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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
225/388

第9章:アウロス=エルガーデン【上】(17)

 アウロスにとって、夜間に何処かへ忍び込むという行為は最早慣れっことなりつつある。

 同時に、この行為に及んだ場合の多くは戦闘に発展してしまうというジンクスめいたものも生まれている。

 目的だけを果たして、すんなりと脱出できるほど甘い現実は転がっていない。

「ってか……こっちのチーム、気配読める人がいないんだけど。

 大丈夫なの? もしいきなり襲われたらロス君、自分より私を優先して守りなさいよね。か弱い上になんの力もない私を守るのが男の子の役目でしょ? そもそも、こんな危ない橋を渡るのになんで私まで同行しなきゃいけないのかってのが問題なんだけどさ。そりゃ、ここに侵入する経路は私が使ってたから私がいる方が都合はいいだろうけど、こんな可憐で儚い私を敵陣に送り込むのってどうなの? それってどうなの? どっちかってーと私、玉座っぽい豪華絢爛な椅子に座って優雅にお茶を飲みながら午後の優しい風に頬を撫でさせて気怠い空気を醸し出しながら成果を待つタイプなんだけど」

 相も変わらず中身のない無駄口ばかりを囁きながら、ラディはアウロスの後ろをついてくる。

 微妙に声が震えていたが、アウロスは敢えて指摘することはしなかった。

「気配が読めない分、注意して移動しろ。余計な事をブツブツ言うな」

「でもさー、黙って歩くの怖くない? 夜の教会ってスッゲー不気味なんだけど」

「じきに慣れる……ん、何か聞こえるな」

 微かに聞こえてくる、自分達以外の足音。

 当然、アウロスとラディ、そしてルインとフレアはすり足での移動。

 警備の人間だ。

 三者会談の折、エルアグア教会は警備を外注している。

 アクシス・ムンディという組織だ。

 だが、彼らはミストの介入によってルンストロムについていた(と推察される)。

 となれば、エルアグア教会の警備を今もなお行っている可能性はない。

 警備を強化しているとは言え、見張りを行っているのは教会管理局の人間だろう。

 人数は増えているだろうが、それほど怖い存在ではない。

「……」

 アウロスは目でラディに合図し、最寄りの部屋の扉に手をかけ、解術を施す。

 宝物庫でもなければ司祭室でもない、ごく普通の部屋と思われる扉。

 案の定、あっさりと封術を解くことができた。

「まさか人はいないと思うケド……失礼しまーす」

 先にラディが入り、次いでアウロス。

 音を立てないよう扉を閉め、真っ暗な空間に身を潜める。

 流石に同じ部屋に誰かいれば人の気配くらいはわかるが、幸いにも無人の部屋だったらしく、寝息や床ずれの音もない。

 暫くして、足音は扉の直ぐ傍まで近付き――――やがて通過していった。

「……そろそろいいか。行くぞ」

「うい。にしてもこの緊張感、たまらんねえ」

「悪趣味なことを言うな」

 呆れつつ扉を開け、再出発。

 窓がないこの教会、二階より上からの侵入はほぼ不可能な為か、見張りがいるのは一階だけらしい。

 その後は特に問題なく進み――――

「ようやくか」

 最上階である二階の東側、突き当たりの壁がうっすらと見えた。

 以前潜入したこともあり、夜間の情景にも慣れたものだ。

 最奥の扉は――――

「グランド・ノヴァの部屋だ。恐らくここにはいない。手前の部屋から探そう」

 前回もそうだったが、既に住人不在となって久しいこの部屋には施錠はなされていない。

 生活空間という訳でもない。

 以前はマルテがここに監禁されていたが、あれはデウスが仕組んだ一種のデモンストレーション。

 今回は該当しないだろう――――アウロスはそう判断し、グランド・ノヴァの部屋の手前の扉に手をかけた。

「ここは何の部屋かロス君、知ってんの?」

「知らないから調べるんだ。幾ら教会にいたとはいっても行動範囲は最小限だったし、知らない部屋の方が圧倒的に多い」

「さいでっか」

 納得しつつ、ラディが扉に顔を寄せてみる。

「物音は聞こえないね」

「わかった。それじゃ見張りを頼む」

「りょーかい」

 アウロスはラディの背中に隠れながら解術を綴った。

 程なくして――――扉が開く。

 隠れる為に入室してきたこれまでとは違い、ここからは中身を確認する必要がある。

 尤も、光源はある。

 魔術だ。

 扉さえ閉めていれば、中で魔術を使い光を発しても一階にいる見張りがそれを察知することはない。

【炎の球体】を綴り、指上に留めた状態を保持し、周囲を照らしてみる。

「……資料室か」

 古い書物が本棚にビッシリと敷き詰められていた。

 研究を生業としているアウロスにとっては興味深い場所ではあるが――――

「次、行こう」

「そーね。私ってば、こういう本ばっかりの部屋にいると頭痛するし」

 そそくさと退室。

 その後、同じ要領で二階の見知らぬ部屋をくまなく探したが、マルテもグオギギもいなかった。

「じゃ、次はいよいよ見張りのいる一階ね」

 妙にやる気を見せるラディに対し――――

「……いや。その前に地下を探そう」

 アウロスは思案顔でそう告げた。

「地下? 地下なんてあんの? この教会」

「ああ。一度連れて行かれたことがある。拷問部屋もあった」

「うっわ……きっつー」

 教会という神聖な場所とはおよそ似つかわしくない室名。

 ラディは露骨に顔をしかめつつ、想像力を逞しく広げている。

「マルテやグオギギ氏の境遇を考えたら、地下にはいないと思うけど……見張りもいない可能性が高いから探しやすくはある。それに、深い時間の方が見張りがダラける可能性が高い」

「だから一階は後回しってワケね。よー考えるわ」

 感心するラディに背を向け、アウロスは以前デウスに案内された地下への道を回想し、今いる部屋の廊下側とは別の扉を解術で開けた。

「何してんの? 地下に行くんでしょ? 一階に……」

「いや。こっちでいい」

 拷問室という存在が示しているように、エルアグア教会の地下は一般の教徒には解放されていない空間だ。

 その為、出入り口もわかり難いように出来ている。

 というのも、一階から地下へ下りる訳ではない。

 二階から階段を下り、そのまま地下へと向かうようになっている。

 つまり、地下への入り口は二階にある。

 その入り口は――――アウロスが扉を開けたその向こうにあった。

「階段部屋だ。ここから直接地下へ下りる」

「……教会って」

 まるで迷宮のような作りになっていることに、ラディは頭を抱えていた。

「一応、二階からの緊急脱出用に作られた非常用階段って名目があるらしい。

 偶然見つかった時の為の言い訳だろうが」

「その言い訳自体怪しすぎでしょ。そもそも、この教会っておかしくない? 窓もないしさ。おかげで煙突から侵入しなくちゃいけないし……」

 窓が存在しない理由は、アウロスにもわからない。

 他のアランテス教の教会には普通に窓はある。

 つまり、エルアグア教会独自の構造だ。

 閉塞感を醸し出す上で、敢えてそうしているとしたら、それは余りに不健康。

 階段を下りる間、アウロスはずっとそのことを考えていたが、答えは出てこなかった。

「到着、っと。なんか温度低くない?」

 ラディの震え声に、いつの間にか地下に降り立っていたことに気づき、アウロスは思わず自分の頭を軽く小突く。

 今は余計な思慮に耽っている時ではない。

 悪い癖を排除し、あらためて地下の空間を眺める。

 当然、光源となるランタンも設置されていないが――――

「じゃじゃーん。小型松明~」

 ラディは背負っていた鞄から松明を取り出した。

「二階では臭いがあるから使えなかったけど、地下なら大丈夫よね」

「気が利くな。さすが情報屋、忍び慣れてる」

「まーね。偲ぶ女だし私」

 皮肉のつもりもなかったが、ラディの好意的解釈はその上を行っていた。

「それじゃロス君、火付けよろしく」

「……ん?」

「ん? じゃないでしょ。魔術で火。ホラ」

「いいけど……長持ちしないぞ。魔術は術者の手を離れて暫くしたら自然消滅するからな。魔力を消費し続ければ保てるけど、俺にはそんな魔力量はない」

「……聞いてないし」

 他に火種がないらしく、ラディはカクンと項垂れた。

「ま、問題ない。廊下なら数秒間だけ照らせば、大体の地形はわかる。あとはその数秒の記憶を頼りに歩けばいい。部屋に入ったときも同じだ」

 地下であれば音の心配は不要なので、仮にマルテがいれば声をかければいい。

 ただ、グオギギは声に反応するかどうか不明。

 一瞬であっても灯りは必要だ。

「松明は必要ないけどな」

「ロス君……こういう時は乙女をフォローするのが男の役目だと思うんだけど」

「なるほど。乙女に対してはそうするのか。理解した」

「……私が乙女じゃないって? 年齢の割にスレた人生歩んで可愛げを失ったやさぐれ女だって、そーいーたいの? え? コラ」

 勝手にふて腐れるラディから松明をぶんどり、アウロスは赤魔術を綴った。



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