表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
229/381

第9章:アウロス=エルガーデン【上】(21)

「今、このデ・ラ・ペーニャは未曾有の危機に瀕している。それは"平和"というこの上ない危機だ」

 アウロス、ラディ、ゲオルギウス、そしてグオギギが聴衆となり、デウスの演説が始まった。

 平和こそが危機――――この発想は、ある意味危険思想とも言えるが、この国に関して言えば決して突飛なものではない。

 何故ならデ・ラ・ペーニャは魔術国家であり、魔術の殆どは攻撃性を含んだ『対人兵器』だからだ。

「ガーナッツ戦争でこの国は隣国のエチェベリアに大敗を喫した。当然、国力も相当低下している。どうにか取り繕ってはいるが、一度破綻すれば崩壊はあっという間だ。そして、その破綻となるきっかけが既に起こっている。親父の死だ」

 デウスの言葉に、グオギギの老体が微かに蠢く。

 彼にとって、デウスの父親であるゼロス=ホーリーは遥か年下。

 先に逝かれた事をどう思っているのか――――推し測る事は難しい。

「教皇を失ったこの国は、新たな指導者を選ばなければならない。もしこの選択を誤り、力のない、そして危機を感じ取っていない愚人を選べば、確実にこの国は破滅へと向かうだろう。特に、己の保身や元老院の顔色ばかり伺うような人間ならな」

 それが誰を指しているのか――――その場にいる全員がわかっていた。

「デ・ラ・ペーニャがデ・ラ・ペーニャとしてこの先復権していく為には、攻撃魔術の重要性を世界へ向かって訴えていく必要がある。いや、重要性では生温い。世界最大の宗教団体アランテス教発祥の地として、世の模範となるべき我が国が相応しい地位へ回復するには、攻撃魔術が世を支配する可能性を提示すべきだろう」

 それはつまり、圧倒的な戦争力の保有に他ならない。

 争いはどちらにも勝者の可能性があるからこそ成立する。

 敗者の未来しかない戦争などただの無謀であり、勝者の未来しかない戦争などただの陵辱に過ぎない。

「しかし平和の世の中が続けば、いずれ攻撃魔術は戦乱への呼び水とされ、忌避されるだろう。当然、復権の為の力の誇示を行う機会も奪われる。今この国に必要なのは、平和からの脱却。勇気ある"平和からの撤退"だ」

 僅か四人の聴衆に対し、デウスは熱弁を振るい続ける。

 否――――

「お前の父親も、その事は理解しているようだ。フレア=カーディナリス」

「……え?」

 驚きの声と共に、マルテがキョロキョロと辺りを見渡す。

 しかし、その視界に名を呼ばれた少女――――フレアの姿はない。

「お前の母親もそうだ。ルイン=リッジウェア。人体実験を繰り返し、魔術の研究を強引に推し進めたのは、目先の戦争や自身の地位向上ばかりが目的ではない。そうしなければ、これから先魔術士が時代に取り残されると思ったからだ」

 今度はルインの名前が踊る。

 やはりその姿は見えなかったが――――

「お前の高祖父も、臨戦魔術士として魔術士の為に尽力した一人だ。誇りに思うがいい、チャーチ=イェデン」


《そう? そんな責任感があるジジイとは思えなかったけど》


 不意に、アウロスの頭の中に飄々とした少女の声が響く。

 離れた場所にいる特定の相手に声を届ける、『伝声遠応』と呼ばれる特殊な魔術。

 使い手は当然、声の主――――

「チャーチか」


《わあっ、声だけでボクだってわかったんだね! やっぱりアウロスさんとボクは赤い糸で結ばれた運命の……》


「そこにルインとフレアもいるんだな?」

 声を遮り、問いかけるアウロスに対しチャーチは一瞬黙り込んだが――――


《いるよ。ボク達の愛の語らいを嫉妬丸出しの目でじーっと見てるねー》


「ほう。アウロス、お前も中々隅に置けないな。女などまるで興味がないという顔をしている割に」

 微笑を携え、デウスが冷やかす。

 彼の耳にもチャーチの声は届いているらしい。

 つまり、チャーチの持つ『神杖ケリュケイオン』にデウスの魔具が登録されているという事になる。

「この魔術も、ある意味魔術士の地位向上に役立つ技術だ。昔、邪教集団と共同で生み出した邪術のようなものだが」

「さっきアンタも言ってたけど、邪術……って、何? 怪しげな響きだけど」

 耳元に近付き、コソコソと聞いてくるラディに対し、アウロスは説明すべきか一瞬迷ったが――――

「邪術とは、法律で使用を禁じられている魔術全般を指す。使用禁止の理由は様々だ。中には古代ルーンを使用する魔術もある」

 一足早くデウスが補足を入れてきた。

「へえ……って、なんかヤバげな話になってきた気が」

「そうでもないさ」

 デウスはラディへ向けて肩を竦めてみせ、その視線をアウロスへと移動させる。

「どうやら、チャーチを怪しく思っていたのはお前だけではなかったようだな。流石は有能な魔術士の子供達、といったところか。一人は血が繋がっていないようだが」

「そういうお前も、最初からルイン達を聴衆の頭数に入れていたみたいだな」

「無論だ。どちらの親も、俺が王になった後でしっかり働いて貰うつもりだからな。当然、その子供にもだ」

 その言葉は、果たして自分の息子にも向けられていたのか――――

 マルテは押し黙ったまま、不安そうな目をアウロスへ向けていた。

「さて、本題だ。俺はかねてからデ・ラ・ペーニャ全域を旅し、魔術の本質を探っていた。魔術を行使する者、される者、研究する者、商売にする者……様々な目線で見てきた結果、やはり自分の考えに間違いはなかったと確信した」

 演説が再開される。

 聴衆たるアウロスは、敢えて異論や批判は封印し、デウスの話に耳を傾けた。

「魔術の本質は"人間の理想"だ。欲望の解放、と言い換えてもいいだろう。一定水準を上回る魔力量を持つ、選ばれた人間だけが使える力。それで人間は何を成し、何を掲げたか。あらゆる聖地で、あらゆる地域で魔術とは『攻撃魔術』を指していた。これが答えだ。人間の理想とはすなわち――――強い己。その集合体が"強い国"だ」

 魔術の研究に携わってきたアウロスにとって、そのデウスの結論は半分耳が痛く、半分憤りを覚えるものだった。

 しかしそれでも、反論はしない。

 目の奥に火傷しそうな程の熱を持ち、続きを待つ。

「デ・ラ・ペーニャは強い国でなければならない。魔術国家とは、そういう事だ。ならばこの国に必要な魔術とは何か? 当然、強い魔術。それも圧倒的な畏怖を生み、他国への脅威となる魔術。それがあって初めて、この国は復権する。本来あるべき姿へ戻る」

「ま、まさか……それが邪術って言いたい訳?」

 ラディの言葉に、デウスは口の端を大きく吊り上げる。

「前政権では扱いきれなかった、魔術の可能性。それを邪術と呼ぶのは怠慢に過ぎない。俺なら、俺が王となれば有効に利用できるだろう。そう考え、この国のあらゆる邪術にまつわる資料を探した。当然、今も探し続けている。アウロス、お前にも手伝って貰ったな」

 それはつまり――――四方教会の活動内容を指していた。

 四方教会。

 東西南北、この世界の到る所へと蔓延る事を冠としたその名前の行き先は、過去か未来か。

「その中で、俺が一番可能性を感じたのが、この地下に眠っていた邪術だ。管理していたミラー家も快く協力してくれた。約一名ほど、目指す道を違ってしまったが」

 いち早くその言葉に反応を示したのは――――アウロス。

 ゲオルギウスはここにいるが、その姉クリオネの姿はない。

 それが何を意味するのか、アウロスは理解せざるを得なかった。

「エルアグア教会に古くから伝わる、封印されし魔術――――融解魔術。この世のあらゆる物を溶かし尽くすこの魔術こそが、デ・ラ・ペーニャ復権の切り札となる。そして……」

「そして、選挙に勝つ為の切り札になる、か」

 ずっと口を閉ざしていたアウロスが、演説の締めの言葉を横取りした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ