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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
200/382

第8章:失われし物語(34)

「うん。ウチのジジイは大丈夫だよ。でも、まだこのことは秘密ね。ルンストロムのおじさまならわかるでしょ? そーそー。そゆこと」

「……あいつ、おかしくなったのか?」

 ここにいない人物と会話を始めたチャーチの姿に、フレアは憐れみの目を向けている。

 一方、アウロスはというと――――

「ルーンを編綴して、魔力を消費してる。あれは魔術だ。魔術によってここから離れた場所にいる人物と会話しているみたいだな」

 この状況を先入観抜きに解析していた。

 それでも、俄かには信じ難い状況ではあるが。

「そんなことできるのか? 聞いたことないぞ」

「俺もない。単に俺らが知らないだけなのか、最近生み出された魔術なのか……」

 研究者として活動していたアウロスと言えど、全ての魔術に精通しているわけではない。

 ましてアウロス自身、既存の魔術とはニュアンスの異なる魔術を使用している。

 全く知識にない新種の魔術があったとしても不思議ではない。

 とはいえ、通信系の魔術など新種以前に魔術の基本概念すらはみ出しかねないシロモノ。

 オートルーリングとは旨趣が異なるが、もしそのような魔術を世に生み出せば革新的な発明として魔術史を揺るがすことになるのは間違いない。

「で、会って欲しい人がいるのよ。そーそー、ジジイの誘拐に関係してるお方。ボクのお墨付きだよ。話してイライラしない人だと思うし、いいでしょ? ……ん、わかった。今から連れてくるね」

 そこまで話し終えたのち、チャーチの前からルーンが消えた。

「会ってやるって。今から連れてくけど、いいよね?」

「それは構わない、というよりありがたい話だが……今の魔術は何なんだ?」

「結婚してくれたら教えてあげる」

 ニヒヒ、と笑いつつ冗談とも本気とも取れない言葉を返し、チャーチは掲げていた杖を背負った。

「ま、今のはこの神杖ケリュケイオン専用の魔術なんだけどね。あんなのが一般化したら世の伝書鳩みんな用なしになっちゃうから、伝書鳩協会から魔術士協会にクレーム来ちゃう」

「そういう問題なのか……?」

「さあな」

 機嫌よく笑顔を見せるチャーチに対し、フレアとアウロスは顔を見合わせ肩をすくめた。

 何にせよ、先程の通信系魔術とでもいうべき魔術には、神杖ケリュケイオンと彼女が呼んでいる魔具が必須らしい。

 魔具に依存するという意味ではオートルーリングと同じだが、人工的に製造可能なオートルーリングの魔具とは違い、こちらは神杖ケリュケイオンという固有名詞があることから唯一無二の道具と推測できる。

 流石に大量生産可能な魔具に『神杖』はないだろう。

「そんじゃ、ちゃちゃっとついてきて。あ、そっちの穴からじゃなくてちゃんと出入り口の方から出ていくからね。ボク、そういうのちゃんとするタイプだから」

「わかった。行くぞ」

 そう答えたのは――――アウロスではなくフレアだった。

「……なんでそちらさまが来んの? ボクが案内するのは未来のダンナ様。そちらさまはその辺で一人お茶でもどうぞ」

 露骨に邪魔者扱いされたものの、フレアは全く怯まない。

 チャーチにずいっと近づき――――

「な、何だよ」

「私も誘拐事件の関係者だ。そいつの知らないことも知ってる。連れて行って損はない」

 そう凄む。

 フレアの性格上、強引な要求を行うこと自体は変ではないが、アウロスとルンストロムの会合に自分も参加したいという強い要求は彼女の性格の問題ではなく、父親――――ロベリアに何かしら不利な状況が生まれないように監視したい、という思惑が見て取れる。

「……こいつも連れて行ってやってくれ」

 アウロスはやたら目力のある顔でチャーチに詰め寄るフレアの必死さを買い、そう進言した。

「いーけど……結婚してくれるのなら!」

「それは無理だ」

 食い気味に否定され、チャーチが下唇を噛む。

 先程までの不遜な態度は何処へやら。

「そうだ。コイツはもう結婚してるから、重婚になる」

「……え? アウロスさん、既婚者? ってか結婚詐欺師? ボク騙された?」

「いいから早く連れて行け」

 悪癖の『疲れたら口が悪くなる』寸前まで疲労が溜まってきたアウロスは色んな意味で場が荒れないよう、半ば強引に少女二人を医療室から出し、自らも廊下に出ようとした――――



 刹那。

 立ち止まり、壁に穴の空いた医療室を見渡す。

 更には、壁の外まで確認すべく、引き返して穴から外の様子を覗く。

「どうした」

 そんなアウロスの行動に、フレアが眉をひそめ戻ってきた。

「……今、人の気配がしなかったか?」

「しない。この近くに人間はいない」

「この近辺全域に?」

「そうだ。私たち以外の人間の気配は感じられない」

 現在、この医療室はグオギギ誘拐事件の現場となっているが、警護人たちは誘拐実行犯であるサニア(と人質状態のマルテ)を追いかけているだろうし、彼らが今回の事件をゲストやエルアグア教会の魔術士などに話していることもないだろうから、事件現場だからといって近づいてくる者はいない。

 元々この医療室は一階の奥にあり、滅多に人が寄りつかないからこそアウロス、フレア、マルテの寄合室のようになっていた場所でもある。

 人がいないこと自体は不自然ではないが――――

「……わかった」

 アウロスはフレアにそう答え、壁の穴から目を離し――――

「それじゃ、行くとするか。行き先はわからないが、あのチャーチって女の子に今からついて行けば、自ずと目的地はわかるだろう。そこで俺は重要な話し合いをすることになる」

「……その説明口調は一体何なんだ」

「さあな」

 ぶっきらぼうにそう答え、医療室をあとにした。

 




 その後。

 チャーチによって案内されたアウロスとフレアは、教会から離れた場所にある二階建ての宿へと入った。

 既に他の二人も教会からは避難し、それぞれの隠れ家にいるとのこと。

 ルンストロムの場合、本拠地はウェンブリーにある為、やむを得ず一般宿に緊急避難することとなったようだ。

 当然、宿の受付の傍には護衛の為にこの地を訪れている聖輦軍の姿もある。

 細めの男と、頭髪に恵まれない男の二人だ。

 既にルンストロムから話がいっているらしく、チャーチやアウロスの姿を見ても驚いた様子はない。

「お仕事ご苦労さま」

 彼らに対し、チャーチは微笑を浮かべつつ労っていた。

 尤も、まだ10代前半の女の子から掛けられて喜ばしい言葉とは言い難く、頭髪に恵まれない男は顔を引きつらせていた。

 グオギギの玄孫でなければ……という声が、歯軋りになって聞こえてきたような気がしたが、アウロスは無視して宿に入る。

 一般宿だけあって、特別な身分の人間が泊まる宿とは到底思えないほどごく普通の素材と装飾。

 だが、緊急ということと目立たないほうが好ましいことを考慮すれば、妥当な隠れ家だ。

 教会の近くの高級宿など、状況的に最も危険。

 とはいえ、誘拐事件が仕込みの時点で危険は何もないのだが――――

「ここから階段を上って、真っ直ぐ右へ。奥から二番目の部屋だって。あ、そちらさま。首元に皺ができてるから伸ばしといて。一応お偉いさんだから、そういうの気にするの。ルン爺って」

 チャーチに指摘されたフレアは、素直に従い襟元を引っ張って皺を伸ばした。

「気難しいのか」

「ま、そゆこと。機嫌悪くなると面倒なんだよ。ジジイって全般的にそゆとこあるよね」

「そうだな。年寄りは扱いが面倒だ」

 妙なところで話があっている少女二人に微妙な疎外感を覚えつつ、アウロスはこれから対面する人物について考えていた。

 ルンストロム=ハリステウス。

 アランテス教会幹部位階4位であり、ウェンブリーの首座大司教という紛れもなく大物中の大物だ。

 それでも、アウロスはそれ以上の位にいる総大司教や枢機卿と接している為、特別気負いはない。

 ただ、もし彼が偽、若しくは本物の【魔術編綴時におけるルーリング作業の高速化】の論文を所持しているとなると、話は変わってくる。

 それを、現時点でどうやって取りもどすか。

 少なからず、何らかの思惑があって入手した以上、その思惑を上回る手土産を交渉道具にしなければならないが、現時点で持っている土産品は誘拐事件を企てた主犯がデウスであること。

 だが、聖輦軍の鷲鼻の男がいる前で『誘拐実行犯はウェンブリー出身者かも』

 と言った時点で、ルンストロムもある程度その可能性については考慮しているだろう。

 通常なら、ウェンブリーを本拠地としているルンストロムが怪しまれる状況だが、彼本人が誰より自分が犯人ではない事を知っている。

 となれば、ウェンブリーと縁のある他の教皇候補者を疑うのが道理だし、このような思い切った手段に打って出るのはどちらの候補者かという性格の面を加味すれば、自然にデウスへと疑いの目は向くだろう。

 つまり、情報としての旨味が少ない。

 アウロスの社会的立場上、裏付けとしても弱い。

 この程度の土産品では、論文との交換は容易ではないというのがアウロスの現時点での見解だ。

 とはいえ、もし医療室で『誘拐実行犯=ウェンブリー出身者』説を唱えなければ

 ルンストロムと会おうとするアウロスの動向を察知したデウスが直ぐにアウロスを呼び戻すか、邪魔をするかしていただろう。

 その説を話したからこそ、デウスは動けない。

 今アウロスの動きを抑制すれば、他の陣営に『アウロスの言動は自分にとって不利益だ』と教えるようなもの。

 実際にミストと繋がりがある(と思われる)デウスは、今は動けない。

 犯人を特定させず時間稼ぎにもなり、かつデウスにとっての牽制にもなり、更にはルンストロムに興味を抱かせる、絶妙な内容。

『誘拐実行犯=ウェンブリー出身者』説の提唱は、あの場面でアウロスが仕掛けられる唯一であり最大の攻撃だった。

 とはいえ、それが今度は足を引っ張る。

 他に何か、ルンストロムとの交渉に使える材料はないか――――

「ついたよ。ここ」

 考える前に、目的地に到着してしまった。

「……ああ」

 時間が惜しい。

 が、泣き言をいっても仕方がない。 

 ルンストロムの元に論文があるかどうかはわからないが、今回の会合はアウロスがこのマラカナンの地を訪れてから今までの中で最大の好機だ。

「入ろう」

 逃すわけにはいかない。

 悲壮な覚悟を胸に、アウロスはルンストロムのいる宿の一室へと入った。




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