意味がないのです」

「……籠絡済み、って事?」

 ルンストロムと対峙するチャーチの顔色が、明らかに変わる。

 アウロス達にはわかっていた。

 チャーチがこの教会に来る予定はなく、またデウスやルンストロムとの遭遇が偶然である以上、予めこの危機を想定した動きを行うのは不可能だと。

 つまり、ハッタリ。

 アウロス達を心配して駆けつけ、ルンストロム達がこの教会にいる事を知り、咄嗟にこの危機的状況を切り抜ける策を弄したのだった。

 普通なら即刻バレる嘘だが、チャーチには神杖ケリュケイオンがある。

 もし彼女が準元老院の一人、要するに教皇選挙管理委員会の一人の魔具を登録していれば、この場で会話が可能。

 彼女のその技能を知るルンストロム相手になら、十分に勝算のあるハッタリだった。

 けれど、そんな高度な駆け引きすら、ルンストロムは歯牙にもかけない。


 難攻不落――――


「ルンストロム=ハリステウス。よくわかった。アンタが焦ってる理由が」

 誰もがそう思う中、アウロスは光明を見出していた。

「……焦る? 私が?」

「ああ。ようやく理解した。アンタは焦っている。だから自らここへ来たんだ」

 同時に、理解していた。

 この選挙前夜のエルアグア教会が、『アウロス=エルガーデン』の名を歴史に残せるか否かを決める分水嶺なのだと。 



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