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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
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第8章:失われし物語(25)

 特別会議室――――その名の通り、特別な会議が行われる場合にのみ使用される部屋が、エルアグア教会の一階には存在する。

 二階建てのこの教会において、敢えて一階という低い位置にこの部屋を構えている理由は、単にいざという時の脱出経路を想定してというだけではない。

 それも非常に重要だが、更に重要なのは――――特別な会議に対して神の加護があること。

 加護さえあれば、会議も無事にいくし、そこで決められた事柄も全て上手くいく。

 教会に身を置く者であれば、神の加護を最重要視するのは当然だ。

 では、教会内において最も加護を受けられる場所はどこか――――


 そう。

 特別会議室とは、懺悔室を指す。


 懺悔室とは通常、一階にあるもの。

 次期教皇候補者による三者面談は、人が神に許しを請う場所で行われている。

 当然、そこにはロベリア、ルンストロム、そしてデウスの三名以外に立ち入ることは許されない。

 例え彼らと並ぶほどの貴き身分であっても。

 そして、その面談によって交わされた会話が外部に漏れることもあってはならない。

 今回、『アクシス・ムンディ』という魔術士とは直接関係のない外部の護衛協会に護衛を依頼したのは、反社会組織から来訪者を守るだけでなく、特別会議室に誰も近づけないようにする為でもある。

 よって――――必然的に、懺悔室の周りにはアクシス・ムンディの面々が立ち並んでいる。

 それぞれが配置につき、この国を左右するほどの重要な面談をより一層重々しいものに――――

「……なってないね」

 懺悔室の扉を遠巻きに眺めつつ、マルテが呆れ顔で呟く。

 扉の前には、隊長と名乗ったシャハト=アストロジーをはじめ、ユイという化け猫のような女性と、トゥエンティという偽名臭い女がいる。

 彼らが組織の中で最も戦闘力の高い三人、ということだろう。

 ただ、そこに重厚さは微塵もなく――――

「隊長隊長、見てにゃ。ユイのニャントレット、右側がちょっとボロっちくなってるにゃん。経費で修理して欲しいにゃん」

「そんな殺傷力低そうな武器にカネかけるなんてアホだろ。それより隊長よー、オレの邪剣ダーインスレイヴの威力が不足してる気がすんだよ。ちっと隊長、血ィ吸わせてくんねーか?」

「トゥエンティの剣は趣味が悪いにゃん。血を吸って『呪い』の力を保ち続けるとか、悪趣味にもほどがあるにゃん。そもそも、血が怖くて血を見ると気を失いそうになるヘタレの持つ武器じゃないにゃん」

「あー? テメェ……オレをバカにしてんのか? 殺すぞ? ここで殺すぞ?」

 シャハトを挟んで立つユイとトゥエンティが子供のようなケンカを

 している最中、シャハトは疲労感たっぷりの嘆きの表情で俯いていた。

 なお、それ以外の連中は教会の内外を警邏中だ。

「女がいると気苦労が絶えぬ。故に我らは男所帯なのだ」

「ま、むさ苦しいだけっすけどね」

 懺悔室の扉の前をマルテの隣で眺めている元聖輦軍の面々――――を尻目に、アウロスはかつてパロップという都市でホテルの警護を務めた時の事を思い出していた。

 あの時は、魔術士ギルド【デュイス】に身を寄せ、グレス隊に参加する形で警邏を行った。

 グレス――――そういう名の魔術士らしくない魔術士はもう、表の世界にはいない。

 彼との出会いから別れまで、それほど長い時間はかからなかった。

 だがその密度は、他の様々な人物とのそれより濃かった。

 いつものように、軽んじられるところから始まり、徐々に打ち解け、最終的には認められるに至った。

 殺伐とした世界の中にあって、グレス隊は何処か情に絆される面が強かったが、それもグレスの影響が大きかったのだろう。

 それに救われた。

 尤もそれ以前に、ラインハルトとの闘いも幾つかの幸運に助けられたのだが。

 特に――――

「……結局、来なかったね。お兄さんの知り合いの怖いお姉さん」

 まるで頭の中を見透かされているかのようなマルテの呟きに、アウロスは若干ではあるが瞼を痙攣させた。

「フレアのお姉ちゃんから話だけ聞いてるんだけど……いいの? 離婚したままで」 

「そもそも結婚すらしてない……この会話は疲れるからここで終わりだ」

 珍しいアウロスの強制終了に、マルテは思わず苦笑を浮かべた。

「おい、アウロス=エルガーデン。俺たちを無視すんじゃねーよ」

 特に意図して無視していた訳ではなかったが――――元聖輦軍の細目の男が荒んだ顔で絡んでくる。

 なお、名前は全員記入して貰ったが、アウロスは誰一人覚えていなかった。

「どうしてお前がマラカナンにいるのか、説明しろ。明らかに怪しいぞ。

 もしやルンストロム様の邪魔をする気じゃないだろうな……とウチのハゲが言ってんだから、答えろボケ」

「貴様! 年上を指してハゲとはなんという暴言だ! そこに直れ!」

「いやいや、俺らまでケンカしてどうすんすか。男のケンカなんてムサいだけっしょ」

「おのれ……反省の色なしとは。やはり貴様はいつか教育をし直さなければならんようだな」

 キリキリと歯軋りする禿頭の男。

 アウロスはそれら一連のやり取りを見もせずにスタスタと懺悔室から離れていった。

 そのすぐ後ろを慌てて追うマルテは、後ろと前を交互に見ながら同情めいた顔でアウロスの横に並んだ。

「……流石にここまで徹底的に無視するのはどうなの?」

「アイツらは前に俺を殺そうとした連中だ。口を利く筋合いはない」

「そ、そうなの? 意外とお兄さん、危ない橋渡ってるんだねえ。

 道理でいつも落ち着いてるっていうか、平然としてる訳だよ」

 さすがに命を狙われるような経験は数える程しかないが、アウロスはいちいち説明する気にもなれず、ツカツカと廊下を突き進む。

 受付の仕事が終わったら、今日はもう自由――――という訳ではないからだ。

 以前、アウロスは警護という外敵から守る仕事を行った。

 今日は違う。

 逆の立場にならなければならない。

 デウスをこのエルアグア教会から円滑に分離させる為の楔を打ちつけるために。

 明言こそされていないが、今回の三者面談終了後、エルアグア教会は一般市民に対し、正式にデウスを教皇の後継者として正式に発表するだろう。

 今回の三者面談に関しても、一般市民は『そういう会合がある』という事実を知るのみで、誰が面談に参加するのかは知らない。

 エルアグア教会内をはじめ、ある水準以上の情報を知ることができる立場の人間に関しては、既にデウスの立候補は周知の事実ではあるが、そうでない数多くの市民にとっては現教皇の息子の立候補は大きな驚きを生み出すだろう。

 当然、反発も。

 現教皇はガーナッツ戦争の歴史的敗北により、求心力を失っている。

 その直系が跡を継ぐとなれば、非難は必至だ。

 デ・ラ・ペーニャは民主主義国家ではないため、国の政治に国民が直接介入することは許されていないが、だからといって国民の支持が無関係というわけにはいかない。

 これは、デウスの弱点とハッキリ言える点だ。

 デウスがエルアグア教会と組んだ理由は、反教皇派である彼らと思惑が一致したから――――というのが第一の理由。

 経済的な支援を得られる上、立候補する上で必要な根回しやコネも容易に準備して貰える。

 今回の面談のセッティングも、彼らエルアグア教会の主導で行われている。

 これは、デウスだけではできない事だ。

 利用価値は十分にあった。

 エルアグア教会側としても、保守派の一部を削り取れるであろうデウスという立候補者は魅力的。

 そこに接点があった。

 が――――デウスにとっても、エルアグア教会にとっても、両者は功罪が同居している存在でもある。

 何故なら、彼らは共に唯一無二の『王』を目指しているのだから。

 デウスを次期教皇、そして王に祭り上げようとしているエルアグア教会だが、いつまでもデウスを王として留めておく気がないのは明らか。

 クリオネ=ミラーの主張や気性を見れば、誰でもわかること。

 だからこそ、そこに駆け引きが生まれる。

 デウスは今回の三者面談において、完全にエルアグア教会と袂を分かつつもりはない。

 今、エルアグア教会の後ろ盾を失えば、後継者として名乗りを上げたとしても選挙にすら辿り着けないだろう。

 エルアグア教会を後ろ盾としての存在で居続けさせ、時が来れば蹴落とす――――そういう汚い行為が必要だ。

 尤も、エルアグア教会側も同じ考えであることは明白なので、泥仕合ということになるが。

「で、お兄さん。今から何をやるのか、そろそろ教えて欲しいんだけど……」

「ああ。それは……」

「ひゃっ!?」

 説明しようとアウロスが口を開いた刹那――――まるで氷の針を喉元に突きつけられたかのようなイメージが、突如マルテを襲った。

「な、何!? これ何!?」

「ただの殺気だ」

 パニックに陥るマルテを余所に、アウロスは平然と答える。

 そして、視線を廊下の外側――――窓のないこの教会の廊下を囲む壁に目を向ける。

 当然、そこに人はいない。

「この場合、挨拶と言うべきかもしれないが……」

「へ?」

「ま、なんにしても怯える必要のない、単なる驚かしだ」

「脅かし、じゃなくて?」

 そう訊ねるマルテにアウロスは答えず――――

「……それより、目の前に厄介ごとの種が見える」

「へ?」

 再び間の抜けた声をあげたマルテは、アウロスの視線の先を目で追いかけた。

 そこには。

「どーも、隻腕のマルテさん。ボクとお話してくれない?」

 受付で目にした女の子――――チャーチ=イェデンが仁王立ちしていた。

「へ?」

 三度呆然とするマルテに対し、チャーチは屈託ない笑顔で近づき――――

「教皇の孫なんでしょ? 利用したいんだ。キミのこと」

 笑顔のまま、そう告げた。



 


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