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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
241/381

第9章:アウロス=エルガーデン【上】(33)

「驚いた様子が全くないのは、少なからず衝撃を受けている。自分に対して、信頼はないにしろ警戒もされていないと自負していた」

 仮面を外したデクステラは、言葉とは裏腹に淡々とした声でそう述懐した。

 だが、彼の言葉は必ずしも当を得たものではない。

 アウロスはデクステラに警戒心を持っていた訳ではない。

 ただ、彼がテュルフィングの中の一人だったとして、それを驚く程の関心がなかっただけの話だ。

 とはいえ、厄介な事態になった事は明らか。

 そもそもは、デウスの部下であるこのデクステラら四人を助ける為にデウスと結託したのだが、こうなってくるとデウスに騙された可能性も考慮しなければならない。

 だが、現実的に考えて、そのような回りくどい方法でアウロスを罠にかけるメリットがデウスにはない。

 わざわざ部下やゲオルギウスに演技させて待ち構えなくても、デウスの力なら一瞬でアウロスを消す事もできるだろう。

 戦力でも地位でも圧倒している人間が、何故そんな方法を選ぶ必要があるのか。

 そう考えると、デウスの罠とは到底言い難い。

 ならば、このデクステラが何らかの理由で他の三人を拉致監禁した可能性が浮上してくる。

 となると、そもそもデクステラがデウスを慕っているという前提すら疑わなければならない。

 テュルフィングとは、魔術士とトゥールト族の均衡を保ち続ける為の存在。

 以前、リジルはそう説明していた。

 トゥールト族――――魔術に対抗する術として生物兵器を生み出した一族。

 リジルはその一族の血を半分引いている。

 ならば、デクステラもそうなのか?

 魔術士の力が増大しないよう、ここマラカナンの地で暗躍していたのか?

 リジルが魔術研究分野の有望株たるミストを監視していたように、デクステラもまた、魔術士として優れた血と力を持つデウスを監視していたのか――――

「君の事だ。テュルフィングの一翼を担う自分が何故、四方教会に所属しお師の傍に付いていたか、既に把握しているだろう」

 デクステラのその発言は、テュルフィングの性質を自分が有している事を暗に仄めかすものだった。

 アウロスがこのマラカナンに来る前の情報を自分は握っている。

 "リジルとミストの関係をアウロスが知っている事"を知っている。

 そう言っている。

「自分がお師の監視役を担っているのは事実だ。お師は現存する魔術士の中でも際立った存在。実力的にも、血筋的にも。そして今、立場的にもそうなる可能性を有している。監視対象となるのは必然だ」

 ならば、新たな疑問。

 何故――――デクステラは今、アウロスにこんな事を述懐しているのか。

 独白する理由がなければ、敢えて戦いの最中にペラペラ話す必要はない。

 ウェンブリーにおいては、自己顕示欲の強いアランテス教会の人間がよく愚行を冒していたが、このデクステラにそのような性質はない。

 四方教会の長兄のような存在。

 デウスに心酔し、他の三人同様デウスに尽くす一方で、常に冷静さを保つ人物。

 たった一人、枢機卿邸の前には現れず、まだ底を見せていない魔術士。

 何か意図がある、そう認識するには十分な相手だ。

「恐らく君はこう思っているのだろう。自分が監視役である以上、自分はお師に対して特別視はしていない。四方教会への忠誠もない、と。

 だがそれは違うと明言しておく。自分は心からお師を尊敬し、四方教会に愛着を抱いている。確かに監視という役目上、他の三名と同じようにはできないが……」

「――――そういう事か」

 デクステラが自身の心情を語る最中、アウロスは自分の中で組み立てていた仮説が、ようやく納得行くところまで到達した事を確信し、一息吐いた。

 当然、デクステラにその納得の意味はわからない。

 言葉を止め、訝しむように眉をひそめる。

「何が、そういう事なのか説明を求めたいところだな」

「生憎そんな時間はない。お前の半生を聞く余裕もだ。俺がお前に求める事は一つ。ルインの居場所を教えろ」

 余りにも唐突なその発言に、デクステラの眉は更に角度を吊り上げた。

「何を……」

「くどくどと説明はしない。教えるのか、教えないのか。早く答えろ」

 有無を言わせないアウロスの姿勢に、いよいよデクステラの面相が変わる。

 ただ、冷静さは失われていない。

 アウロスという人物の情報を持っている事、何より本人の資質。

 予想外の事が起きても動揺せずに情報整理に努めるその姿は優秀な人間の証だった。

 とはいえ、そんなデクステラであっても、アウロスの発言の真意は読み取れない。

 その額に汗が滲む。

「自分が……"死神を狩る者"を捕らえた、と……そう推察しているのか?」

「いや。恐らくお前じゃないだろうし、捕らえてもいないんだろう。だが情報は握ってる筈。お前とは違う誰かが、母親の事を取引材料にして拘束した。そんなところか」

「……!」

 真意はわからないまま、驚愕の表情を浮かべる。

 何故ならそのアウロスの言葉は、真相そのものだからだ。

 しかし、アウロスはルインと同行していた訳ではない。

 その場にはいなかったにも拘らず、ルインの拘束が行われた事、しかもその理由までも正確に言い当てた事に対し、デクステラは思考を停止させてしまう程に狼狽していた。

「それも推察だと言うのか……?」

 それ以外の答えはあり得ないというのに、思わずそんな無意味な問いかけをしてしまう程。

 当然、アウロスは答えない。

 射抜くような目をデクステラへ向け、半身で構えている。

 暫く沈黙が続き――――

「……臨戦魔術士としての力は突出したものではない。使用する魔術は全て初級~中級レベル。何より魔力量は魔術士として認可される最小限の値しかなく、長期戦に持ち込めば容易に優位に立てる」

 突然、その静寂を破ったのは、デクステラのそんな批評だった。

「だが実際には、魔術士殺しとして猛威を振るっていたラインハルト=ルーニー、裏社会で名の通った傭兵ギスノーボらを一蹴した実績がある。その理由は魔術士としての力の大きさではなく、洞察力、分析力、決断力の三つを高次元で兼ね備えているからに他ならない」

「……」

「これが、ウェンブリーの闇結いどもが自分の元へ寄こした君への評価だ。四方教会での君を見る限り、過大評価ではないにしろ実績に見合った戦力とは言い難いと思っていたのだが……とんでもない話だったな」

 闇結い――――それはアウロスにとって聞き覚えのない言葉だったが、文脈からテュルフィングに関連するものだと想像するのは容易だった。

 尤も、その正否に興味などなく、アウロスは威嚇するような目をデクステラへ向け続ける。

 実際、アウロスに余裕はなかった。

 先行したルインが一向にアウロスのいるこの場所へ来ない。

 拘束されている理由としては、これが大きな根拠と言える。

 別の場所で戦闘を繰り広げているような音も光もない。

 何者かに倒された可能性もあるが、彼女ほどの魔術士が迎撃されたのなら大規模な魔術の展開、或いは悲鳴なり何なりが聞こえてくる筈。

 しかしそれもない。

 暗殺者との戦闘を得意とする以上、闇討ちされた可能性も低い。

 となると、ルインが自らの意思で拘束されている状況が一番しっくりくる。

 もしそうならば、理由は限られてくる。

 彼女がそうせざるを得ない理由となれば、母親の事以外は考えられない。

 テュルフィングならば当然、総大司教ミルナ=シュバインタイガーの情報は握っているだろう。

 だが、ウェンブリーにいた時に連中がルインを脅そうとした事はなかった。

 ならば、それ以外の勢力によって拘束されていると見なすべき。

 そして、ここからが現状を構成する重要な要素なのだが――――デクステラは明らかに時間を稼いでいる。

 余計な発言を延々と続けるような、自己顕示欲の高い人間ではない。

 寧ろ控えるタイプだ。

 そこに明瞭な理由が存在するのは必然。

 それは、テュルフィングという存在そのものの目的と合致するのも想像に難くない。

 わざわざ仮面をして、私情で動く筈もないのだから。

 この夜の街には、何人もの臨戦魔術士がいた。

 デクステラ以外は仮面をしていなかったと、アウロスはおぼろげな視界を回想しそう判断した。

 ならば、最低でも二つの勢力が、エルアグア教会の周囲を張っていた事になる。

 テュルフィングと、その敵対勢力なのか。

 それとも、両者ともがデウスを見張っていたのか。

 アウロスは既に、答えを出していた。

 もし、その答えの通り"あの連中"が二つの勢力の中の一つでだとすれば、デウスを見張っている理由も、ルインを拘束した理由も想像がつく。

 何故ならその勢力は、デウスと公式に敵対している存在であり、ウェンブリーを拠点としている連中なのだから。

 なら、ルインの母親に何かをさせようとしているという推察も成り立つ。

「君は、自分達にとって……厄介極まりない存在と認識した」

 一つの仮説を組み立て終えたアウロスの前で、デクステラはそう宣言した。


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