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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
189/381

第8章:失われし物語(23)

 その日――――エルアグア教会にはかつてないほどの緊張感が充満していた。

 デウス=レオンレイ、ロベリア=カーディナリス、そしてルンストロム=ハリステウスという皇位継承争いの真っ直中にいる三人が集結するのだから、当然ではある。

 ただ、単に偉い人が集まることに緊張している訳ではない。

 内容は非公開といえど、これだけの面子が集うということは、それだけで反社会勢力や反政府組織の格好の的となる。

 デウスはある意味、その勢力と見なされている立場ではあるが、それでも教皇の実の息子という立場があるし、これまでの活動で作り上げた信用も存在する。

 彼が、例えば何らかの汚い方法で他の立候補者を抹殺するということは、少なくとも前提として考えることはできない。

 だが、彼とは関係のない反社会勢力がエルアグア教会を襲撃する可能性は決して低くはない。

 むしろ、このような『集う』情報が公開されている稀有な状況において何事も起こらない方が考え辛い。

 その観測に対しての緊張が、各信者の顔を強張らせている。

「だったら、なんで完全非公開にしなかったのかな?」

 教会入り口の左端に設置された、受付用の机に頬杖をつきながらマルテはアウロスへ向けて素朴な疑問を口にした。

「だって、別に公開する理由もないでしょ? 会談の中身が秘密なんだから、会談するよってわざわざ告知する必要もない気がするんだけど……」

「必要はなくても意義はある。例えば、皇位継承争いが清らかに行われてると喧伝する材料にもなるし、一番上が変わる……つまり時代が変わるっていうことを国内外へ向けて発信する意味合いもある」

 つまり、三者面談というイベント自体を国益に繋げるということ。

 マルテにはその真意が実感できなかったが、アウロスの説明には納得した様子で、腰かけている木製の小さい椅子を少し後ろへ傾けた。

 現在、アウロスとマルテは三者会談の受付を担当している。

 当然ながら、既にエルアグア教会に所属しているデウスが受付に現れることはない。

 ここへ来るのはロベリアとルンストロムの両名。

 ただし、この二人だけが来るわけではない。

 枢機卿や首座大司教といった、国の重鎮ともいえる立場にいる人物が顔を合わせるということは、その国の最高クラスの要人警護を必要とする。

 国内最高峰の実力者が警護任務のために訪れることは想像に難くない。

 両者が独自に抱えているスタッフも同伴するだろう。

 また、面談が終わった後に各候補者と話をしたい、聞きたいという人間もかなりいる。

 かなり限られた身分でなければ許可されていないが、そういった人々もこのエルアグア教会へ集う予定となっており、緊張の理由の一翼を担っている。

 現在、早朝とあってまだ訪問者はいないが、徐々に名のある面々の来訪が実現するだろう。

 幾ら雑用に分類されるとはいえ、そんな要人たちを相手にする受付がアウロスのような何の身分もない新参というのは、普通では考えられない。

 だが、マルテは違う。

 教皇の実の孫。

 彼自身、それをつい最近まで知らされていなかったように、この事実は殆どの国民が知らない。

 例えば幹部位階3位、最高の裁治権を持つ総大司教であってもだ。

 マルテ本人には通達されていないが――――今回の三者面談では、この件についても触れられる。

 アウロスはデウスからそれを聞かされていた。

 受付にマルテを指名したのは、他ならぬデウス。

 自分の息子だけに扱いは簡単だ。

 まして、エルアグア教会はマルテに対して一切の敬意を抱いていない。

 反教皇派なのだから当然ではあるが。

 だからこそ――――

「教皇の孫に受付をやらせていた、という事実が後々意味を持つようになる」

 とはデウスの弁。

 これも、デウスの作戦とやらの一つだ。

 アウロスには、その一部始終――――とデウス本人が語った内容が伝えられている。

 当然、この三者面談当日にエルアグア教会を訪れると目されている人物達の名も。

 だからこそ、アウロスは自分も受付を担当すると名乗り出た。

 マルテのお守りをさせたいデウスの思惑と一致し、現在に至る。

「あ、誰か来た。早いねー」

 そんな水面下の動きなど知る由もないマルテは、朝陽を背にし前方から現れた人影を、瞼を落としながら凝視していた。

 暫くして――――

「あのですあのー、三者面談の会場はこちらでよろしいでしょうかよろー?」

 妙な喋り方の、歩く甲冑が現れた。

 身長は低く、マルテと同じくらい。

 だが、全身を覆う甲冑は黄金色に輝いており、気品を漂わせている。

 もっとも、明らかに少女のものと思しき声とヘンな語尾のため、気品というより奇異な印象しか受けないが。

「そうですが……」

「よかったですよかー! 私、その面談の会場を警護するように依頼された国際護衛協会『アクシス・ムンディ』のチトル=ロージと言いますそのー!」

 国際護衛協会『アクシス・ムンディ』――――つい先日デウスの用意した

 訪問予定名簿を見るまで、アウロスはそんな組織があることを知らなかった。

 要は警護人を派遣する組織なのだが、傭兵ギルドとは異なり、警護に特化した人材を育成し、送り込むという特色を持っている。

 つまり、警護の専門家だ。

 国際、という冠が付くだけあり、多国籍軍となっている点も特徴的。

 言葉の壁がありそうなものだが、警護には十分なコミュニケーションの確立が必須という信念から、各国家で使用されている主要言語を習得している者のみを派遣するというスタイルをとっている――――とデウスは説明していた。

 ちなみに、この国際護衛協会『アクシス・ムンディ』にデウスも短い期間ながら属していたことがあり、その縁で今回警護を依頼したらしい。

 そういった背景があったので、アウロスは相当お堅い人材が派遣されるものとばかり思っていたが、実際に来たのはイロモノ路線全開の彷徨う鎧だった。

「あのですあのー、何か不都合がおありですかおあー」

「何ら問題はありません。ここに署名をお願いします」

 羽根ペンを差し出し、何食わぬ顔で受付名簿に記入を促すアウロスとは対照的に、マルテは驚愕と混乱で完全に固まっていた。

「……」

 そしてチトルと名乗った甲冑少女も固まっていた。

 指まで覆う籠手を装備している所為で、字が書けないらしい。

「いずれにしても、所持品検査をしなければならないので、甲冑は脱いで貰いますが」

「そうなのですかなのー……では向こうで脱いできますむこー」

 特に抵抗はないらしく、チトルはギッチョンギッチョンと足音ならぬ全身駆動音を鳴らし、死角となっている路地裏へ向かって歩いて行った。

 機動性は意外と高い。

 もっとも、フレアより年下と思しき少女なのに全身甲冑で移動できる時点で規格外だが。

「流石に、甲冑が軽いんだろうが……」

 呆れながらその様子を目で追っていたアウロスの隣で、マルテがようやく再稼働を始めた。

「……なんなのさ。今の」

「国際護衛協会『アクシス・ムンディ』の一員、チトル=ロージ。

 今回の面談において警護を担当するらしい」

「そういうことじゃなくて! あんなちっちゃな女の子があんな甲冑着込んで護衛なんてできるわけないよ! むしろ高度な嫌がらせじゃない!? 本当にいいの!?」

「所持品検査で問題がなければな。一応、俺はそういう組織に警護を依頼したと事前に聞いてる。甲冑女が来るのは想定してなかったが」

「来る、じゃなくてこの世にいるのが想定外だよ……」

 まだ早朝なのに疲れ切った顔で机に突っ伏したマルテを嘲笑うかのように、甲冑を脱いだチトルが小走りで戻ってくる。

 その脱いだ甲冑を運搬台車に乗せて。

「ちょうどいい手押し車がありましたので、借りてきましたかりー」

「いや、ここで脱いでも問題なかったでしょ。服脱ぐ訳じゃないんだし」

「気分の問題ですきぶー」

 チトル=ロージは極度の恥ずかしがり屋なのか、常に赤面していた。

 栗色の髪を後頭部でまとめているが、そのまとめ方が雑な所為か

 ポニーテールの尖端が10方向くらいに分かれており、甲冑で蒸れていたらしく汗ダクダクなのと声の印象同様の幼い顔立ちも相成って、真夏早朝の寝起きの子供みたいな容姿になっていた。

 当然、世界最高峰の警護人には見えない。

「所持品検査、問題ありません。どうぞ中へお入り下さい」

「ありがとうございましたありー!」

 再び甲冑を身にまとったチトルは、意気揚々と教会へ乗り込んでいく。

 マルテは終始目を丸くしたまま、彼女の姿を追い続けた。

「いいのかな。あんな警護人で」

「心配の必要はない。『アクシス・ムンディ』からは合計8人が派遣されている」

「……あと7人、あんなのが?」

 あんなのかどうかは不明だが、アウロスはためらいなく頷いた。

「長い一日に……なりそうだね」

 意外と精神的にキツそうな仕事だと理解したマルテの顔は、覚悟と諦観を和えて覚悟だけを極限に薄めたような、なんとも残念な表情になっていた。




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