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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
211/382

第9章:アウロス=エルガーデン【上】(3)

「それで、これからどうするつもりなの?」

 そこは、新たな拠点となった旧・四方教会拠点の居間。

 それぞれが食卓の前にある椅子の上でアウロスの話を待っている中、一人だけやたら不機嫌な空気を醸し出しているルインが苛立った声で問う。

 先程からずっと、この状態。

 アウロスはやたらキリキリと痛むこめかみの辺りを押さえつつ、こっそり嘆息した。

「俺の目的は、ここに来た日から今日まで変わってない。論文を取りもどす」

「その為にどう行動するのか、と聞いているのだけれど。所信表明演説をするのなら目的の復唱は意義があるかもしれないけれど、貴方はどこぞの選挙にでも出るつもりなの?」

「……そんな予定はない」

 あからさまにトゲのあるルインの言葉に、ラディとその両隣のフレア、チャーチがザワザワし始めたのを半眼で眺めつつ、アウロスは机をバン、と軽く叩いた。

 こういう時に緩和剤の役を担う存在が一人でもいれば楽なんだが、と思いつつ。

「目的を果たす為の行動は、単純であればあるほど好ましい。つまり、論文の持ち主と直接会って交渉する。それが最善だ」

「デウス、だっけ。あの偉そうなヤツとまた会うっての?」

 ラディの問いかけに、アウロスは首を左右に振った。 

「現時点では、交渉できるだけのカードがない」

 そんなアウロスの嘆きの通り、現状は厳しいと言わざるを得ない。

 アウロスの推測が正しければ、本物の論文はデウスの元に、偽の論文はルンストロムの元にある。

 つまり、デウスは既にオートルーリングの論文を読み、理論を手に入れている。

 仮に、論文を手にしていなければ、デウスにとってアウロスはオートルーリングの技術を知る生きた教科書。

 ここに至るまで好待遇だった理由の一つがそれだ。

 論文自体をデウスが入手したタイミングは不明だが、もし本気でオートルーリングを必要としているならば、本物の論文かどうかの確認、また論文の写しの作成などを行っておく必要がある。

 そして、既にその全ての作業が終わった可能性は否定できない。

 もしそうなら、デウスにとってアウロスは用済みの存在となる。

 交渉できる余地は何処にもない。

 だが、オートルーリングは理論さえ知っていれば直ぐに使える技術ではない。

 専用の魔具を作る必要がある。

 製作過程に関しては、論文に克明に記してあるので、既にデウスも理解はしているだろう。

 問題は、実際に製作する環境をどうやって整えるか。

 魔具を作っている技師に依頼すれば、作ることは可能。

 だが材料を集めるのは容易ではない。

 オートルーリング要の魔具に使用する金属【メルクリウス】と生物兵器【ノクトーン】を入手するルートを確保しているのは、ウェンブリー魔術学院大学のみ。

 こればかりは、論文にも記載されていない。

 デウスは、ミストと繋がりを持っていると推測される。

 よって、材料の調達をミストに依頼する可能性は極めて高い。

 しかしながら、果たしてミストがデウスの依頼を引き受けるかというと、そこには大いなる疑問が生じる。

 仮に、ミストが『次期教皇に借りを作り、自身の出世および移籍の足掛かりとしたい』と考えているのなら、デウスが教皇――――彼自身は王になると断言しているが、つまるところデ・ラ・ペーニャの最高権力者になるという確信があって初めて借りを作ろうとするだろう。

 もし違う候補者が教皇になるのなら、次期教皇の敵に手を貸したことになり、その後の展望に多大な損失が生じることは想像に難くない。

 ミストはある局面においては積極的な行動を起こすこともあるが、総合的に見れば慎重な選択をする傾向が強い。

 人生を左右しかねない判断を、不確定な状況で下すとは考え難い。

 一方、デウスが選挙に勝つ可能性はどうか。

 現時点でそれが十割に限りなく近いとは到底言えない。

 彼以外のどの立候補者にも言える事だが、まだまだ選挙の行方は流動的だ。

「ただ、もしもデウスがオートルーリングを教皇選挙に利用しようとしているなら、交渉の余地はあるかもしれない」

 アウロスは敢えて断定を控えたが、その可能性は高いと考えていた。

「つまり……どゆこと?」

「ラディお姉様は勘が鈍いね。情報収集が専門で分析は苦手なのかな?」

 不敵に笑う隣のチャーチに、ラディは口を尖らせて不満を露わにした。

 驚いたことに、明らかな年下にダメ出しされることに傷ついたようだラディのくせに。

「……って顔してるけど! 普通に怒るから! 何だいラディのくせにって!」

「思ってはいるが口には出してない。勝手に推測して勝手に怒るな」

「思ってる時点で正当な反論じゃん! ってか、チャーチちゃんだったっけ? 呼びにくいからチャーちゅんって呼ぶけど、そこまで言うなら説明して貰いましょうか!」

 先程のアウロスの何倍もの勢いで机をブッ叩いたラディに対し、チャーチは笑みを浮かべたまま腰を上げた。

「つまりね、デウス=レオンレイが具体的にオートルーリングの技術を使って何をしようとしてるかを突き止める必要があるんだよ。そでしょ?」

「そういうことだ」

 あっさり首肯したアウロスに、ラディは歯軋りしながらぐぬぬと唸った。

 調子に乗ったチャーチの推論披露は更に続く。

「となると、問題はどうやってデウス野郎の意図を確認するかだけど、普通に考えればデウス野郎に近しい人間から話を聞いて、答えを引き出すのが唯一可能性のある方法だよ。本人が口を割るはずないし」

「ほー……となると、森羅万象の情報屋たるこの私の出番?」

 キラリと星の煌めきを目に宿し、ラディが勢いよく立ち上がる。

「確か、デウスってヤツの取り巻きに男がいたし。この私の溢れんばかりの性的魅力をもってすれば、ヤローを誑かすなんてチョチョイのチョイ! ふっふっふ、女情報屋の武器を最大限に活かす時がついに来たようね……大人の階段を登るこの私の一挙手一投足を刮目せよ!」

「お前に依頼する筋合いはない」

「筋合いって何!?」

 ラディは一瞬で切って捨てられた。

「それに、デウスの部下は女だからと誑かされるような連中でもない。デウスに心酔してるからな」

「女には興味がない……? うわ、なんかヤなこと聞いた気分」

 露骨に顔をしかめるラディを無視し、アウロスはチャーチに目を向けた。

「何かな? もしかしてボクのこれが目当て?」

 チャーチは背負った大きな杖――――神杖ケリュケイオンを手に取り、かざしてみせる。

 離れた場所にいる人間との会話を可能とする、禁断の魔術。

 もしそれを利用することができれば、身の危険を考慮せずに四方教会の面々と会話することができるかもしれない。

 非常に有用な魔術だ。

 だが――――

「生憎、そこまでお前を信用してる訳じゃない。付き合いも短いからな」

 アウロスは瞑目しつつ、チャーチを否定した。

「うわ、キッツ! 鬼畜! ロス君鬼畜!」

「やかましいな。仕方ないだろ、そういう性格なんだから」

 容赦のないアウロスの言葉に、無関係のラディすら非難する中――――

「……やっぱり理想のお婿さん」

 何故か当の本人であるチャーチはウットリしていた。

「あの……チャーちゅん?」

「出会って間もない小娘に心を開くなんて、思慮の浅い低俗なゴミ男だよね。それくらい慎重じゃなくちゃ世の中渡っていけないよ、うんうん」

「……今時の若い子がわからない……」

 まだ十代のラディは頭を抱えて世代の隔たりに苦しんでいた。

「安心しろ。私もサッパリわからない。あいつらは歪んでるんだ」

 チャーチと同世代のフレアが歯に衣着せぬ物言いでアウロスまで酷評する中、ルインはこっそり不機嫌の度合いを上げていた。

 感情が前に立ち中々話が進まない状況に、アウロスは思わずため息を吐く。

 理由はなんとなくわかっていた。

 男が自分以外にいないという特殊な状況が原因だと。

「まさかマルテを恋しく思う日が来るとは……」

「マルテ?」

「男だ」

 ルインの鋭い声を無視し、アウロスは今一度机を叩いた。

 今度はやや強めに。

「とにかく。チャーチのあの会話伝達の魔術は使わない。その上で、四方教会の連中の様子を探りたい。余裕があればマルテを奪回したい」

「マルテを父親から引き離すのか?」

 アウロスの行動指針に、フレアが噛み付く。

 とはいっても、反対という訳ではなく本人も迷っているような顔で。

 マルテはどうすべきか。

 血の繋がった父親と共に生きるべきか。

 明らかに息子を政治利用しようとしている父親から遠ざかるべきか。

「最終的にはマルテ本人が決めることだ。ただ、今は一旦連れ戻しておきたい」

「あのヘナチョコ孫を人質に使うとか?」

 チャーチの言葉に、フレアは勿論、ラディも目を見開きアウロスへ視線を向ける。

 交渉のカードとして、息子であるマルテは――――

「マルテに人質としての価値があるとは思えない。だったら、これまでにもっと大事にしてきただろう。実の子なんだから」

 不適当。

 アウロスはそう判断した。

「あいつの価値は他にある。俺やフレアがよく知ってる」

「……」

 無言ながら、フレアが確かな同調の表情を見せる。

 連れ戻したいのは、人質になり得るからではない。

 当然、戦力になるとも言い切れない。

 マルテの役目はそういうものではない。

 これまでにずっと、マルテ自身が示してきたもの。

 今のアウロスには必要なものだ。

「とはいっても、先の話だ。俺が当面やろうとしているのは、新戦力の発掘」

「新戦力? 何、私たちじゃ不満だってゆーの? 死神狩っちゃう人もいるのに?」

 ラディに指を差され、ルインは露骨に顔をしかめる。

 アウロスは見て見ぬフリをしつつ、首を左右に振った。

「戦力ってのは、何も戦闘能力の高い人間だけを指す言葉じゃない。ま……その辺はおいおい話すとして、その前に確認をしておきたい」

 そして、ぐるりとここに集まっている面々を見渡す。

「今の俺は、教会候補の内の二人と敵対している状態だ。俺と関わっていると知られれば、選挙の結果次第ではこの国に居場所がなくなるかもしれない。離れるなら今の内だ」

 そう促したアウロスに対し、返事は――――

「私は敵対してない候補の娘だから、関係ない」

「ボクはアウロスさんのこと気に入ってるから、理由はあるよね。

 それにルン爺のやったこと、許せないし。ボクを利用するなんてフザけてるよね」

「ま、腐れ縁だし。契約もあるからねー。支払いさえよければ何でもいいの。支払いさえよければ」

 フレア、チャーチ、ラディの順に離脱を否定。

 ルインはというと、何一つ言葉を発しないまま、その場に留まっていた。

 そこにいるのが当たり前という顔で。

 アウロスは横目でそれを確認し、一つ大きく息を吐いた。

「……じゃ、力を借りるとするか」

 大学時代に学んだ、大事なこと。

 アウロスは素直に小うるさい面々の厚意を喜んだ。



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