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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
291/381

第10章:アウロス=エルガーデン【下】(43)

「何があったの? ただ事ではなさそうだけれど」

 一階へ駆け上がったアウロスを待っていたのは、ルインとラディの二人。

 その時点で、アウロスの顔は無自覚に歪んでいた。

「デウスが何者かに倒された」

「え……? あいつが?」

 戦闘面には明るくないラディですら、驚きを隠せない。

 それだけ、デウスという魔術士の不覚は衝撃的な出来事だ。

「誰の仕業かはわかっていないのね。何処にいるかも?」

「ああ。目的もまだわからない。だから俺達が狙われる可能性もある」

 一応、そう注意喚起しながらも、アウロスはその可能性が低いと判断していた。

 このタイミングでデウスの命を狙う理由――――それは一つしか考えられない。

 教皇選挙だ。

 選挙の立候補者を、前日に始末する。

 そうすれば、代理を立てる暇もない。

 こう考えるのが最も妥当であり、他の選択肢が勝る事はない。

 ならば選挙とは無関係のアウロス達にその凶刃が向けられるとは考え難い。

 だが、それが正解である保証はない。

 デウスへの恨みによる犯行かもしれない。

 ならば、デウス本人だけでなく、彼と共にいた全員を始末しようとしていても不思議ではない。

「身内にやられた可能性は?」

 ルインもまた、アウロスと同じ見解を示す。

「四方教会の三人は、まずない。さっき三人揃って駆けつけてきた」

 もし彼らの中にデウス抹殺を目論んでいた人物がいれば、この状況で擬態を続ける理由などない。

 とっくにいなくなっているだろう。

 となると、残る一人――――かつての四方教会の幹部、デクステラ。

 だが彼にしても、デウスは最初から間者と見抜いており現在は袂を分かっているのだから、油断する対象とはなり得ない。

 ――――残る身内は、一人。

「……マルテは今、どこに?」

 問う事に一瞬の躊躇があった。

 そのアウロスの様子に、ルインが微かに目を伏せる。

「多分二階。一階に下りてくるところ見てないし、階段の方から足音も聞こえてない」

 情報屋らしい観察眼で、ラディがそう答える。

 確かめるのは何も難しくはない。

「わかった。行こう」

 今度は躊躇なく、アウロスはそう促した。

 状況的には、マルテの犯行というのが一番しっくりくる。

 しっくり来てしまう。

 マルテは、マルテであってマルテではないからだ。

 彼の中には、グランド=ノヴァが一部溶け込んでいる。

 マルテの体調や身を置く環境によって、グランド=ノヴァの意識が濃く出る事がある。

 そして、このエルアグア教会においてその傾向が強い事も、既に実証されている。

 グランド=ノヴァ本人の意識ではない。

 マルテとグランド=ノヴァの一部が混ざり合って出来た、全く違う人格が出現する。

 その人格がデウスを殺す動機もある。

 彼はオートルーリングを欲していた。

 それを独占しようとしていたデウスを隙あらば殺そうと考えていたとしても、不思議はない。

 加えて、デウス。

「仮にあのマルテという少年が犯人だとして……彼に倒せるの?」

 そうルインが疑問に思うのも無理はない。

 デウスとマルテの関係は、表面的には冷え切ったものだったから。

 だがアウロスは知っている。

 少なくとも、デウスの中にはマルテに対する親としての確かな愛情があった。

 もしも、マルテが自分を殺そうとしたとして、果たしてデウスに反撃が出来たか。

 恐らくは出来なかっただろう。

 けれども――――

「倒せるとは思えない」

 それが、アウロスの結論だった。

 反撃は出来ないまでも、回避なら可能。

 どれだけマルテが丁寧に作戦を練り、不意打ちを実行したとしても、だ。

 グランド=ノヴァの意識が色濃く出たマルテの能力を、アウロスは身をもって知っている。

 決して、デウス相手に深傷を負わせるほどの力はない。

 既にオートルーリングの魔具も取り上げている。

 グランド=ノヴァの存在発覚後、マルテの行動、所持品はしっかりと監視していた為、別ルートで入手していたとは考えられない。

 それに、オートルーリングが目的なら、このタイミングを狙う必要は何処にもない。

 もっと前に、もっと確実に不意打ち出来る時期があった。

 マルテの身柄をデウスが確保した時だ。

 選挙が無関係なら、その時にこそ不意打ちの好機があっただろう。

 そこで事を起こさず、四方教会の面々に加えアウロスやルイン、フレアもいるこの状況を選ぶのは不自然だ。

「でも、俺達の知らない何らかの真実があるかもしれない。だとしたら……」

 その先は言葉にせず、アウロスは沈黙のまま二階への階段を上る。

 マルテ以外にデウスを狙う動機のある人間は、それこそ山ほどいる。

 選挙絡みの可能性が高いのだから、当然そこにはルンストロムの名前が刻まれる。

 恨みという線なら、この教会を乗っ取られた形のゲオルギウス=ミラーも候補になり得るだろう。

 ただし、デウスが彼らを相手に油断する理由はなく、ならば不意打ちを含めたあらゆる手段において、デウスを仕留められる目算はそう簡単には立たないだろう。

「右よ。そっちの通路を真っ直ぐ。左側、向かって三つ目の扉の向こうにいる」

 人の気配を読む能力に長けたルインが、あっさり位置を特定してくれた。

 この先にあるのは、果たして何なのか。

 知らなければよかったという絶望か、或いは知る術もなかった衝撃か。

 いずれにせよ、一刻も早く事態の全容を掴まなければ、この場にいる全員の安全が保証されない。

 逡巡など、まして自身の心境などに猶予を与えられる筈もない。

「俺が開ける。ルインは援護を、ラディは……少し離れてろ」

「わかった」

 流石にラディも茶化すような物言いはせず、短く頷き適度な距離へ離れる。

 気の重さは如何ともし難いが、それでもアウロスはルインに目配せしたのち、真実を知る為の扉を開けた。

 そこには――――確かにマルテがいた。

 横たわるマルテがいた。

 この教会ではかつて一度、同じ人物による同じシチュエーションがあった。

 だが今回は違う。

 束縛されている訳ではない。

 ただ、倒れていた。

 先程のデウスのように、物言わぬ身体で。

「……どうしてだ」

 アウロスは、自覚出来ていなかった。

 自分が冷静だという事を。

 それは通常の精神状態とは全く異なる、極めて異質なもの。

 普通は冷静である自分を自覚するか、冷静でない自分を自覚出来ないかのどちらかだ。

 今のアウロスは、そのどちらにも該当しない。

「お前が……やったのか? デウスも、マルテも」

 底冷えするような、体中の血液が熱を失ってしまったかのような感覚に襲われ、呼吸が浅くなる。

 声を荒げる事も出来ない。


「答えろ――――フレア」


 今にも消えそうな影をまとい、細身の少女が其処にいた。


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