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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
296/382

第10章:アウロス=エルガーデン【下】(48)

 フレアの行動に一貫性がないことは、既にルインの頭の中には入っていた。

 暗殺が必須でありながら、マルテの傍に立ち尽くしていたかのようにこの部屋に留まっていた事が何よりの証。

 が、それだけをもって、フレアが自身の意識とは異なるところで自分とアウロスを攻撃したと即決出来るほど、ルインはフレアについて知ってはいないし、思い入れもない。

 それは幸いした。

 昔の――――アウロスと再会する前のルインであれば、どうにでも出来た問題。

 既知の相手と戦う事への抵抗感など、『死神を狩る者』として生きる事を決断した日からとうに沈めている。

 感情の制御が上手な訳ではないが、感情の沈静化については達人の域。

 それが以前のルインであり、死神を狩る者の特性の一つだった。

 今はどうか。

 ルインには若干の不安があった。

 アウロスがそうであるように、彼女もまた自身の中の変化を感じ取っていた。

 甘くなっている。

 弱くなっている。

 そう自覚せざるを得ないところが何処かにあった。

 もし――――あり得ない事とはいえ、フレアが自分と親しい間柄になっていたとしたら、果たしてこの場で迷いなく、殺してしまっても仕方がないと割り切って戦う事が出来たのかというと、出来ると断言するのに幾ばくかの躊躇を覚える自分がいる。

 幸運だった――――

 そうルインは割り切り、息を強めに吸いながら身を屈め、ルーンを綴る。

 ルインの得意魔術は、緑魔術。

 緑魔術の特徴は柔軟性にある。

 風と類似した現象を具現化させ、それによる攻撃および攻撃補助、場合によっては移動補助や防御といった幅広い用途に対応出来る。

 表面的には攻撃魔術として登録されている魔術の多くが、別の用途に応用可能だ。

 ルインが綴った魔術は、以前のアウロスとの共闘の際に使用した【旋輪】。

 円形の風の刃が旋回し、標的を切り刻む緑魔術。

 女の子が相手だから、顔を傷付けないようにしよう――――等という配慮は一切ない。

 それに対するフレアの反応は、ルインに微かな疑念を抱かせるほど静かだった。

 彼女は魔術士ではない。

 結界を張り魔術を無効化する術は持たない。

 回避こそが唯一、無傷でやり過ごせる手段。

 だが――――フレアは魔術が放たれた刹那も、動きを見せない。

 反応出来ない筈がない。

 それなりに編綴速度には自信を持つルインでもそう決めつけなければならない程、フレアの動きはすさまじく速く、そして鋭い。

 反応速度も然りだ。

 動かない理由――――ルインは魔術を放った直後、身を低くしたまま前進を試みつつそれについての考察も行った。

 ルインの攻撃プランは【旋輪】【安息の螺旋】の連撃。

 これもまた、前にアウロスと共闘した際に見せたものと同じだ。

 同じだからこそ、アウロスも気付く筈。

 気付けば必ず適切な支援をしてくれる。

 過去の経験を踏まえた上での信頼であり、有効な戦略。

 が――――肝心の敵が何をしようとしているのか読めなければ、【旋輪】は撒き餌の意を成さない。

 ギリギリまで引きつけて、高速での回避。

 最も可能性が高いのはそれだ。

 しかし幾らフレアの動きが規格外であっても、【旋輪】のような攻撃範囲がある程度広い魔術を直前で躱すのは不可能。

 ならば、抵抗の意思がない?

 マルテを床に沈めたのは、状況的に彼女以外あり得ない。

 アウロスへの攻撃も確認済み。

 となれば、それもあり得ない。

 ということは。

 次に考えられるのは。

「まさか――――」

 思わず、ルインはそう口に出していた。

 そしてその『まさか』は、視界の中で現実へと移ろう。

 フレアは最後まで動かなかった。

 直撃を甘んじた。

【旋輪】が、フレアの身体――――右半身を直撃する。

 その間、フレアは微動だにしない。

 右腕が、肩が、脚が切り刻まれていく事に一切の感情を生じず、そのまま――――左腕で小型円月輪を投じた。

【旋輪】が次の【安息の螺旋】への布石である事を見透かしたかのように、完全無視。

 それでも、例えば剣撃や拳撃のような攻撃とは違い、魔術によるフェイントは威力を弱める事がない。

 直撃すれば大きなダメージになるとわかっていながら、フレアは【旋輪】を放置した。

 自分の身体が傷付けられる事を一切恐れていない。

 或いは――――自分の身体という意識すらないのかもしれない。

 ルインはそんな相手に得体の知れないものを感じながらも――――恐怖はしない。

 恐れは一切ない。

 が、別の怖さはあった。

 円月輪が投じられた先は自分ではない。

 フレアの愛用するその凶器は――――アウロスへと放たれていた。

「アウロス! 避けなさい!」

 ルインがそう呼ぶ。

 決して呼ばなかった仮の名を。

 咄嗟の事だった。

 その円月輪がアウロスの首の高さに投じられている事を視認したからだ。

 死ぬ。

 アウロスが。

 ルインは背筋が凍っていく感覚を、次に用意していた魔術をキャンセルしながら味わっていた。

 何も間に合わない。

 これから何を綴ったところで意味を成さない。

 例えオートルーリングであっても。

 そしてもう一つ確実な事が。

 アウロスでは、あの攻撃は避けられない。

 防ぐには結界しかない。

 けれど、アウロスはルインの攻撃を見ている。

 あれが、ギスノーボと戦った時の攻撃方法だと、アウロスならば直ぐに理解する。

 理解して、自分の行動の最適化を図る。

 すなわち、ルインの支援。

 次の【安息の螺旋】を本命としている攻撃であるならば、アウロスはフレアの注意を引く為に何らかの攻撃魔術を出力させるのが一番有効な支援だ。

 異なる角度から小さい時間差で攻撃されれば、注意は散漫になる。

 一度目の攻撃を回避出来ても、二度目の攻撃で足止めを食えば、その次に控えたルインの【安息の螺旋】は避けられない。

 相応の威力を持つこの魔術は編綴に若干の時間を要する。

 そういう意味でも、攻撃支援は有効。

 アウロスは確実にそれを実行している。

 なら――――フレアの攻撃を防ぐ手立てはない。

 それなら、今からフレアを攻撃すべきだった。

 アウロスへ攻撃した今のフレアは無防備。

 直ぐに魔術を放ち追撃すれば、確実に仕留められる。

 以前のルインなら、即座にそう判断出来た。

 今は、出来なかった。 

 アウロスの名を叫んだのは、最早悲鳴と同質。

 自分が一度も呼ばなかった名を呼べば、凄まじい速度でフレアの攻撃に気付き避けられる――――そんな筈もないのに。

「……!」

 鮮血が舞い、ルインは血の気を失う。


 ――――致命傷


 刹那、ルインはその言葉に襲われ、絶望に浸った。 


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