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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
ウェンブリー編
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第2章:研究者の憂鬱(11)

 前衛術専門の魔術士が、実戦において担う役割の多くは『壁』だ。

 特に、鎧や盾では防げない攻撃魔術に対しては、彼らの結界が絶対的に必要とされる。

 そして、単騎の場合においても防御主体のスタイルは変わらない。

 機動力をはじめ、身体能力全般で一般人とほぼ大差のない魔術士にとって、敵の攻撃は全てが必殺。

 どんな状況でも、敵から攻撃される前に仕留められる程の戦闘能力があれば話は別だが、殆どの魔術士にはその能力はない。

 まずは死なない事。

 そして、行動に支障を来たす負傷をしない事。

 それが最優先事項だ。

(その点、こっちのチームは優秀みたいだな)

 訓練開始から5分。

 レヴィ率いるミスト研究室&ピサロ研究室連合軍は、前衛術科の2名――――クレールとリジルが前線で敵の攻撃を食い止め、後衛術科の1人がそれを援護しつつ、残りの2人が別ルートから敵リーダーを捜索すると言う、比較的オーソドックスな戦術で戦っていた。

 対するライコネン研究室&パーロ研究室連合軍も殆ど同じ戦術を用いており、前衛術科同士のせめぎ合い……と言うより小競り合いが、本館の玄関付近で繰り広げられている。

「テメェやんのかコラ! コラタコタココラ!」

「ちょっ、汗飛ばさないでよ! ああもう、リジルこっち手伝って!」

「そんな余裕ないですよー!」

「あ~もうチョコマカ面倒くせ~なあ。お前もう当たれよ~」

 どこかで見たような2人とクレール・リジルの戦闘は、一見接戦の様相を呈しているのだが、実際はミスト研究室の2人がその場を制御していた。

 身体の小さいリジルは、結界と敏捷性をフル活用し、メガネの攻撃を綺麗に回避している。

 一方のクレールも、嫌がる振りをして(振りじゃない可能性もあるが)小太り男の間合いを上手く外している。

 明らかに魔力、体力、精神力の全てにおいて、敵の消費の方が大きい。

 この訓練の性質を把握し、実戦の知識がある程度備わっている人間の動きだ。

 実戦派を提唱している教授――――ミストの元で働いているだけの事はある。

 アウロスは感心しつつ、もう1人の教え子に目をやった。

 レヴィは開始からずっと、敵の死角に位置取ったまま、微動だにしない。

 優勢になるのを待っているのか、或いは敵の気配を読んでいるのか。

 距離があるので、その表情を確認する事は出来ないのだが――――アウロスは両方と読んだ。

 なにしろ、重度のミスト崇拝者。

 クレールやリジル以上に実戦をこなせる可能性は、極めて高い。

 その盲信振りは幾度となくアウロスも目撃しており、戦況と敵の気配を同時に探るくらいは出来るだろう――――そう踏んでもおかしくないだけの材料はあった。

(と、なると……さっさと始めて問題ないか)

 判断するや否や、アウロスはレヴィの方向を薄く確認しながら、こっそり指輪を光らせた。

 青魔術の初級のみと言う制限から、扱える攻撃魔術は基礎の基礎である【氷の弾雨】をはじめ、僅か数種しかない。

 その中で、アウロスは最も軌道がコントロールしやすい【氷塊】と言う魔術を選び、レヴィの視線が自身に向いていない事を逐一チェックしながら、ルーリングを施行した。

 宙に10の文字が並び、それが霧散すると同時に、伸ばした右手人差し指の上に拳大の氷の塊が浮かぶ。

 アウロスが指を曲げると、塊は更に大きくなり、浮上。

 そのまま曲線を描き、20メートル程離れた前線に5秒とかからず落下し、地面を叩いた。

 甲高い音と共に、氷の破片が霧散する。

「な、なんだああああああっ!?」

 混声の悲鳴。

 味方の声も混じっていたが、アウロスは特に気にせず次の魔術を綴った。

 アウロスは気配を消すのも読むのも余り得意ではなく、人物を特定できる程の達人スキルなど到底身に付けていない。

 それでも、過去の実戦経験時の貯金で、この訓練の参加者全員分の位置をおおよそ掴むくらいは出来ている。

 位置を頭中の地図に書き込み、人のいる位置を狙って再び【氷塊】を放つ。

 この魔術、威力は青魔術において大した事はないが、機動性はかなり良好。

 一方、教科書通りにルーリングして放出した場合、一直線に進んで10メートル程度で自然消滅すると言う性質を持つ。

 そこでアウロスは、一般的に知られている【氷塊】のルーリングを少し変更し、強度と速度を弱める代わりに射程距離を伸ばし、更に放物線を描く軌道で打ち上げていた。

 たかが氷の塊に悲鳴が上がったのは、見覚えのない軌道と、予期しないタイミングでの落下、そして普通はめり込む筈の氷が粉々に砕け、その破片が大きな音と共に勢い良く飛び散る点が原因となっている。

 青魔術でダメージを受けない筈の味方の絶叫も、時折混ざっていた。

「これで……最後」

 5つ目の【氷塊】を打ち上げる。

 しかし、氷の塊が割れる音は聞こえなかった。

 結界で防がれた可能性が高い。

 アウロスの読み通り、不意打ちが通じるのはここまでだった。

 しかし、4発の改変【氷塊】は、混乱を呼ぶには十分。

 赤チームは動揺を隠せないようで、前衛術専攻の連中はアタフタしている。

 一方、得体の知れない援護に青チームも驚愕を覚えており、レヴィも近くの後衛術科の人間を捕まえ、何か叫んでいた。

 だが――――突如、その表情が引き締まる。

 レヴィの視線は、前を睨むように見据えていた。

 対象は――――アウロスの位置からは見えないが、予測するのは容易い。

(フィナーレの舞台は整った、か)

 それを確認し、アウロスは身体を前に傾けた。

 アウロスの目的は、ライコネン研究室の面々に恥をかかせる事だ。

 では、何を持って恥とするか――――そこがポイントになって来る。

 恥には幾つかの定義があるが、大学の研究者にとっての恥とは、名誉を汚される事に他ならない。

 それには当然、敗北が前提としてあるのだが、唯の敗北では単なる訓練での勝敗に過ぎない。

 それでは名誉は傷付かない。

 ならば、どういう敗北ならば傷付くのか――――?

 まずは、ライコネン研究室側のチームの完全敗北が必須条件だ。

 ガチガチのルールで保護されておきながら、殲滅。

 そんな圧倒的な敗北を喫するようならば、情けないと言う指摘の一つも挙がるだろう。

 次に時間。

 明らかに長期戦を想定したルール上で行われた訓練で、僅かな時間での敗北を喫してしまえば、それも嘲笑の材料になる。

 そして、最大の汚点となるのは――――ライバル関係にあるリーダー同士の対決においての悲惨な敗北。これに尽きる。

 しかし、これも単なる敗北では意味がない。

 ライバル同士とは言え、それはあくまで研究における評価や出世争いでの事。

 仮に一騎打ちでレヴィが圧勝しても、それは単にレヴィの戦闘能力が大きく上回っていただけの話で終わる。

 ギルドや王宮なら兎も角、大学内においては戦闘能力の価値など『走るのが速い』程度のものでしかない。

 ミストのように実戦に重きを置く研究者など、殆ど存在しないのだから。

 ならば、どう言った敗北が恥になり得るか――――アウロスは前日からずっと考えていた。

 そして出した結論は『命乞い』。

 訓練なのに命乞い。

 同期のライバルなのに命乞い。

 仲間のいる前なのに命乞い。

 そして、教授の息子として研究室を牛耳る男が、土下座して涙と鼻水垂れ流して命乞い。

 外面を重視する人間にとって、これ以上の恥はない。

 流れ弾が直撃し、直接対決するまでもなく失神――――と言う案もあったが、それも到底及ばない。

 しかし、この脚本は実現が困難を極める。

 命乞いなどと言う行為は、恐怖を感じる程度では行われないからだ。

『死』と言う生命の天敵を明確なヴィジョンで対象の脳に映し出し、尚且つそれを確実に決行する存在が傍にある――――そう認識させる事が必要だ。

 だが、常識も地位もあるレヴィが、その存在として認識される事はまずない。

 どれだけ殺気を向けても、環境や状況などを含めた先入観が『それは見せ掛けだ。実行はしないさ』と耳打ちすれば、効果はなくなる。

 では、どうすれば先入観を取り除けるか。

 それには『異常性』の演出が必要となる。

 先入観を打ち砕くのは意外性であり、意外性の程度を大きくすれば異常性になる。

 それを演出する事が出来れば、後は理窟家特有の想像力の翼によって、勝手に思考を羽ばたかせてくれる。

 以上の事を踏まえ、アウロスは脚本の中身を練っていた。

 まずは短時間で、敵の大多数を混乱させる事。

 初級の青魔術で、更に自分の仕業だと知られないようにそれを遂行し、尚且つ異常性を演出する方法――――それが特殊加工した【氷塊】の連弾だ。

 形状は【氷塊】だが、このような軌道で敵に放たれる事がない魔術なだけに、敵はパニックに陥り易い。

 そしてルール違反でもない。

 ここまでは問題なしだ。

 後は、残る仕上げをしに、向こうへ――――

「あ、アウロスさーん」

 行こうとした刹那、リジルが手を振って近付いて来た。

「こんなとこでサボってたんですか。ダメですよ、幾ら戦力外通告出されたからって拗ねちゃ」

「いや、拗ねてる訳じゃないが」

 内心焦りつつ、アウロスは努めて冷静に応対する。味方とは言え、自身の行動を把握されては困るのだ。

「クレールさんなんて、凄く張り切ってますよ。大将の首取ってやる的な発言を残して、敵陣に突っ込んで行きましたから」

「……あいつ、そんな性格だったのか?」

「何か、あの人らとやり合ってて嫌な方向にテンション上がったみたいで」

 リジルの指差した方角には、泡を吹いて倒れている焼け小太りとヒビメガネの姿があった。

 戦場が殺伐するのは、アウロスにとって悪い事ではないが、既に詰めの段階なので余り意味はない。

「へえ。で、戦況は?」

 惚けた感じで聞く。リジルは特にわざとらしさを感じる事もなかったようで、普通に説明を始めた。

「さっきの凄い援護のお陰で、殆どこっちの勝ちって感じですね。誰がやったんでしょうね、あれ」

「それなら、もうやる事ないな。じゃ俺はこれで」

「ダメですよサボりは」

 さっさと最後の舞台に向かおうとするアウロスを、リジルが堰き止める。

 非常に面倒な状況になってしまった。

「いや、だから……」

 脚本の後半は――――如何にしてガルシドに命乞いをさせるかが鍵だ。

【氷塊】によって仲間は半壊状態、しかも予想外の攻撃で混乱を来たしている状況。

 ガルシドの頭には『これは本当に無事で終えられる予定調和の訓練なのか?』と言う疑問が浮かんでいる筈だ。

 しかし、エリートの行動理念は何よりも勝利を優先する。

 状況を無理矢理把握し、勝利へのベクトルを導き出すだろう。

 その場合、最も可能性のある行動は……敵のリーダーに目星を付け、その人間を探す。

 自身がリーダーなのだから、本来なら逃げ回る役割なのだが、攻撃すべき兵士が不足しているのと、レヴィへの対抗心が後押しして、彼をレヴィの下へ突き動かす事は想像に難くない。

 実際、その場面は恐らく既に出来上がっている。

 後は、レヴィの背後にでも位置取り、実戦慣れしていないお坊ちゃんに殺気の一つでも浴びせてやれば、心は折れる。

 或いは、こっそり実力行使に出る必要を迫られる可能性もあるが、それはどうとでもなる。

 アウロスには、ガルシドの心をへし折る絶対の自信があった。

 けれど、それはあくまでもタイミングが重要。遅れれば全てが無駄になる。

 なので――――

「あっ! どらぞー君があんな所で妖艶な散歩を!」

「ええっ!?」

 リジルはアウロスの指差した実験棟の方へ、全力で疾走して行った。

 しかし、かなりの時間を無駄にしてしまった。

(……間に合うか?)

 弾ける様にアウロスも走る。しかし決して早くはない。全力で走れるのは5秒くらいだ。

 実戦で生き残る為には、案外それでも十分だったりするのだが、この場合は如何ともし難い。

 そして――――やはり、現実は残酷だった。

 アウロスが息を切らしてレヴィの傍まで駆けつけた時には、既に幕は下りていた。

「あ、あああ……ああああ」

 ガルシドは尻餅を付いたまま、ガクガクと震えている。

 口はだらしなく開き、目も虚ろ。間抜けな醜態を晒していた。

 後半は何もしていないにも拘らず、計画通りになっている状況に、アウロスは当然疑問を抱く。

「……」

 位置の関係上、レヴィの表情は窺えない。

 だが、彼もまた平常心ではないのか、或いは眼前の自分をライバル視する男の醜態に驚いているのか、身体が硬直していた。

「止めろ! もう止めてくれ! 俺をどうする気だ……どうする気だ!?」

 ガルシドはよろけながら後退りしていく。

「いや、僕は……」

「話が違うじゃないか! こんな訓練でこんな……こんな……」

 そして、目を充血させ、レヴィの顔を――――

(いや、違う)

 レヴィの顔『のある方向』を見ていた。

 座り込んでいる為、角度が結構付いている。

 つまり――――上。

(2階……いや、屋上……?)

 ガルシドの視線を目で追う。


 そこには――――


 人影が――――


「!」

 アウロスの指が光る。その次の瞬間には9つの文字が空を躍った。

 綴られた魔術は結界。

 9文字を必要とするその結果は、通常なら上級の『緑』魔術を防ぐのに使用されるものだった。

(防げるか――――)

 思考が薄まる。

 殆ど危機察知能力と反射で綴った結界が具現化したその瞬間。


 オ オ オ オ オ オ オ―――――――― 


 全長10メートルの剣を、目の前で振り下ろされたかのような、感覚の襲来。

 アウロスは全身を強張らせた。

 絶望を抱く暇すらない、絶対的な圧力が――――

「……?」

 次の瞬間には、消えていた。

 開けていた目に、人の姿は映っていない。

 結界にも手応えはなかった。

(幻術……? いや、違う)

 確かに誰かが存在した。

 そして、緑魔術――――巨大な風の刃で攻撃された。

 しかしその刃は、結界に触れる前に消失した。

 あり得ない事でもないが、にわかには信じ難い事でもある。

 戦闘のプロフェッショナルでもそうそう扱えないような、膨大なエネルギーが一瞬にして消失するなど――――

「ゆ、許してくれ! 命は、命だけはっ!」

 ガルシドはレヴィに命乞いした。

 しかし、身に覚えのないレヴィはその姿を見る余裕もなく、正体のわからない一連の動きに対し、ただただ唖然としていた。

 そして、脚本通りに事が運んだにも関わらず釈然としないアウロスは――――所定の位置でこちらを眺めているミストの姿を捉えていた。


 ミストは――――笑っていた。

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