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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
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第8章:失われし物語(22)

 寄る辺なき身の放浪者――――アウロスの現状を一言で表すなら、こういった表現にならざるを得ない。

 ただ、だからこそ可能なことはごまんとある。

 大学の研究員時代には部下としての行動が義務付けられ、制限も多々あった。

 現在は、一応形としてエルアグア教会に身を置いているが、そこに目的との合致がない以上、意味を成さない所属といえる。

 ただ、目的がある以上は行動が制限されるのは必然であり、その制限に対して自身が少なからず弄ばれていることも自覚せざるを得ない。

 アウロスはそんな心境の元、自分の前を歩くデウスの背中を眺めていた。

 今歩を進めているエルアグア教会の廊下は、これまでにないほど美しく清掃されている。

 先日決定した皇位継承候補者三名による会談は、このエルアグア教会で行われることとなった。

 エルアグアで開催されるという時点で、ここが使用されるのは当然の流れのため、現在教徒が総出で掃除を行っている。

 本来、雑用係であるアウロスは誰より働くべき状況なのだが――――

「この下だ」

 デウスに連れ出され、地下へと続く階段の前まで足を運ぶこととなった。

 このエルアグア教会には地下納骨堂が存在しており、地下には教徒の骨を収める際の儀式に使用する祭壇などが設置されている。

 これ自体は珍しいことではないが、デウスが案内したのは納骨堂ではない、別の地下室だった。

「率先して見えない所も綺麗にしましょう、って感じじゃなさそうだな」

 そんなアウロスの軽口に応えず、デウスは地下の廊下をどんどん前に進む。

 いつもとは異なる様子に、アウロスの眉間に皺が刻まれた。

「さて……着いたか」

 そう宣言し立ち止まったデウスの目の前には、重厚な扉がある。

 大きさはそうでもないが、他の部屋とは比較にならないほどに厳重に封術と施錠で閉じられたその扉の物々しさは、ある意味この地下という空間には良く似合っていた。

「……拷問室か?」

 教会という施設と、明らかに中への立ち入りを拒んでいる扉、そして地下という場所から導き出したアウロスの推察に、デウスは無言で口元を緩めた。

「少し離れていろ」

 衣嚢から鍵を取り出したデウスは、開錠して直ぐに魔術を綴り出す。

 封術を解除する『解術』系の魔術だ。

 アウロスが得意としている分野が、デウスは――――

「余り得意ではないんだがな。何しろ爽快感がない」

 精神的に苦手らしい。

 とはいえ、一から解析する時間を考慮すれば、アウロスが代わるより遥かに効率がいいため、デウス自身がそのまま続行し、

 10分ほど時間をかけ解除に成功した。

「入れ」

 言われるまでもなく、アウロスはその部屋の中へと入る。

 すぐ後に扉がゆっくりと閉められた。

 案の定――――中は尖端に鎹のような形の物がついた棒や人を束縛するための鎖が取り付けられた壁など、拷問器具と思しき物が幾つも見受けられる。

「心配するな。お前を拷問する気はない」

 特にその心配はしていなかったが、どう返答するか迷ったアウロスは結局無言を貫いた。

「罪を犯した教徒への罰や異端審問などに使われているそうだが、あの女の性格上、趣味って可能性もある」

「……クリオネ=ミラーのことか」

 あからさまにこの部屋が似合いそうな人物の顔を思い出し、アウロスは小さく嘆息した。

「ま、それはどうでもいい。ここが一番壁が分厚い上に人の出入りが少ないから、利用させてもらうだけのことだ。俺の部屋も防音という点では優れているが……」

「当然、あてがわれた時点で何処かに穴がある。見張りも」

「そういうことだ。だからあそこでは、聞かれたらマズいと思わせておいて実際にはそうでもないことしか話していない」

「なら、ここに来た理由は」

 アウロスがそこで言葉を止めると、ようやくデウスはいつもの子供のような笑みを浮かべた。

「本当にマズいことを話すって訳だ」

 ここであれば、誰かに聞かれる心配はない。

 可能性としては、気配を消す達人の何者かが二人を追尾していることが

 考えられるが、拷問部屋というのは外に声が漏れ聞こえないような作りになっているため、部屋の中に侵入していない限りは無意味だ。

「知っていると思うが、他の候補者と面談することになった」

「特に密談って感じじゃなさそうだから、誰でも知ってるだろ」

「公式行事だ。勿論、面談の中身は明かさないがな」

 まだ現教皇が健在のこの時期に皇位継承候補者が集うのは、異例のこと。

 逆に言えば、いよいよ崩御の時が近づいている証でもある。

 デ・ラ・ペーニャにとって、大きな時代の終焉と幕開けが。

「ようやくお前に働いてもらう時が来たって訳だ」

 デウスはアウロスの方ではなく、壁に取り付けられた鎖を眺めながら淡々とそう告げた。

「お前は今、ロベリアの間者だ。同時に、俺に敵対する組織『四方教会』の頭でもある。まだ明るみには出ていないこれらの『事実』が三者面談の席上で明らかになれば、ロベリアは大打撃を受けるだろうな」

「事実……ね」

 皮肉げに呟きつつ、アウロスは三角木馬の隣にあるボロい椅子に腰かけた。

「無論、ロベリアを失脚させるのが目的ではない。ガーナッツ戦争での歴史的敗北以降、保守派の連中など死に体も同然だからな。セコイ手を使ってまで失脚させる必要などない」

「一応、聞いておくか。真の目的とやらを」

 アウロスのそんなリクエストに対し――――

「このエルアグア教会を崩壊させるためだ」

 デウスの語った答えは、アウロスの読み通りだった。

 それだけに、警戒心が鐘を鳴らす。

 ここまでのはずがない――――と。

「ここの連中は俺を利用している。俺の名前と強さをな。だが、主張は噛み合っていない。当然、いずれは俺を排除するつもりだろうさ。俺はその前に、連中を排除する必要がある。幸い、連中は今油断している。お前がロベリアの間者だという『偽情報』を掴んで、俺の弱点を握っているつもりでいる。ま、それを匂わすことを部屋で話したしな」

「と、なると……『事実』とやらを明かすのは、お前じゃなくクリオネたちってことか?」

「さてな。今回の三者面談で俺を切るつもりならそうだろう。だが、俺にもう少し利用価値があると思えば、今回連中の方から『デウスの部下がロベリアと結託している』とまでは言わんだろう」

 どちらになるのか、デウスはわかっていない――――はずがない。

 アウロスはそう確信していた。

 デウスという人物の絶対的な自信は、その強さだけでなく信念が根源にある。

 王になるという信念。

 ならば、デウスは万が一にもクリオネたちに出し抜かれるわけにはいかない。

 すでに策を練り、クリオネたちの思惑を独自に掴んでいる――――アウロスはそう結論づけた。

 だが、それを指摘はしない。

 話を合わせたまま、別の疑問をぶつける。

「なら、どうやってこのエルアグア教会を潰す? 両ケースにおいての対処法を考えてる、って訳か? フレアがお前のトコのサニアに負けた責任は俺が取らなくちゃならない、ってのは承知してるが、間者の汚名を無駄に着るつもりはないぞ」

「当たり前だ。無駄にそんなことをして誰が得する。その為の『四方教会』だ」

 デウスの発言の直後――――不意に扉が開く。

「……」

 そこから入って来た人物を、アウロスはやや細めた目で眺めていた。


 ――――デクステラ。


 唯一、アウロスの前に現れずにいた元四方教会の幹部だ。

「それなりに唐突な登場だったが、驚かないのは流石だな」

「そっちが一切警戒してなかったからな」

 秘密裏の会話中、突然部屋に見知らぬ人物が入ってきたら立場上マズいのはデウスの方。

 アウロスはそれを頭に入れていた為、デクステラの顔を確認するまでもなく危機的状況に陥る心配は一切せずにいた。

「このデクステラは今回の作戦において重要な役割を担う一人だ。

 全員が俺を裏切るというのは、俺のカリスマ性を考えると現実感がないからな。

 一人だけ『反四方教会』という立場でいてもらう。つまりアウロス、お前の敵だ」

「いよいよ劇団四方教会、って感じになってきたな……」

 辟易しつつ、アウロスはデクステラの顔を眺める。

 かなりやつれて見えるのは、拷問部屋の薄暗さの所為ではなさそうだ。

「それじゃ、当日の作戦を説明する。耳の穴をかっぽじってよく聞けよ」

 ニッ、と笑うデウスに対し――――アウロスは更に瞼を落とし、獲物を見る狩人のような視線を向けた。




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