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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
199/383

第8章:失われし物語(33)

 ――――デウスのシナリオは実に狡猾だった。

 この日、まずデウスが指示したのは、グオギギ=イェデンの誘拐。

 アウロスは、その誘拐の実行犯を逃がすために時間を稼ぐように言われていた。

 方法は提示されていない。

 駆けつけた護衛の連中と闘い、足止めするもよし。

 話術を用いて引き留めるもよし。

 どんな方法でもいいから、グオギギを抱えて移動するサニアが追っ手に追いつかれないようにする必要があった。

 この後、誘拐に成功したグオギギを懐柔し引き抜くことで、ルンストロムの求心力を低下させるというのがデウスの狙いだ。

 狡猾なのは、護衛に当たる組織をデウス自身が指名した点。

 誘拐事件が起これば、護衛に失敗したアクシス・ムンディだけでなく、指名したデウスの失点にも繋がる。

 そんな状況で、デウスが裏で誘拐事件の糸を引いていたと疑う者はまずいない。

 そして、最終的にグオギギを引き抜ければ、その失点は簡単に取り戻せる。

 世界最高齢の魔術士の支持となれば、いずれエルアグア教会と袂を別つ際にも大きな後ろ盾となり得る。

 しかも、今回の誘拐事件は元四方教会が実行犯という設定になっているが、主犯と見なされるのはデウスがエルアグア教会と組む直前に代理の代表と指名されていたアウロス。

 このことは、デウスは一切話に出していない。

 デウスは最終的に、アウロスを今回の誘拐事件の主犯とするつもりでいる――――アウロスはそう見ている。

 最初からそのつもりで、代表代理への就任を依頼したと。

 かつてデウスが所属していた四方教会が、デウスに裏切られたことを怨み謀反とも言うべき誘拐事件を起こす。

 デウスは過去の自分の部下達の愚行を嘆きながらも、グオギギを奪還。

 そしてグオギギは自分を助けてくれたデウスに心酔し、彼を支持するようになる。

 その後、誘拐を扇動したのはウェンブリー出身の自分とは縁のない若い魔術士だったことが判明し、デウス自身の部下が悪行に走ったわけではなく、デウスに裏切られたことで落ち込んでいたところを誑かされただけだった――――

「まとめるとすれば、こんなところだ」

 行動は入り組んでいるが、構図だけを見れば非常にわかりやすい作戦だ。

 説明を追えたアウロスは、半分納得した様子のチャーチと半分くらい理解できていないであろう呆け顔のフレアを見比べ、なんとなく嘆息した。

「ルン爺に被害が及ばないのはわかったけど……どうしてそちらさまはわざわざ足止めなんてする必要あったの? ウチのジジイを誘拐して、誘拐してやったぜ的な書き置きでもしておけば、誘拐アピールはできる訳だし」

「そりゃ、壁を破壊して脱出するんだから、足止めはいるだろう。音で直ぐに何事かがあったってバレるしな。状況的にこっそり誘拐ってのは不可能だ」

 真夜中ならまだしも、今は日中。

 護衛が廊下をウロウロしている中、幾ら軽いとはいえ一人の人間を背負って廊下側から外へ出るのはほぼ不可能だ。

「そっか。デウスってヤツ、頭切れるね」

「それで最強クラスの魔術士だっていうから始末が悪い」

 事実、デウスにはデ・ラ・ペーニャを背負うだけの素養があるのかもしれない。

 だがそれは、アウロスの目的には関係がない。

 魔術士の未来、この国の未来は、アウロスの興味の対象外だ。

 目的はあくまでも――――論文の奪回。

 デウスのシナリオを忠実に守っていたら、到底そこには辿り着けない。

 だが守らなければ、誘拐実行犯のサニアと共についていったマルテに誘拐の罪をなすりつけられる可能性もあった。

 かといって、この場にマルテが残っていたら、万が一アクシス・ムンディがアウロスを実行犯の一人と見なした場合や、誘拐を見逃したと見なされた場合に危険にさらされていた可能性もある。

 トゥエンティのような好戦的な性格の人物がいる以上、この可能性は無視できない。

 つまり、マルテはグオギギとは違う意味で人質だった。

 アウロスに対する人質だ。

 完璧な配役。

 だが、アウロスはそれを逆手にとった。

 マルテをサニアに同行させ、自分が時間を稼ぐことで、マルテの危険を回避させると同時に、アクシス・ムンディの面々に『誘拐犯=ウェンブリー関係者』という嘘の目撃証言を話すことで、ミストと関わりを持っているであろうデウスが動き辛くなる状況を作った。

 マルテがここにいると、あの表情豊かな少年はアウロスが嘘をついていることをアクシス・ムンディに悟られるきっかけを作りかねない。

 退場して貰っていたほうが、より確実に物事を進められる。

 そういう判断の下でのマルテへの指示だった。

「……」

 そこまでアウロスの説明を聞いたチャーチが、俯きながらプルプル震え出す。

 何かまた罵詈雑言でも投げかけてくるかと構えていたら――――

「…………カッコいいかも!」

 何故か感動した様子で、チャーチは両目を潤ませてアウロスを見上げた。

「そちらさま、出来る男だったんだね! ボク、感動したよ!」

「いや、感動されても困るんだけど……」

「そうだ。コイツは自分の目的のために嘘を平気で吐く性格の悪い男だぞ。感動するな」

 やけに口の悪いフレアに対し、チャーチは大げさに首を横に振る。

「いいや、違うね。ボクにはわかるもん。知性があるってことは、努力家ってこと。努力家の男は出来る男。そちらさま……いや、アウロスさんと呼ばせてもらうね! アウロスさん、キミ優秀だよ!」

 遥か年上のアウロスに対し、チャーチは何故か上から目線だった。

「そっかー、優秀な男だったかー。どーせこの騒動の最中じゃルン爺紹介したところで会って貰えないだろうにバッカなヤツとか思ってたけど、それも計算づくだったかー」

「やっぱりわかってたのか……」

 性格の悪さここに極まれりというチャーチに対するアウロスの評価は大きく下がったが、逆にチャーチの方は尊敬の眼差しを向け、キラキラと輝かせている。

「ボク、自分より優秀な人に対しては素直に尊敬するタイプだから安心して。直ぐにルン爺に連絡するから。ってか、結婚して」

「するか。政略結婚はどうした」

「優秀なダンナ様を貰うのも立派な政略結婚だよ。あ、ちょっと待って。先に連絡入れるから返事はその後でね」

 まるで背中を掻いてと頼むくらいの気軽さで結婚を申し出たチャーチに引きつつも、アウロスとフレアはチャーチの行動から目を離せずにいた。

 視線の先にあるのは、この医療室に来る前から彼女がずっと手にしていた翼のような飾りと蛇のような形状が特徴的な杖――――それをチャーチが突然掲げ出したからだ。

「その杖は何なんだ? 魔具じゃないのか?」

「そ。ただし、神杖ケリュケイオンっていうちょっと特別な魔具なんだよ。ボクが子供の頃、迷子になっても困らないようにってジジイがくれたんだ。結構便利なんだコレ」

 そう説明しながら、チャーチが魔力を杖へと込める。

 そして、ルーリング。

 編綴されたルーンは10、20と次々空間上に増えていき、霧散しないままその場に留まり続け、そして30を越えたところで――――

「あ、繋がった。ルンストロムのおじさま? うん、ボクだよ。ちょっといい?」

 チャーチが突然、列叙したルーンに向かって会話を始めた。



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