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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
194/383

第8章:失われし物語(28)

 数日前。


 ――――エルアグア教会、地下拷問室。


「それじゃ、当日の作戦を説明する。耳の穴をかっぽじってよく聞けよ」

 デクステラが現れたことで、拷問室の空気が一変したことを確認した後、デウスはボロい椅子に座るアウロスに目を向けた。

「最初に、三者面談当日の最終目的を話しておく。ルンストロムの失脚だ」

「ルンストロム……? ロベリアじゃないのか?」

 アウロスはロベリアの間者という設定で、かつてデウスが手塩をかけて育ててきた四方教会の面々を率いデウスに反逆を試みる――――

 そういう話のはずだった。

 当然、これはロベリアを失脚させるためのものと考えるのが自然だ。

「ロベリアを侮っているワケじゃない。ヤツには枢機卿って身分もあるし、最大派閥の保守派を率いているワケだからな。何よりヤツ自身、幹部位階2位の座に恥じない器の大きさを持っている」

「思ったより評価が高いんだな。大空洞での接し方を見る限りは嘗めてるとばかり思ってたが」

「魔術士としての腕と治政力とは別問題だからな。ヤツは政治家としては一流だ」

 その一端は、アウロスもロベリアの屋敷内で目撃している。

 自分に誤りがあれば素直に認め、周囲の意見を受け入れる姿勢が常にある。

 他人の良い面、正しい意見を吸収できる能力を持っている。

 これは純粋な心を持った子供の頃なら誰もが持つ能力。

 しかし年齢を重ねて行くうちに自己が確立され、己の経験や嗜好を重要視し他者を受け入れなくなっていくのが常だ。

 特に性格がどんどん極端化していく老齢になると、それは更に顕著になる。

 にも拘らず、ロベリアは童心とも言い換えられる能力を失っていない。

 どの分野においても重要な意味を持つ力だが、特に政治のような数多の意見を統合する必要のある世界においては、大きな利となる。

「だが、先の戦争で保守派が弱っているという背景を考えれば、優先すべきはウェンブリーからの刺客たるルンストロムの失脚だ。ヤツも分類上は革新派に属するワケだからな。イヤでも俺と票を食い合うし、先日も話したがマラカナン以外の票を独占されると面倒だ」

 つまり、現時点において最も厄介な相手を早々に蹴落としたい、という

 ある意味非常に率直かつわかりやすい意見だ。

「基本的なところは、これまでお前に説明されてきた通り、お前には四方教会を率いて俺と敵対して貰う。そしてお前がロベリアの間者と知れ渡れば、俺個人への疑惑は晴れる。かつて四方教会を率い、教会と敵対していた俺が今もその反逆心を燻らせている……という疑惑がな」

 確かにそれは、早めに消し去りたい疑惑。

 エルアグア教会にしても、デウスを立てて後継者争いを戦う以上はこの件に関しては積極的に実行すべきという見解を持っているだろう。

 だが、それだけではルンストロムの失脚は勿論、今回の最重要課題となるであろう、いずれは必要となる『エルアグア教会との乖離』の下地も作れない。

 寧ろ、エルアグア教会に都合の良い行動となってしまうだけだ。

「と、なると……ルンストロムの求心力の低下と、エルアグア教会の弱みを握るという結果を同時に満たす行動を起こす必要があるのか」

「そういうことだ。やはりお前は先を読む術に長けているな。こういう説明が嫌いな俺には最良の相手だ」

 腕組みしながら高笑いするデウスに、アウロスは目も向けず自分で話した二つの結果を同時に満たす行動とは何かを考えていた。

 まず、エルアグア教会の弱みとは何か。

 これはある意味、わかりやすい。

 この教会はクリオネ=ミラーとゲオルギウス=ミラーの姉弟が主導となって運営されているのだから、二人の弱みが教会の弱みそのものとなる。

 クリオネの性格上、叩けば埃はいくらでも出てくるだろうが――――

「教会の弱みをデクステラに調べさせてたのか」

 アウロスの指摘に、デウスは口の端のみを吊り上げ、それを確認したデクステラはコクリと頷き、ようやく重い口を開いた。

「そうだ。他の四方教会の面々がお師への逆恨みを増幅させ、君を担ぎ上げて新たな四方教会を作り上げようとしている……と周囲に匂わせる行動をおこなっている間に、自分だけはこの教会、というよりミラー姉弟について調べ回っていた」

 それは、アウロスにもある程度予想できたことだった。

 ロベリアの屋敷へ向かった際、自分の前に現れたのがティア、サニア、トリスティの三人だけだった時点で、裏でデクステラは別の行動をしているというのは、誰にでも想像できる。

「エルアグア教会はお師を担ぎ上げる一方で、お師を信用はしていない。本来なら四方教会の幹部だった自分達は消しておきたかったのだろうが、それをすればお師が離れていく。だから教会の連中は解体した四方教会に常に目を光らせていた。自分はそれを隠れ蓑にしていた」

 当然、そういうことになる。

 デウスを信用していないが、デウスの顔を立てなければならないエルアグア教会が四方教会の元幹部達の動きを見張るのは必然。

 ならば、その動きを逆手にとる方が効率が良い。

「で、教会の弱みとやらが実際に見つかった……ってことか」

 でなければ、作戦は成立しない。

 デクステラは首肯し、視線をデウスへ向けた。

 ここからの話は、彼の許可なしにはできない――――ということらしい。

「この男は作戦の要だ。話さないワケにはいかんさ」

 デウスが肩をすくめそう答えたのを受け、デクステラは説明を続けた。

「お師は、この教会の野望に注目した」

「野望……? 次期教皇を自分らの擁立した人物から出す、ってのとは違うのか?」

「ああ。それとは別に、彼らにはもう一つの野望がある。いや……悲願というべきかもしれない」

 デクステラは一端言葉を止め、一つ息を吸い――――

「この教会の本来の長、グランド=ノヴァの復活だ」

 それまでより少し低い声で、そう答えた。

「自分ら四方教会の面々と君がここに侵入した夜のことを覚えているか? 君は確か、グランド=ノヴァの声を聞いたはずだ」

 アウロスは、デクステラの指摘を受け当時の事を思い出した。

 誘拐されたマルテを取り戻す為に、この教会に忍び込んだ夜。

 アウロスは確かに、無機質な『声』を聞いた。

 声とは言えないような、何の意味も感じ取れない音ではあったが。

「自分が調べた範囲では、グランド=ノヴァが死亡した事実はない。

 だがもう何年も彼の人物は表舞台に姿を現していない。

 この教会内にも姿は見えない。首座大司教という身分も、据え置きのままだ。

 問題は、クリオネ=ミラーが彼の者を崇拝する余り、死を認められずに今の状況を保持しているのか、死を隠蔽しているのか、それとも本当に生きていて、姿を隠しているのか。また、何故その必要があるのか……」

 デクステラが捲し立てる間、アウロスの頭にはあの日の夜にマルテの閉じ込められていた部屋で見た、床と密接した巨大な『何か』が浮かんでいた。

 当然、あれ以来あの部屋――――首座大司教の部屋には訪れていない。

 そんな動きを見せれば、たちまち反逆者として捕えられ、それこそこの拷問部屋で拷問を受けるハメになる。

 当時の記憶が頼りだ。

 あの『何か』が、グランド=ノヴァの秘密を繙く手がかりになる可能性は決して低くはない。

 本棚や机とは違い、明らかに通常の教会の部室にはない、異質な存在だったのだから。

 だが――――結論は出そうにない。

 わかっているのは、グランド=ノヴァの声と思しき奇妙な音が聞こえたことと、彼の部屋に不気味な何かがあったということだけ。

 ただ、何らかの理由でグランド=ノヴァが生きていながら声だけの存在となってしまっているのなら、その秘密は彼の部屋に隠されている可能性が高い、ということは言える。

「何にしても、グランド=ノヴァにまつわる秘密こそがこのエルアグア教会の弱みだ」

「その秘密を解き明かせば、エルアグア教会を踏み台にして理想の王となれる……か」

 アウロスの言葉に、デウスは頷きこそしなかったが満足げな表情を浮かべ、口を開いた。

「そういうことになる。そして今回、ルンストロムの失脚を企てる上での鍵となるのは、その秘密を知っている可能性のある人物だ。その人物を、我々の元に招き入れる。その上で、ルンストロムの求心力を奪うシナリオこそが、今回実行する作戦の全容だ」

 グランド=ノヴァとルンストロム。

 ルンストロムもウェンブリー教会の首座大司教という身分なので、共通してはいる。

 何か手がかりを握っている可能性は否定できない。

 だが、後継者候補であるルンストロムを引き入れるというのは、余りに現実離れした話。

 当然、別の人物ということになる。

「三日後の三者面談の際に、グランド=ノヴァと長らくライバル関係にあったという齢105の御老人がここへ来る予定となっている。年齢で予想はつくだろう?」

 105歳で、グランド=ノヴァのライバル――――つまりは魔術士。

 アウロスの知識の中に、該当する人物は一人だけいた。

 グオギギ=イェデン。

 世界最高齢の魔術士で、かつてウェンブリーの総大司教だったこともある男だ。

「その御老人が、今回のゲストだ」

「105歳の人物が、ここまでやってくるのか……?」

「無論、自力歩行は困難だろうから、介護者と一緒にだろうがな。驚いた事に、まだしっかり話もできるそうだ。俺もその年齢まで健康を保ちたいものだ」

「お師なら120歳まで健康でいられるでしょう」

 妄信というよりは軽口の口調で、デクステラはポツリと呟いた。

「いくら現首座大司教、そして次期教皇候補のルンストロムとはいえ、グオギギ=イェデンと比較すればまだまだヒヨッコだ。そのグオギギ=イェデンが引き抜かれたと知れ渡れば、求心力の低下は免れん。当日、エルアグア教会は次期教皇候補同士の面談を潰しに来る反社会勢力対策に護衛を用意する予定だが、ルンストロムは自前の護衛を連れてくる筈だ。もし、その両方の護衛団を出し抜き、グオギギ=イェデンの身柄を何者かに拘束されたとしたら……両者の面子が潰れると思わないか?」

「……しかも、グオギギ=イェデンを引き入れるお膳立てにもなる、か。俺と四方教会の連中が、グオギギの身柄を確保するんだな?」

 アウロスの言葉を、デウスは満足げに肯定した。

 アウロスがロベリア派の間者という設定は、公然のものではない。

 あくまで、エルアグア教会に対してのみのフェイクだ。

 よって、それが実現すれば――――エルアグア教会にとっては、『ロベリア派の間者に出し抜かれた』という失点が。

 ルンストロムには『自前の護衛団を用意しながら、自国の重鎮を拉致された』という失点が。

 そしてロベリアには『エルアグア教会との火種』という不安材料が、それぞれ生まれる。

 その上で、身柄を確保したグオギギに対し、脅すなり交渉するなりして上手く引き入れられれば、グランド=ノヴァの秘密を得られる可能性がある。

 例えグオギギがその秘密を知らなくても、エルアグア教会はグオギギを手中に収めた四方教会が実はデウスへの反乱ではなく忠誠を誓っていたと知れば、相当大きな恐怖を抱くに違いない。

 もしかしたら、デウスにグランド=ノヴァの秘密がバレているかもしれない――――と。

 どう転んでも、デウスに圧倒的有利な状況が生まれる。

 勿論、仮にグオギギ拉致が失敗したとしても、アウロスと四方教会はデウスを裏切ったロベリアの間者、という設定がある限り、デウスに多少の疑いの目が向けられることはあっても、決定的な失点とはならない。

 むしろロベリアの方が失脚するだろう。

 問題は、その設定――――つまり、アウロスがロベリアの間者だというフェイクがどれだけの信憑性をもってエルアグア教会に認知されているか、だが――――

「先日のお前の行動……ロベリアの屋敷に黙って向かった時の行動は、

 既にクリオネの耳に入っている。お前らを屋敷まで運んだ馬車の御者が密告したからな。

 あの時点で、クリオネはお前が間者だと確信している」

 その御者の行動は、アウロスも馬車上で確認済みだ。

 全てが計算ずく。

「失敗は許される。だが、俺は成功を期待している」

 そう告げるデウスの顔は、確かに覇王に相応しい力強さと懐の深さに満ちていた。



 だが――――


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