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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
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第10章:アウロス=エルガーデン【下】(27)

 研究という分野において最も重要なのは、熱意である事になんら疑いの余地はない。

 仮定から証明までの道のりを貫通する為の推進力は、その研究に挑む者の意思が生み出す。

 それなくして成果は得られない。

 が――――必要条件ではあっても、それだけでは成り立たないのも事実。

 特に研究者が苦労するのは金策だ。

 研究は、最終的に金にならなければならない。

 研究には金がかかるからだ。

 その金を本人が全て出せるのなら、補填するだけでいい。

 しかし現実にはそうはいかない。

 莫大な資産を有した人物が、未知の領域を求めて研究するケースなどまず存在しないだろう。

 様々な目的の為に研究を行う人物。

 今ある財産を更に増やしたい人物。

 最も多いのは、この二人の結びつきだ。

 とはいえ、これはあくまでも大胆に簡略化した図式であり、実際に一対一で契約を結ぶ事などまずない世界でもある。

 研究はあくまでも複数人で行い、その成果を出資団体に還元する。

 よって、一つの研究対象を一人で研究する事など習慣的にない。

「……本当に、それでいいのかい?」

 そういった常識もあり、ザンブレア総合魔術研究所所長、メルオット=クロックはアウロスの申し出に思わずそう聞き返していた。

「ああ。そっちのチームはこのままオートルーリング専用魔具の修正に全員で当たって欲しい。俺に助力する必要はない。ただし、研究所の実験室だけは適宜貸して貰えると助かる」

「それは構わないけど……ちょっと無謀じゃないかな? 幾ら君が優れた研究者だとしても……」

 アウロスはこれから、デウスへ渡す予定の『融解魔術専用魔具』を作る。

 それにあたり、このザンブレア総合魔術研究所から人材を借り受ける事はしないという旨をメルオットに伝えた結果、このような空気になっていた。

「優れてはいないけど、一応この分野に関しては専門家って事になる。だから問題はない」

「でもなあ……」

 メルオットは暫し考え込み、時に苦しみ悶える。

 それが人情によるものだとは、アウロスは一切思わなかった。

 彼が悪人という認識はない。

 だが、研究者は研究に対し常に利己的であり、またその一面は必ず持ち合わせていなければならない。

 案の定、その解釈は正解だった。

「一応、ウチの出資団体のエルアグア教会で実質的なリーダーになってる人だよね、デウスさんは。その人に献上する物を、こう言っては失礼だけど部外者の君だけに……というのもね」

「体面という意味でも、信用という意味でも、心許ないのはわかるけど」

「いや、後者は心許なくないよ。私はこれでも、君を尊敬しているんだ。だからこそ、オートルーリングに関する研究に身を砕いている。幾ら出資団体からのオーダーとはいえ、全く何も感じない論文だったら適当にこなしているよ。私はこの技術が革命だと信じているし、その発案者の君を尊敬している」

「それは……どうも」

 未だ褒められ慣れないアウロスは、首の力を弛緩したものの、下げる程度を上手く調節できず、結果微妙な角度でのお辞儀になった。

「君が以前所属していた大学と、君との間にゴタゴタがあるのも知っている。

 だけど私は、君の立場を尊重するよ。大学が余り好きじゃないのも理由の一つだけども」

「初対面時に結構心証の悪くなるような事をした記憶があるんだが、それでも大学への嫌悪の方が強いのか」

「……実を言うと、昔大学から嫌がらせを受けてた事があってね」

 余り思い出したくはないけども、と前置きしつつ、メルオットはその嫌がらせについて語り始めた。

 要約すると――――ある大学の卒業生が、このザンブレア総合魔術研究所に就職した際に非常に不快な要求を繰り返してきたらしい。

 大学という組織は基本、研究所との結びつきは強い。

 同じく研究を主とする機関とあって、そこには競争相手という図式が成り立つのだが、それはどちらかというと他の大学に向けられる事が多く、寧ろ合同研究など様々な面で連携出来る研究所という機関には比較的愛想がいい。

 ただ、中には研究機関としての地位を殊更に強調する大学もあるという。

 つまり、大学が格上であり、研究所が格下だという認識を持つ大学が少なくない、という訳だ。

 それは単に研究費用や施設としての規模、地域や国への貢献という点だけでなく、研究所が研究専門施設なのに対し、大学は教育、臨床、研究の三部門にわたる複合的な施設だという点も多分に加味されているらしい。

 実際には、柱が多い家が高価とは限らないのと同じように、大学が研究所より優れているとは限らないのだが、どうも大学という施設には選民意識の強い人間が集まりたがる――――とは、メルオットの弁。

 無論、その直後に大学出身者のアウロスへの弁明が行われたが、それは省略するとして――――

「……こちらが卒業生を受け入れる立場にもかかわらず、まるで『私達のような格上の大学がそちらに卒業生を送り込んであげたのですよ』と言わんばかりでね。事あるごとに、明らかにこちらに実のない合同研究や人材派遣、テーマの譲渡まで迫ってきたよ」

「何処にでもいるんだな、そういう連中は」

「もしかしたら、逆に自分達が軽んじられるのを恐れていたのかもしれない。聖地の序列を未だに気にする人間も少なくないからね、この国には」

「……マラカナンの大学じゃないのか?」

 聖地の序列。

 それはつまり、第一聖地マラカナンを筆頭に、第六聖地まである六つの聖地に序列を付けるという意味だ。

 当然、マラカナンが一番という事になる。

 実際、第一聖地マラカナンへの劣等感を持つ他の聖地の人間は、いる事はいる。

 ただそれは、かなり昔の価値観であって、殆どの人間は聖地、つまり住む場所に対して序列を付けたりはしないのだが――――

「君の出身地だよ。第二聖地ウェンブリー。ただ、ウェンブリー魔術学院大学じゃない。もしそうなら、運命というものを感じられたかもしれないけどね」

「……後学までに聞いておきたいんだけど、そのいけ好かない大学の名前は?」

 嫌な予感は既にあった。

「忘れもしないね。【ヴィオロー魔術大学】だよ」

 そしてある意味、それも必然だった。

 確かに、嫌な人間というのはこの世にたくさんいるし、嫌な大学も少なくはないだろう。

 だが、他の聖地にまで悪名を轟かすような悪しき大学はそう多くない。

 アウロスを閉め出したあのヴィオロー魔術大学がそうだと言われても、驚くには値しないのだろうと思いつつも、アウロスは溜息を飲み込めなかった。

「ん? どうしたんだい?」

「いや……なんでも。本題に戻るけど、デウスに対しては俺が作ると言ってある。だから、体面は気にしなくていいよ。本腰を入れていないとは思わない筈だ」

「……そうかい?」

 どうやら、納得はしないまでも了承はしたらしい。

 メルオットは小さく小刻みに頷き、アウロスの意見を呑んだ。

「でも、実際それほど時間はない筈だけど、一人で大丈夫なのかい? 論文や証明は不要といっても、実験は必要だろう? 一人では……」

「研究所から人手は借りない、とは言ったけど一人で全部やるとは言ってない」

「?」

 メルオットが首を傾げる中、アウロスは虚空へ向けて肩を竦めてみせた。





 その翌日――――

「それじゃ、今後お前らにやって貰いたい事を話すから、よく聞いておくように」

 ザンブレア総合魔術研究所の一室には、アウロスの他にルイン、ラディ、マルテ、更にはティア、サニア、トリスティ、そしてフレアといった面々が集っていた。

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