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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
210/393

第9章:アウロス=エルガーデン【上】(2)

 魔術国家デ・ラ・ペーニャを含む15の国家から成る、世界有数の経済圏ルンメニゲ大陸。

 現在、各国は天下泰平の世を勇ましく行進するかのように、足並みを揃え平和を闊歩し続けている。

 局地的な紛争こそ忙しなく勃発しているものの、目立った戦争は一切なく、静かに時を刻み続けている――――というのが、このルンメニゲ大陸を治める立場にある統合体『ルンメニゲ連合』の現在における評価だ。

 しかしこれは、あくまでも総括に過ぎない。

 各国それぞれに目を向ければ、例え今は芽吹いていなくともいずれ戦火となりかねない火種など、幾らでも存在する。

 そして、その中でも特に注目を集めている火種が――――デ・ラ・ペーニャの皇位継承問題だ。

 既に、各国の首脳はデ・ラ・ペーニャの幹部位階1位、教皇ゼロス=ホーリーの現状について正確に把握している。

 巨星墜つ――――と。

 そして、ゼロスの周辺もまた、世界の注目の的となっている状態を自覚していた。

 それ故に、では次の教皇を――――とはいかない。

 この皇位継承問題は、誰を教皇にするか、という単純なものではない。

 誰を新時代の創造主とするか――――そう言っても決して過言ではないくらい、極めて重要な分岐点だ。

 今更説明するまでもなく、デ・ラ・ペーニャはここ十年近く恥の文化を営んできた。

 敗戦国としての地位に甘んじてきた。

 変えなければならない。

 それは、厳命であり歴史的主文でもある。

 つまり、敗戦国というレッテルを剥がす作業が、新たな国の長となる人物の最初の仕事ということだ。

「恐らく、第一回の教皇選挙総会で提出を求められるはずだ」

 コツ……コツ……と規則正しく響く足音を背に、アウロスは手にした荷物の重さに辟易しながら、推論を述べた。

 デ・ラ・ペーニャの教皇ゼロス=ホーリーの死はまだ国民には知らされていない。

 当然、アウロスのような一般市民がそれを知るには、相応の無茶が必要となる。

 教皇の健康状態は、最高機密の一つ。

 まして生死となれば、たとえ腕利きの情報屋が味方してくれたとしても正確な情報を得るのは困難を極める。

 だが――――教皇に近しい人間が身近にいれば、話は別だ。

 例えば、幹部位階2位の枢機卿という立場であれば、条件を十分に満たす。

「敗戦国じゃなくするには、どうすればいいんだ」

 新拠点への入り口となる墓地から、地下への階段を降りる途中――――その枢機卿の娘フレアが真後ろから正直に問いかけてきたことに、アウロスは思わず嘆息した。

「……お前、もう少し自分で考える癖を付けろ」

「答えを知ってる奴がすぐそこにいるから、自分で考えなくてもいい」

「そういうことじゃなくてな……まあいい」

 会話にならないと判断したアウロスは、速やかに軌道修正を行った。

 何より、フレアのお陰で得られた情報を元に生み出している推論。

 無碍にはできない。

「敗戦国ってのは、戦争に負けた国だ。それを正確に言うと『最新の戦争で負けた国』。つまり、それを上書きすればいい」

「……また戦争をして勝てばいいのか?」

「そういうこと。次期教皇に求められてるのは、戦争の始め方と勝ち方だ」

 階段を下りるフレアの足音が、そこで止まった。

「父も……戦争をするつもりなのか」

「さあな。あくまでも求められているってだけだ。実際に教皇になった後でやっぱり止めようと言うことはできる。教皇だからな」

 幹部位階1位だからといって、全ての権限が教皇にある訳ではない。

 だが、魔術士を統べる立場の意見が他のどの魔術士よりも重いのも事実。

 やりようによっては、現状を全て無に帰すこともできるだろう。

 戦争を始めるのも、戦争を回避できるのも、教皇の特権だ。

「だから、戦争をせずに敗戦国の汚名を返上できる代案を掲示できるなら、戦争をしたくないって理由で教皇になる人物もいるかもしれない。それがお前の父親とは限らないが」

「そうだったのか。父はやはり立派だ。戦争はよくない」

「いや、だからそうとは限らないっつっただろ。焼き殺すぞ」

 アウロスは買い出しの上荷物持ちまでさせられ、疲労困憊。

 やたら口が悪くなるという悪癖が顔を覗かせてしまった。

「……こわい」

 結果、フレアにドン引きされてしまった。

「とにかく、現時点では何とも言えない。お前が父親を信じるのは自由だが、俺はロベリア=カーディナリスを聖人扱いする気はないし、無条件で肩を持つつもりもない。誰が教皇になろうと、俺には関係ないからな」

「薄情者」

「こうやって娘の面倒見てる時点で、情報分の働きはしてるんだから薄情じゃない。いいからとっとと歩け」

「疲れた。一休みする」

「ベッドは目と鼻の先だろう……そこで寝ればいいだろ」

 呆れて半眼で睨むアウロスを無視し、フレアは階段にへたり込んだ。

 現在、二人はルイン、ラディ、チャーチと共にここ『旧・四方教会拠点』で生活を営んでいる。

 当然、生活する以上は物入りとなるため、買い出しは必須。

 本来は土地勘のあるマルテを連れて行くのが最良だが、教皇の孫であるマルテは今、アウロスの元にはいない。

 四方教会の一人、サニアにつれていかれたままだ。

「……あいつ、どうしてるかな」

 フレアのそんな呟きが、マルテの事を指しているのは明白だった。

「寂しくて泣いてるかもしれない」

「流石にそれはないだろ……いや、わからないか。泣き虫だからな。お前もあいつも」

「私のどこが泣き虫だ。それに、私が泣き虫ならお前は地獄に巣くう悪魔修羅だ」

「……悪魔修羅」

 聞いたこともない自分への表現に、アウロスは思わず絶句した。

「あいつ……無事だろうか」

 膝を抱えて座るフレアは、俯いたままアウロスに問いかける。

 彼女なりに、マルテを心配しているらしい。

「痛いこととか、されてないだろうか」

「されてないだろ。仮にも父親の元にいるんだ」

「そ、そうだな。そうに違いない。父は子に優しいものだからな」

 自分に言い聞かせるような物言いだったが、アウロスは敢えて指摘せずに長期化しそうなこの状況をため息と共に認め、荷物を下ろした。

「さっきも話したように、もうすぐ第一回の教皇選挙総会が開かれる。この総会は、まだ選挙を行う場じゃない。話し合いのみの場だ」

「……」

「眠そうな目をするな……お前が教皇選挙について教えろっていうから説明してやってるんだろうが。氷の塊でその目を抉り冷やすぞ」

「……こわい」

 フレアはますます引いてしまった。

「……で、教皇選挙管理委員会ってのが教皇選挙を取り仕切ってるんだけど、そいつらに対して選挙の立候補者はいかに自分が教皇に相応しいかをアピールする必要がある。教皇選挙管理委員会が投票で教皇を決めるからな」

「教皇にして下さい、ってお願いするのか?」

「まあ、似たようなものだ。そのお願いをする機会を何度か設けるために開くのが教皇選挙総会だ。そこで各立候補者から話を聞いた上で、のちに行われる教皇選挙会議で次期教皇を決める。総会はその為の準備、試練みたいなものだ」

「試練?」

 不可解な言葉が出てきたことへの戸惑いからか、フレアは顔を上げアウロスを睨んできた。

「教皇になるには、最低これとこれとこれが出来ないとダメだ、だからやってごらんなさい、ってなもんだ。さっき言った『敗戦国の汚名返上』もその中の一つ。何度か行われる総会で出されたお題に対して、教皇選挙管理委員会が満足する答えを提示し、それを実践できるプランを証明できた人間だけが教皇選挙を最後まで闘えるって訳だ」

 逆に言えば――――教皇選挙会議の前に離脱する可能性もある。

 ただ、教皇に立候補するような人物は、教皇選挙管理委員会が課す条件など当然折り込み済みだし、それをクリアできるからこそ立候補している。

 ロベリア=カーディナリス。

 ルンストロム=ハリステウス。

 デウス=レオンレイ。

 いずれも、十分な対応力を有している三名だ。

「だから、実際にはクリアすることが目的じゃなく、他の二人より優れた回答を提示するってのが必須条件だ」

「じゃあ、父が教皇になるには、やっぱり戦争を起こすしかないのか?」

「……お前、妙なところで鋭いんだよな」

 感心するアウロスの言葉通り、フレアの質問は的を射ていた。

 戦争を回避する方法では、辻褄を合わせることができたとしても教皇選挙管理委員会の視点で言えば、然程魅力的ではない案となるのが濃厚。

 彼らは魔術国家における重鎮であり、戦争を起こすことで利を得られる様々な縁辺を多方面に作っている。

 戦争を起こさずして、他の立候補者より先んじるのは極めて難しいと言わざるを得ないだろう。

「ま、ここで俺らが何を言っても、お前の父親の立場が有利になる訳じゃない。そもそも、どうして父親を教皇にしたいんだ? 教皇の娘なんてガラじゃないだろ、お前」

「余計なお世話だ」

 多くを語らず、フレアは不意に立ち上がり――――

「モタモタするな。とっととベッドで寝たいんだ、私は」

「……お前な」

 不機嫌そうに、それでいて元気そうに階段を下りていった。

 まだまだ子供。

 けれど、節々に大人へと成長しつつある萌芽が見え隠れする。

 そんなフレアの変化をアウロスは少しだけ楽しく思い、その背中を暫くじっと眺めていた。

「……」

 背後に突然現れた、『死神を狩る者』の殺伐とした気配に冷や汗を流すまで。




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