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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
213/383

第9章:アウロス=エルガーデン【上】(5)

 魔術国家デ・ラ・ペーニャの中心、第一聖地マラカナンの首都ベルミーロはこの日、大きな混乱と狼狽に包まれ、騒然としていた。

 国の長たる教皇の退任が発表されたからだ。

 退任の理由は健康上の理由とだけ明かされ、詳細に関しては触れられず。

 市民の多くは、教皇の体調が思わしくなく、体力的に公務をこなすことが厳しくなった為に辞任したのでは、と解釈していた。

 だが、教皇への関心は同時に発表された教皇選挙の実施決定の報によって瞬時に薄れていった。

 ガーナッツ戦争での歴史的敗北以降、元教皇ゼロス=ホーリーへの国民からの支持が地に伏していた証だ。

 国民の殆どが、新たな教皇を歓迎した。

 強く、そして格の高い魔術国家の再建を望んだ。

 それは魔術士ではない一般人であっても同様。

 経済面においても停滞感のあるデ・ラ・ペーニャにおいて、トップの変更は大きな転換点となる。

 閉塞感からの脱却こそが、今この国に必要な一手。

 教皇選挙の詳細として発表された、立候補者三名に対する市民の期待と値踏みする目は、自然と鋭くなっていった。

 


 それから幾ばくかの時が流れ――――

 水没都市エルアグアにおいても、教皇選挙の話題が市民の間で流れるようになった。





「さあさあ、枢機卿ロベリア様の倍率が上がってるよ! 買うなら今! 今しかないよ!」

 そんな、教皇選挙すら賭博の対象としている胴親の大きな声が酒場から外の大通りにまで響きわたる中、アウロスとルインは並んで街路を歩いていた。

 目的は、今日の食事の調達。

 現在の拠点である墓場の地下は郊外にある為、買い物をするのには相応の手間が掛かる。

 その為、交代制を導入し、一日おきに二人一組で全員分の食糧、或いは衣服や雑貨など、それ以外の物を買いに行くようにしている。

 アウロスはルインと組になっていた。

「……」

 ただ、会話は極めて少ない。

 ルインの不機嫌は日が経っても変わらず。

 話しかけることを躊躇うほど、表情にくっきりと機嫌の悪さが出ている。

 とはいえ、それに対して宥めようとか、ご機嫌を取ろうとかそういう気の利いた行動をアウロスがとるはずもなく、沈黙ばかりが続いている。

 が――――アウロスはというと、それほど気まずい心持ちではなかった。

 不機嫌だろうとなんだろうと、間近にルインがいるという状況には妙な安心感を覚える。

 それが童心の名残なのか、それとも現在の素直な心境なのかは本人にすらわからない。

 わからないが、確かなことが一つ。

 そのような収まりの良さを感じることがあるのは、ルインだけ。

 そういう存在が自分にいることに、驚きを覚えざるを得ない。

 同時に、感慨深くもあった。

 闇だけに囲まれた牢獄の中で暮らし、敵を消すためだけに疾走した日々を思えば、この現状がどれだけ恵まれているか。

 アウロスはルインを見ると、昔を思い出す。

 前へ突き進む為、敢えて猪突猛進を選んでいるだけに、それが歓迎すべきことかどうかは定かではないが、少なくとも特別であるとは言える。

 賑やかな街並みに取り囲まれながら、アウロスの足取りは心持ち軽やかだった。

「……随分、機嫌が良いみたいね」

 決してスキップなどしている訳ではなく、あくまでも『心持ち』程度だったのだが――――ルインはそれを見抜き、射抜くような声で指摘する。

 厄介な相手だ――――そう心中で嘆息しつつ、アウロスはルインの顔に目を向けた。

「少し前と比べて、寒さの度合いが減ったからな。動きやすいだけだ」

 本心を言えるほどの素直さは発揮できず、アウロスはそう誤魔化す。

 ルインの目は外気以上に冷ややかだったが、特に追撃の気配はなかった。

「こんな寒冷の地にまで来なければ、貴方の名前は歴史に残らないのかしらね」

 やれやれ、といった面持ちで歩きながら肩を竦めるルインに対し、アウロスは――――

「ああ。それ以外に選択肢はなかった」

 そう断言し、歩を止めた。

 二歩ほど前へ歩いた後、それに気付いたルインも立ち止まる。

 振り返る仕草は、それだけで絵になった。

「俺は別に特別な才能がある訳じゃない。一から新しい研究をして、それで名を残すのは恐らく無理だ。僅かな可能性に賭けるよりは、オートルーリングの論文を取り戻してファーストオーサーにアウロス=エルガーデンの名前を記す方が現実的だと判断した。それに……」

 一呼吸置き、アウロスは告げる。

 このエルアグアまで足を運んだ、最大の理由を。

「オートルーリングを発案したのは、俺じゃなくアウロス=エルガーデンだ。この技術の発案者として名を残すことが、一番の……いや唯一の方法だ。

 俺が彼に顔向けできる」

「顔向け?」

「供養、なんて言葉よりは実直だろ?」

 おどけた顔などしたことがないアウロスは、普段の仏頂面のままそう答えた。

「実直……ね。私に黙ってウェンブリーを離れた男が、どの面下げていっているのかしら」

 鼻で笑うような物言いとは裏腹に、ルインの言葉は妙に重い。

 そこでアウロスはようやく気付いた。

 思いがけない再会があった為、すっかり意識していなかったが――――自分が何の連絡もしないまま、新天地へと赴いたことに。

「それは仕方ないだろ……お前、帰省中だったんだし」

「手紙という発明品を御存知? かなり前の発明だけれど。貴方より遥かに優れた研究者が、紙に字を書いて他人に届けて貰えば、離れた場所にいる人間にも自分の意思が伝えられるという優れた発明よ」

「……悪かったな、筆無精で」

 実際にはそういう訳でもないのだが、そう答えるしかなくアウロスは肩身の狭い思いで歩行を再開した。

「私は、貴方の目的には必要のない人間、つまるところ貴方にとってはただの端役に過ぎないという解釈でいいのかしら?」

 そのアウロスの真後ろを、ルインは足音一つ立てずスーッと付いてくる。

 かなり怖い。

「そういう訳じゃない。一刻を争う状況だったし、知らせる暇はなかった」

「再会した直後、追いかけてもこなかったクセに」

 もう一つ、根深い問題が発覚。

 アウロスの顔に冷や汗が滲む。

「何しろ、あとちょっとってところで落とし穴に落とされたからな。這い上がる為には、落とし穴の壁をよじ登って行かなくちゃいけない。周りを見る余裕なんてない」

「例え話を言い訳に使うのは卑怯」

 バッサリと切られ、アウロスは言葉を失った。

「私が不必要なら、素直にそう仰い。貴方に適度な電撃を浴びせて私の力が必要な程度に身体機能を低下させてあげるから」

「攻撃魔術を歪んだ方向で使うな……」

 前方を見ているため目には見えないが、明らかに邪悪な笑みを浮かべているルインが想像できた為、アウロスは偏頭痛を覚え思わず顔をしかめる。

 そもそも、必要か不必要かという概念でルインを捉えたことが一度もない。

 それを伝えるには、どうすればいいのか――――

「正直言うと……葛藤がある」

 結局のところ、本心を伝えるしかなかった。

「葛藤? 私を――――」

「お前のことじゃない。お前に対しての葛藤なんてない」

 素早くそう断言したアウロスに対し、ルインは思わず瞼を上げた。

「迷いがあるのは、オートルーリングに対してだ」

「どういう意味よ」

「俺は……」

 葛藤、という言葉通りに、アウロスは言い淀んだ。

 ルインに伝えることを迷っているだけではない。

 言葉にすることで、既成事実のようなものを生み出してしまうことへの逡巡があった。

 だが、もう後には引けないという思いが勝った。

「……オートルーリングを潰すつもりでいる」

 アウロスは搾り出すように、そう告げた。




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