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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
299/382

第10章:アウロス=エルガーデン【下】(51)

「この国には、他国と戦える武器があります。にも拘わらず、『邪術』と一度認定された魔術は永遠に封印され、二度と日の目を見ずに宝の持ち腐れとなるのです。有効な利用方法など、時代が変われば幾らでも新たに生まれてくるというのに」

 ルンストロムの発言が指しているのが融解魔術である事は明らかだった。

 全てを融かす――――その圧倒的殺傷力は、実験を行う事すら困難なほどの危険度を示す。

 まして、悪用された場合の事を考えれば、邪術として封印されたのは妥当な判断。

 アウロスはそんな見解を持っている。

 しかし、このルンストロムは異なる主義を主張した。

「近代魔術の更なる有用性を世界に向けて発信する。それこそが、この敗戦国を元の地位に押し上げ、更なる発展を目指す為の出発点。そして近代魔術とは、国を滅ぼす程の威力を秘めた魔術をも完全制御出来る管理体制を含めた魔術の自由化』にこそある。私はそう考え、融解魔術の研究を秘密裏に進めていたというグランド=ノヴァの行方を探りました。まさか、自らがその魔術の被験者となっていたとは、夢にも思いませんでしたが」

「……その過程で母に接触したのね」

 沈黙を守っていたルインが、堪えきれなくなったかのようにそう漏らす。

 同意を得たかった訳ではないのだろう――――アウロスは目を半分閉じて彼女の想いを慮った。

「ええ。人体実験の専門家たる君の母上に相談を持ちかける形で。私は決して、母上の行為を批難はしません。この魔術国家の為、魔術士の為に倫理、道徳と決別したその心意気や善し。何より美しく在った。今の君のその美貌も、彼女から受け継いだものでしょう」

「……」

 母を褒められ、自らも褒められ、それでもルインは肉を抉られたかのように苦悶の表情で歯軋りをしていた。

「果たして勝算がどの程度あったかは定かではありませんが――――偉大なるグランド=ノヴァは失敗しました。実験とは成果を自らの手で解析して、初めて意味を成す。しかし彼はこの世に戻る事が出来ませんでした。その事実を知った時は落胆したものですが……面白いものです。彼の失敗は、融解魔術の新たな可能性を提示しました。それが彼女です」

 ルンストロムの視線が、未だ倒れたままのフレアに向く。

「正直に白状しましょう。私は融解魔術によって解けた人間が、他の物に浸透するなど当初は全く信じていませんでした。この教会に亡霊が出たという噂を聞いても、よくある他愛のない狂言、作り話に過ぎぬと。今、ここにいるこの男を見るまでは」

 次にルンストロムの視線が移ったのは――――未だ生気のないゲオルギウス。

 袖が指先まで覆うほど大きなサイズの紫ローブに身を包むその姿は教会上位者の威厳をまるで感じさせない。

 そんな彼もまた、グランド=ノヴァを取り込んだ人間の一人である事は確定的だ。 

 エルアグア教会に長く身を置いていた人物である以上、そこに矛盾はない。

「姿も語り口調もグランド=ノヴァとは似ても似つかぬ。が、彼はウェンブリーの首座大司教しか知り得ぬ知識を有していました。知るのは私、そして先代の首座大司教たるグランド=ノヴァのみ。なれば、研究者としては仮定を設けざるを得ません。そしてその仮定を導く為、あらゆる策を講じたのもまた、必然」

「……その為に、フレアを売ったのか」

「正確には『買った』と言うべきなのでしょう。彼女だけではない。何人もの孤児がこの教会にいました。その中に、いずれ戦勝国となる国の出身者が偶々いたのです。そして彼女が実証をしてみせた。それだけだったのですが」

 偶然だったのは確かだろう。

 だが、その偶然を悪魔の知恵にて利用したのは必然。

 フレアは、ルンストロムに二重の意味で利用されていた。

 デ・ラ・ペーニャの研究者として。

 魔術国家の頂点を目指す野心家として。

 その結果が――――今日。

「さて……説明は終わりです。その上で問いましょう。貴方がたはこの魔術国家の魔術士として、私の思想をどう捉えますか? 是非伺いたい。特に、融解魔術の鍵を握る君には。アウロス=エルガーデン」

 名指しされたアウロスは、その鍵そのものと言える魔具をした右手を敢えてかざす。

「選挙前日にわざわざここへ来た目的はこれか?」

「無論。幸いにして、君はウェンブリーの魔術士。そしてその自動編綴の技術もまた、ウェンブリーにて研究し、生み出されたもの。私と縁がない訳ではありません」

 ルンストロムの目に、アウロスは強い偏狂を感じ、半分閉じていた瞼を開ける。

 その視界に映るのは――――第一聖地マラカナンへの強い憎悪。

「私にその技術、預けてみる気はありませんか?」

 黒く濁った目が、アウロスの右手の魔具に注がれている。

「無論、悪いようにはしませんよ。君は知っているのではないですか? 融解魔術が生み出された本当の理由を」

「……デ・ラ・ペーニャを滅ぼす為」

 チャーチが話していた事をそのまま答える。

 絶対的攻撃性。

 肉体の再形成。

 果ては"永遠の命"。

 それほどの可能性、そして多様性を秘めたこの魔術の出発点がそこにあるというのは非常に情けない話ではあるが、ルンストロムは満足げに頷いてみせた。

「融解魔術を生み出したのはグランド=ノヴァ、そしてこの私同様、ウェンブリーの魔術士。つまり……この国の醜さをよく知る立場にある人物という訳です。君もまた、そうであるように」

「……そこまで突き抜けると、もう何も言えないな」

 呆れた様子で呟くアウロスの隣で、ラディが何度も首を傾げている。

 会話の意味を把握していないらしい。

「要するに、融解魔術が生まれた理由は第一聖地への劣等感だった、って話だ」

「は? 何それ、そんな事で?」

「そんな事、で片付く問題ではないという事です」

 激怒するでもなく、ルンストロムはラディの発言を柔らかく、だが俊敏に否定した。

「第一聖地生まれでなければ、魔術士として頂点に立てない。その事実はつまり、魔術国家が根幹から腐っている事を意味するのですよ。ならば破壊するか、全てを融かしてしまうしかありますまい。私はこの魔術の存在に未来を見たのです。これこそが、魔術国家を救う唯一の武器であり、光である……と」

 ルンストロムの口元が綻ぶ。

 ようやく、長い長いその講釈は終わりを迎えた。

「どれだけ研究を重ねても、融解魔術の制御方法は確立されませんでした。無理もない事。私もグランド=ノヴァも『融解魔術』のみを制御しようとした。だが答えは別にあったのです。魔術の仕組みそのものを変えなければならなかったのですね。それを可能としたのが、君です。一攫千金論文と揶揄されていた、実に無謀な研究を見事に成就させて」

 ルンストロムは右手を差し出してくる。

 その意図とは――――

「アウロス=エルガーデン。共に光を照らそうではありませんか。約束しますよ。君こそがデ・ラ・ペーニャの救世主であると永遠にこの国に語り継がれる未来を」

 この国を再生させようとする同胞の、結託を乞う甘い誘いだった。



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