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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
197/383

第8章:失われし物語(31)

「追えない事情……?」

 案の定、警護の面々の怪訝そうな目がアウロスに集中する。

 無理もない話だ。

 魔術士界の大物が誘拐され、その現場を目撃したのに追いかけないというのは背徳行為に匹敵する愚行。

 もしこのまま逃がしたら、責任をとる必要があるくらいだ。

 尤も、狂言誘拐に限りなく近い今回の件で、アウロスが責任を追及される結末は用意されてはいない。

 だからこそ、アウロスは攻めることができた。

「どういうことかしら? 詳しい説明をお聞かせ願いたいですわね」

 先頭に立つフェム=リンセスが問いかける一方で、背後にいるアクシス・ムンディの面々の内、シャハト=アストロジーをはじめとした半数ほどがこの場を離れたがっているような挙動を見せていた。

 彼らはあくまでも教皇候補の三名を守る為に集められた人材だが、グオギギ=イェデンというデ・ラ・ペーニャの生きる化石のような人物が自分達の仕事場で誘拐されたとなれば、それは国際護衛協会の名を傷つけることになる。

 一刻も早く追いかけたいという心理が働くのは当然だ。

 情報を得たい。

 だが、時間が惜しい。

 この状況下ではどちらかを選択する必要があり、組織の中でも意見が割れている。

 それでも、言い合いにならず様子を窺っている辺り、この組織の優秀さが窺える。

 個々の性格はともかく、状況判断は概ね正しく行えている。

 だからこそ――――そんな一流の警護人たちだからこそ、アウロスは仕掛けた。

「グオギギ様の生死が不明だ」

「!」

 その言葉に、フェムら情報優先組、シャハトら追跡優先組と思しき面々の双方が顔色を変えた。

「もし誘拐じゃなく殺人だったとしたら、迂闊には動けない。グオギギ様はこのデ・ラ・ペーニャにおける大物中の大物。そんな人物が殺されたとなれば国家の威信に賭けて犯人を捕まえる必要がある。俺や隣にいるフレアが迂闊に追いかけて返り討ちに遭えば、真相は闇に葬られる可能性が高くなる」

 そこまで説明したアウロスに対し、後ろの方で様子を窺っていたシャハトが前に出てきて――――

「いい判断だぜぇ」

 握手を求めてきた。

「誘拐ならともかくよぉー、殺人の可能性があるのならよぉー、武力派の仕業の可能性が高いよなぁ。国際的な犯罪組織だとしたらよぉー、例え有能な魔術士だとしても分が悪いよなぁ。単身、或いは二人で追うのは極めて危険だぜぇ。お前らの身の安全じゃなくてよぉー、犯人の情報が完全に消されることがだぜぇ」

「我も優れた判断だったと賛同するのである。お見事、受付の者」

 その受付の際にクワトロ=パラディーノと名乗っていたオールバックの男も生真面目過ぎる物言いと顔でアウロスの『判断』を支持した。

「オイオイオイ、何ゆうちょーなこと言ってんだよ。つーかテメーらそいつに騙されてんじゃねーのか? ビビッて追わなかっただけかもしれねーだろ」

 だが、全員が賛同している訳ではない。

 口の悪い吊り目の女性――――トゥエンティと名乗っていた金髪はあからさまに猜疑心と不快感を示していた。

 他にも数名、同意見らしく頷いている連中がいる。

 アウロスは立場上、社会的信用が得られてるわけではない為、トゥエンティらの疑念も当然だ。

「いや、彼はそのような臆病者ではありませんね。我々聖輦軍を相手に一歩も引かなかったことがありますので、その点は保証しますよ」

 それに対し、反論したのは――――聖輦軍所属の鷲鼻の男。

 アウロスの魔術士としての実力、判断力を知るだけに、断言口調だった。

「ハッ! 聖輦軍なんて大した実力もない特殊部隊じゃねーか。

 そんなのと渡り合ったからって、ビビリじゃないとは言えないね」

「随分と血気盛んな女性ですね。ですが残念ながら、貴女の意見には根拠がない」

「あ? 根拠なんて追わなかったって選択した時点で十分だろ?」

 殺伐とした討論が続く中、当事者のアウロスは参加することなく

 あらためてここへ集った面々を確認した。

 受付の際に見かけたアクシス・ムンディの面々は全員駆けつけている。

 一方、聖輦軍は鷲鼻の男が一人だけ。

 彼らの仕事はあくまでルンストロムの警護なので、グオギギの心配というよりは、この騒動がルンストロムに被害をもたらす可能性があるかどうかの確認のために駆けつけた、と推測できる。

 また、アクシス・ムンディと聖輦軍の関係も良好とは言い難いようだ。

 そして何より注視すべきは――――この両組織以外の人間も数名、この場に駆けつけているという点。

「……」

 沈黙のまま、医療室の外の廊下から中の様子を窺っている。

 エルアグア教会の魔術士でもない。

 現在、この教会には複数の勢力が犇めき合っているが、受付を担当した関係で殆どの来訪者の名前と顔は一致する。

 だが、彼らが何者なのかアウロスは把握していない。

 そういう連中が教会内にいる――――それは、かなり重要な情報だ。

「ま、ビビったとかビビってないとかどーでもいいっしょ。

 仮に怖じ気づいて追わなかった言い訳だったとしても、それが結果的にイイ判断だったってんなら」

「そうだにゃん。トゥエンティは誰にでもケンカふっかけて正直ウザったいにゃん」

「あ? テメーの喋り方のほうがよっぽどウザいってんだよ、猫女」

 いつの間にか討論は、セスナ=ハイドンと名乗っていた毛の女版、ユイという猫女、そしてトゥエンティの三人娘によるケンカに発展していた。

 どうあれ、これで逃亡の時間は稼げた。

 グオギギをさらったサニアについていったマルテに被害が及ぶ可能性はかなり低くなっただろう。

 デウスのシナリオとは違う形で、アウロスはマルテの身を守ることを選択した。

 そしてもう一つ。

「それでよぉー、誘拐犯か殺人犯かわからないけどよぉー、その犯人にはなんか特徴がなかったのか? 服装とか、体格とか」

 当然、こういう流れになることは予想済み。

 守りは固めた。

 攻めるのはこれからだ。

「逃げる際に叫んでいた言葉の訛りが気になった」

 そう答えるアウロスに、シャハトの眉がピクリと動く。

「さっきまで、グオギギ様の玄孫の子と話をしていたんだが、その子の

 言い回しと少し似ていた気がする。方言ってほど特徴的じゃなかったが」

「……ウェンブリーの人間ってことかよぉー?」

「断言はできない。俺もウェンブリー出身だけど、地方によって訛りは違う。

 あくまでも可能性の一つに過ぎない。身体的な特徴は、大きめのローブだったから余り見極められなかったけど、身長は高くはなかった」

 アウロスがそこまで告げると、多くの警護人は思案顔を作った。

 自分なりの仮説を頭の中で組み立てている――――そんな雰囲気だった。

「他に手がかりはありませんの?」

「駆けつけた時には逃げる直前だった。申し訳ないが、これくらいだ」

 肩をすくめてみせたアウロスに対し、質問したフェムは小さく嘆息しながらも、一言そうですの、と呟き、未だにコソコソ言い合っているセスナらに鋭い目を向ける。

「いい加減にしなさいな。みっともなくてよ」

 その顔は――――これまでのお嬢様然としたものとは打って変わり、一人の戦士、それも修羅場を潜ってきた経験豊かな戦士のような重厚さに満ちていた。

 尤も、そのような豹変は特に珍しくもない。

 リジルのような例を目の当たりにしてきたアウロスは、特に驚くことなくシャハトと再度向き合った。



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