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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
222/382

第9章:アウロス=エルガーデン【上】(14)

 教皇選挙は『教皇選挙管理委員会』という教皇選挙権を持つ魔術士によって取り仕切られる。

 教皇選挙権を持つのは、幹部位階4位以上の身分を有し、且つ立候補者以外の人物。

 若しくはその選挙権の所有者から正式な手続きに則って譲渡された人物だ。

 教皇選挙管理委員会は、通称『準元老院』と呼ばれている。

 元老院というのは、教皇に対する諮問機関。

 表向きには教皇の相談役であり、市町村や各聖地の代表者から諮問を受けた際に会議、検討を行い、意見を出す役割を担う。

 だが、これはあくまでも表向き。

 実際には、国によって、或いは時代によってその実務が大きく異なる機関として知られている。

 例えば、王の絶対的な権力によって成り立っている君主制度を基調としている国の場合、元老院の権力は相対的に低くなる。

 逆に王の支配力が弱まれば、元老院の影響力が増大する。

 では、デ・ラ・ペーニャはどうか。

 この国の長である教皇は、国の統治だけでなく、国教の枠を越え世界的な宗教であるアランテス教の代表者でもある。

 当然、魔術士の頂点であり、その権力は絶大。

 他国の王にも勝る影響力を誇っている。

 なら、デ・ラ・ペーニャの元老院は貧弱か――――というと実のところ真逆だ。

 世襲制ではない点が、その最たる理由。

 この国の教皇は、教皇選挙管理委員会によって選出される。

 そしてこの教皇選挙管理委員会の大多数が、元老院の面々によって構成されている。

 現役の司教が元老院に加入することはないので、本来ならば教皇選挙権を持っていない人間なのだが、彼らは現役の首座大司教以上の立場に身を置く司教によって選挙権を譲渡されている。

 正確には奪い取っていると言っていい。

 元老院の構成員は、主に元枢機卿、元総大司教などのかつて栄華を極めていた魔術士達。

 最高議長であるタナトス=ネクロニアも、かつて枢機卿としてこのデ・ラ・ペーニャを表で支えた一人だ。

 彼をはじめ、元老院に所属する人間の殆どは、既に人生において晩年に差しかかっている老人達。

 当然、教皇選挙管理委員会――――準元老院もまた同様だ。

 地方の教会においても、近年上位者の老齢化が進んでおり、多くの若い魔術士が苦労を強いられているが、ここはその比ではない。

 デ・ラ・ペーニャ随一の、或いは世界でも類を見ない百戦錬磨の集いだ。

 彼らが現在行っているのは、教皇選挙の下準備。

 立候補者が、立候補者としての資格を有しているか否かを判断する会議だ。

 とはいえ、この会議は殆ど意味を成さない。

 教皇の立候補者となれば、ほぼ例外なく相応の血筋、身分、或いは能力を有している。

 事前に課した議題に関しても、全く問題なくクリアしている。

 準元老院が提出を求めた議題は、魔術国家の復権。

 だが、単に復権の為の指針を論じればいい訳ではない。

 そこには実現性が求められる。

 そしてこの実現性においても、端的に言えば『元老院が実行する上でメリットがある』ことが少なからず重視される。

 彼らは国の為の存在でありながら、国の為だけに生きている訳ではない。

 アランテス教会の教徒でありながら、アランテス教にその身を捧げているとも言えない。

 己の為にここにいるし、己の為に命を燃やしている。

 何よりここにいる人間の殆どは、自己の燃焼にかけては右に出る者はいないと称賛されるべき自己顕示欲の塊。

 魔術士としての偉大な実績をひっさげ、余生を謳歌している者ばかりだ。

 そしてそれを立候補者の三人は理解し過ぎるほど理解していた。

 特に――――

「……君だけを召集したのは、他でもない。ルンストロム=ハリステウス」

 他の立候補者よりも政治家としての経歴が長く、また第一聖地マラカナンではなく第二聖地ウェンブリーを主戦場としてきたこの男は、元老院の性質、影響力、そして法則を熟知していた。

 元老院はマラカナン以外の出身者も多い。

 元々は、地方の巨大権力を収束させる目的もあって発足した機関だからだ。

 教皇が自分の座するマラカナン以外の聖地を取り仕切る為には、己の目が届かない範囲においても絶大な影響力を発揮する必要がある。

 各聖地からの諮問を受ける元老院は、その依代でもあった。

 だが、だからといってルンストロムを会議の場に召集する理由にはならない。

 当然ではあるが、下準備段階とはいえ特定の立候補者を教皇選挙管理委員会が呼びつけるのは規則違反。

 不正というより、最早謀反に近い。

 だが、この場にいる誰もが、その事実に目も向けない。

 デ・ラ・ペーニャの実体がこの会議室に密集していた。

「我々準元老院は選挙の折、君を次期教皇に指名するつもりだ」

「はっ……!」

 最高議長、タナトスの言葉は余りにも唐突だった。

 だが、ルンストロムはある程度の期待をもってここを訪れた。

 自分だけが招かれたとなれば、期待しても不思議ではない。

 尤も、自分が内定を受ける理由までは把握していないが。

「ありがたき幸せ! このルンストロム=ハリステウス、如何なる期待にも全力をもってお応えする所存でございます……!」

「うむ。その為に君を選んだのだから当然だ」

 タナトスは、ルンストロムを指名した理由を語らなかった。

 そしてルンストロムの方からそれを聞くことは当然できない。

 密約にしては、妙に浮遊感の強い会話が続く。

「ところで、君は権力というものについて、どう考えているかね?」

「はっ……権力とは実用性を発揮する為の力、すなわち実行力と位置づけております!」

 ウェンブリー教会においては常に畏怖の対象であるルンストロムも、鎮座する元老院の構成員を前にすれば新人魔術士も同然。

 彼自身、老齢であるにもかかわらずだ。

 それほどに、元老院は特殊な存在と言える。

「悪くない。実行力なき権力など、絵に描いた餅。であるならば、両者は等しくあるべきだ」

「はっ!」

「ならば……我々の期待する権力は、わかっているね?」

「はっ! 元老院あってのアランテス教、元老院あってのデ・ラ・ペーニャでございます!」

「そう。魔術国家としての復権は急務……なれど、元老院が影の主役でなければ無意味。

 何故なら、我々こそデ・ラ・ペーニャを作り上げてきた骨肉そのものなのだからな」

 タナトスの言葉は決して俗物的でも軽薄でもない。

 事実、彼らはこの国を造りあげてきた。

 国家の重鎮として、魔術士の精鋭として、ある者は数多の魔術を生み出し、またある者は多くの戦場で魔術士の力を知らしめてきた。

 そんなまばゆいばかりの栄光と英名が、歳月を経て権力へと収束する。

 これも動かしがたい真実の一つだ。

「だが、残念ながらそれを理解しない立候補者が今回は多い。三人もいながら二人も理解していない。無論、表立ってそう訴えてはいないがね。議題への回答は実に優等生的だ。非の打ち所がない。デウス=レオンレイは戦争の必要性を説き、我らを仲介者に指名することで事実上の操縦手に担ぎ上げている。ロベリア=カーディナリスは連続性の重要を訴え、歴史ある魔術国家の技術的繁栄をもって復権を目論んでいる。実に健全だ。その上、元老院も魔術国家の偉大な歴史と捉え、より強い影響力を望んでいる」

 どちらも、元老院を立てた回答を提示している。

 そうしなければ通らないと知っているからだ。

 知ることこそが、教皇立候補者の資質の一つ。

 合格だ。

「しかし。我々もまた知っている。デウス=レオンレイの真の目論見を。ロベリア=カーディナリスの目指す理想郷を。彼らは勘違いをしている。己の理想を教皇、或いは王といった身分に押しつけている。まるで理解していない」

 教皇の息子、枢機卿といった立場の彼らは、早くから次期教皇の候補に挙がっていた。

 当然、その資質を問うのは立候補してからではない。

 遥か昔――――魔術士としての実績が一定以上に積み上がった段階から、既に吟味されていた。

 どれだけ注意深く己を隠そうとしても、隠しようがない。

 元老院は全ての聖地に、あらゆる教会に影響力を持つ機関なのだから。

 そして元老院には元老院の歴史がある。

 積み重ねは、何も生真面目な人間の専売特許ではない。

 元老院が元老院である為の努力を、彼らは決して厭わない。

 デウスもロベリアも、そしてルンストロムも、彼らの前では裸同然だった。

 何故なら、彼らが魔術士である以上、彼らの未来もまた元老院の一部であると言えるのだから。

「教皇はデ・ラ・ペーニャの支配者にあらず。教皇はデ・ラ・ペーニャの出力者。魔術国家が魔術国家たる象徴なのだよ。君はそれを理解している。実に受動的だ」

 それはつまり――――ルンストロムが候補者の中で最も無能であることを意味していた。

 だからこそ、元老院の指定する教皇の条件に合致した。

 そしてルンストロムは、自分が無能であると認識されることに何ら躊躇はない。

 教皇になれば、全てねじ伏せられる。

 そう目しているからだ。

 実際には、彼は無能ではない。

 魔術国家復権案も、決して凡庸ではない。

 マラカナン以外の聖地――――第二聖地、第三聖地、第四聖地、第五聖地、そして第六聖地の合併案を提出していた。

 第二聖地ウェンブリーの魔術士であるルンストロムは、マラカナン以外の票を集めなければならないし、それが最も教皇への近道。

 この案は、第一聖地マラカナンに権力が集中している状況を危惧し、合併した聖地を『第二の』第一聖地とするよう訴えた。

 そうすることで、マラカナンと同等の権力を有することができ、更にはデ・ラ・ペーニャの国力増加と活性化に繋がると。

 しかし、実際にこれが実現した場合でも、結局は第二の第一聖地ではなく第二聖地になるのは明白。

 寧ろ、聖地の数が減り第一聖地の価値が高まるだけだ。

 言ってみれば、マラカナン以外の聖地を植民地にするようなもの。

 マラカナン以外の出身者が多い元老院の中には、必ずしも有益ではない者も出てくる――――ようにも見える。

 だが実際にはこの案、もう一つの意味を孕んでいる。

 第二聖地~第六聖地の権力の均一化だ。

 マラカナンが突出している関係で、見過ごされがちだが、第二聖地~第六聖地にも多少なりとも格差がある。

 番号が若いほど格が上、という風潮が存在している。

 よって、第二聖地ウェンブリーにとっては歓迎すべきではない案ということになる。

 逆に言えば、それ以外の聖地にとっては利がある。

 そしてルンストロムはウェンブリーの魔術士。

 彼が教皇となるメリットが第二聖地に存在する以上、デメリットを考慮しても十分に釣りが来る。

 巧妙、かつ大胆な策だ。

 それでも、元老院はこのルンストロムが最も『傀儡』に相応しいと判断した。

 彼らにとって、教皇は国家の象徴であり、自分達の権力の遂行者でもある。

 魔術でいうところの第三工程『出力』に該当する存在だ。

 だが、他の二人――――特にデウスの野心には、元老院といえど身構えざるを得ない。

 国家そのものを崩壊し、再構築させようとしているのだから。

 彼を傀儡にし、傀儡師となるだけの器は、老人達には些か広すぎる。

 老人は足腰が弱いのだから。

「では早速、君に『期待する』」

「はっ、何なりと」

 タナトスは唱える。

 国家の骨子と自覚する老骨として。

「君を選出する理由を作りなさい。誰もが納得し、一丸となって前へ進む為の理由を……な」

 骨は笑わない。

 ただ、肉を歪めていた。



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