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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
287/381

第10章:アウロス=エルガーデン【下】(39)

 エルアグア教会には、魔石が"設置"されていた。

 保管でもなければ、密封もされていない。

 かといって、何処かに埋め込まれたり奉られていたりする訳でもない。

 それは決して、魔石とはわからないように、ごく普通に利用されていた。


 ただし、魔石としてではなく――――扉として。


「……どうしても、この位置になければならなかったって事か」


 エルアグア教会地下、【エルアグアの刻壁】の手前にあった石造りの扉を前に、アウロスは珍しく感嘆という感情を声に含ませた。

 一時は寝泊まりもしていたエルアグア教会。

 そこへ再び足を運んだアウロス達は、この教会が魔具である確証を得るべく、魔具の定義に相当する幾つかの条件を手分けして探していた。

 この地下に潜ったのは、アウロス。

 そして、もう一人――――

「俺も初めて知った時には驚いたもんだ。魔石の形状は魔術に重大な影響を与える。

 その上で、扉として堂々と設置しているんだからな」

 表向きには教皇選挙を翌日に控えた身であるデウス。

 本来ならば、最後の追い込みをすべく票集めに右往左往すべき時期なのだが、参戦を取り止めたという先の約定のままに、このエルアグア教会に留まり、アウロス達の急な訪問にも取り立てて驚いた様子もなく、自然に対応していた。

 そう――――余りに自然に、エルアグア教会が魔具だというアウロスの説明に納得していた。

「だが、逆に言えば『扉を開ける』だけで魔具としての機能を無効化出来るというある意味優れた代物だ。形状を手動で変えられる、世界で唯一の魔石であり魔具だろうな」

「……お前は知ってたのか。この教会の秘密を」

「話半分、といったところだったがな。あの女……クリオネ=ミラーから聞いていた。自慢げにグランド=ノヴァの研究を一から十まで解説してくれたよ」

 実際――――信者が出来るのも頷けるほど、彼の発想は天才的だった。

 建物の外観と機能を有したまま、教会を魔具化する。

 その魔具によって、教会に眠る邪術を制御する。

 魔具と魔術の一体化。

 通常の魔術ならば殆ど意味がないが、邪術に関しては例外だ。

 元々教会は神聖な存在であり、自国だけでなく他国すらも一定の敬意を払う建築物。

 だからこそ、邪術を封印、保管する施設としては隠れ蓑として最適だった。

 だが、それを使用する為に必要な魔具がある場合、その魔具もまた厳重な保管が必要。

 しかし一体化してしまえば、その問題も一発で解消出来る。

 盗まれる事もなければ、破壊される可能性も極めて低い。

 仮に破壊された時は、邪術その物が失われる時だ。

 この発想、そしてそれを実現する開発力。

 研究者として、尊敬にすら値するとアウロスは素直に感じていた。

 けれども、この魔具と魔術の一体化には致命的な欠陥がある。

「……俺にグランド=ノヴァと同じ覚悟があれば、お前のオートルーリングに頼る必要はないんだがな」

 すなわち――――自らも融解魔術に巻き込まれる、その一点。

 それ故に、デウスは別の魔具を求めた。

「仮にお前が命を落とす覚悟で融解魔術を発動しても、制御出来なかったら意味がないだろ。お前の目的はマルテとグランド=ノヴァを分離する事にあるんだから」

「俺の目的、か」

 皮肉めいた響きもなく、デウスはそう呟く。

 元々、サッパリとした表情をよくする人物だった。

 しかしその裏で、常に奸計を巡らす油断ならない人物でもあった。

 アウロスがこのマラカナンにやって来て、対応に最も多くの時間を費やした相手であり、最も頭を悩ませた相手。

 それがデウス=レオンレイという魔術士だった事に疑いの余地はない。

 ただ、同じようにウェンブリーで対峙し続けたミストとは、明らかに違う。

 いや、違って"いた"。

「……忙しいのは承知してるが、少し時間をくれ。お前に質問したい事がある」

 珍しく、殊勝な物言いでデウスが懇願してくる。

 確かに時間はない。

 ただそれは、『選挙までにデウスが融解魔術を制御出来るようにする代わりに選挙から辞退する』というデウス本人との契約に基づく『時間のなさ』だ。

 契約とは本来、法的な拘束力によって守られるものであり、その拘束力こそが契約の意義なのだが、それと同様に互助作用が重要。

「好きにしろ」

 アウロスは敢えて、『契約を守れなくなるかもしれないけど、いいのか?』とは聞かなかった。

「……もう隠す意味もないからハッキリ言うが……俺の目的は、あの子を助ける為だ」

 あの子――――マルテを、デウスはそう表現した。

 そのマルテは今フレアと組んで、魔具に使用される魔石補強用の金属を探し二階を這いずり回っている。

 比喩ではなく、実際に廊下や各部屋の床に寝そべり、くまなく調査中だ。

「サニアから聞いていると思うが……いや、お前の事だ、それ以前に既に把握していたんだろうが、俺は庶子だ。『由緒正しき一族』の庶子は"忌み子"に等しい。王族だろうと、教皇だろうと。こう見えて、ガキの頃はそれなりに苦労した」

 "それなりに"という表現が、この場合相応しい筈がない。

 世襲制でないとはいえ、教皇の血を引いているとなれば、次期教皇の候補者となる可能性は十分にある。

 ならば、その出生だけでデウスを疎ましく思った人物は一人や二人ではない。

 それでも、デウスは『学校に通う金がなかった』程度の軽い表現に留めた。

 少なくともデウスがアウロスの生い立ち、幼少期の苦労に対し気を使っているのは確かだった。

「俺がこの魔術国家で生きていくには、力を付ける必要があった。誰にも殺されないように、誰にも与しないでいいような、自立した強さだ。母親は病弱でな。余計、俺に強さを求めた。俺がこの国で生き抜く事を願って、厳しく、厳しく育てられた」

「その結果が、今のお前か」

 才能にも恵まれ、デウスは誰にも負けないほど強い魔術士となった。

 暗殺される心配もないほどに。

「その結果、家族を置き去りにしちまった。本来、俺みたいな人間は家族を持つべきじゃないんだろうがな……どうしても、帰る場所が欲しかった」

「……」

 帰る場所がないくらい、辛い幼少期だったのだろう。

 彼が妻を娶り、子を儲けた事に一切の落ち度はない。

 強さがなければ家族を危険に晒す事もまた、紛れもない事実。

 それ故に、デウスは強くなる事に没頭した。

 そうしなければ、家族を守れない。

 その一心で、修行に明け暮れた。

「……あの戦争があったのは、俺が外に出ている時だった」

「外?」

「お前も知っての通り、強さってのは戦闘力だけじゃない。俺は政治力も付けなければならなかった。庶子が一生、家族と共に生き抜くには、誰も俺に楯突けないだけの力と権力が必要だったからな。その為には、マラカナンだけじゃ自ずと限界がある。他の聖地との連携が必須だった」

 そして、その道中でデウスは――――アウロスと出会った。

 

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