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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
239/389

第9章:アウロス=エルガーデン【上】(31)

『テュルフィングと言うのは、バランサーのコードネームです。僕のように情報屋を兼任している人が大半ですね。情勢に疎いと意味がないんで。恐らく僕以外にも何人かウェンブリーにいると思います。その中の一人と会ったんですね』


 かつて、リジルがそう述懐していた言葉を思い出し、アウロスは小さく息を吸う。

 そのまま乱れた集中力の回復を試みた。

 この場面において、深い考察は不要。

 正体が誰だとか、テュルフィングの目的とか、そういった事は考えるべきではない。

 何故なら――――既に屋根の上に陣取るその人物は戦闘態勢を築いていたからだ。

 昂揚した様子はなく、実に堂に入った所作で右腕を掲げ、虚空にルーンを編綴し始めた。

「オートルーリングに対抗する為には、一定の距離を保てる環境で常に――――」

 テュルフィングの指を中心に、風のリングが無数に生まれる。

 

【風輪連舞】


「――――先手必勝」

 その声を合図とし、指から風の円月輪が放たれた。

 複数の刃が回転しながら、別々の軌道を描き向かってくる為、回避するのは困難を極める攻撃魔術だ。

 とはいえ、以前クリオネがアウロスとマルテに向けて発したのと同じ魔術。

 当然、その時に防いだ結界ならば問題なく対処できる。

 まして彼は緑魔術の専門家。

 その情報がある以上、結界による防御はとても容易な筈だったが、だからこそアウロスは敢えて結界を綴らなかった。

 選択したのは――――同じ緑魔術。

 旋回する円形の風の刃を生み出す【旋輪】という魔術だ。

「……む」

 アウロスの周囲に発生した【旋輪】が【風輪連舞】に衝突し、軌道を変えていく。

 アウロスの身体に届いた風の刃は――――ゼロ。

 その様子を見下ろしていたテュルフィングは、間髪入れず次の魔術を綴った。

 無論、表情は仮面に隠れている為、視覚的な情報は得られない。

 ただ――――

「成程……別の敵の奇襲を警戒しているのか」

 その言葉から、アウロスへの深い洞察と高い警戒心が窺われた。

 実際、テュルフィングの推察は当を得ている。

 攻撃魔術と結界を比較した場合、ルーリングが容易なのは後者。

 オートルーリングの場合はその差が全くと言っていいほどないが、それでも確実に魔術を防ぐならば『襲って来る魔術の属性を完全に防ぐ結界』

 を展開するのが最も効率的だ。

 だが、属性を限定した結界を張れば、違う属性の魔術――――例えばこの場合、赤魔術や青魔術による奇襲があった場合、展開した結界では防げない。

 一度結界を消滅させ、再び展開する事は可能だが、その場合魔力の消費は自然に結界を消滅させるより大きくなるし、何よりリスクが大きい。

 新たに襲ってきた攻撃魔術の属性を瞬時に掴み、その魔術に対応する結界を張り直すという作業は、オートルーリングならば不可能ではないが、それでもかなり困難を極めるのは言うまでもない。

 だからこそ、アウロスは比較的どの攻撃魔術でも相殺しやすい緑魔術――――殺傷力を持つ風を生み出し、奇襲も込みで備えた。

 テュルフィングはそんなアウロスの思考を、一瞬で理解した事になる。

 それは――――アウロスという人物を知らなければ不可能な考察だ。

「ならば……これならどうだ? アウロス=エルガーデン」

 再度綴っていたテュルフィングの魔術が具現化する。

 その魔術は――――闇夜を閃光で一瞬だけ煌めかせる、雷の斧――――【雷斧】。

 続けざま、【火影】、【氷輪】、【火界呪】。

 様々な種類の魔術がテュルフィングの指から生まれ、屋根の上から打ち放たれる。

 いずれも初級~中級レベルではあるが、これだけ四つの属性を偏りなく放たれると、結界で防ぐのは難しい。

 全ての種類の魔術に効力を持つ高等な結界を綴れば、一気に魔力を失う。

 アウロスは反撃を諦め、回避と相殺に徹するしかなかった。

 完全にテュルフィング有利の展開。

 位置関係も、それを支持する状況の一つだ。

 建物の上と下いう位置関係は、近距離攻撃しかできない敵に対しては当然上が有利だが、魔術を使う者同士はその限りではない。

 寧ろ、回避し辛い足場の分、上が不利とさえ言える。

 だが、テュルフィングは反撃の余地を与えないほどの魔術の連射でその不利をなくし、更には攻撃の度に身体一つ分移動する事でアウロスが反撃を試みてもその時既にそこにテュルフィングはいない――――

 そういう環境を作り上げている。

 闘い慣れていなければ出来ない事。

 実際、テュルフィングには一切の隙がなかった。

 アウロスに出来るのは、攻撃魔術の軌道を読み、回避する事だけ。

 しかしそれも長くはもたない。

 事前に計算していない動きを連続で行えば、自然と体力の消耗は激しくなる。

 幾ら集中しきっていても。

 けれどアウロスは、反撃を封印し回避に徹した。

 螺旋状に渦を巻き降ってくる【炎の旋律】が頬を掠める。

 氷柱が蛇のように襲いかかってくる【蛇心氷点】が肩を切り刻む。

 風の塊【安息の螺旋】が抉った地面の破片が身体中にぶつかる。

 徐々にランクの上がる攻撃魔術に対し、少しずつ、しかし着実に――――アウロスのダメージは蓄積されていった。

「よく粘る……だが反撃の余裕はないか? それとも……」

 テュルフィングは警戒していた。

 絶対的有利の状況で、注意深くアウロスを観察していた。

 何かを狙っている。

 或いは――――待っている。

 そう目していた。

 テュルフィングに隙はない。

 オートルーリングを、そして何よりもアウロスを最大限評価し警戒を強めている故の慎重さなのか、元々そういう戦闘スタイルなのか。

 いずれにせよ、現時点で"アウロスに"打つ手はない。

「……そうか。あの娘の介入を待っているのか」

 あの娘――――先程までアウロスと共にいたフレアの事。

 回避に徹するアウロスに対して意識が完全に向いたところでフレアがその隙を突いて不意打ち――――テュルフィングはその可能性に思い当たり、同時に勝利を確信した。

 助太刀を期待しているのなら、それは余りにも無謀。

 何故なら、テュルフィングがいるのは屋根の上。

 周囲に隣接している建物はなく、ここへ飛び乗るには緑魔術による風力を駆使しての跳躍しかない。

 フレアが魔術士ではない事をテュルフィングは知っている。

 よって、可能性があるとすればフレアの得物による遠距離からの攻撃。

 つまり――――小型円月輪。

 あの程度の武器なら、結界や緑魔術で吹き飛ばせる。

 編綴中、或いは攻撃中や直後の隙を突かれても、十分対応できる。

 そういう計算が立った事で、テュルフィングは息を荒げ見上げているアウロスと向き合った。

「恐らく……大規模な魔術でトドメを刺そうとする瞬間を狙って近くに潜んでいるのだろう。予め示し合わせていたのか、ただの信頼かは不明だが、どちらでも問題ない」

 テュルフィングの指が、宙に躍る。

 ルーンの数はこれまでで最大の――――18。

 時間にしておよそ四秒。

「これで終わりだ」

 上級緑魔術――――【神の祝福】は完成した。


 



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