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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
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第8章:失われし物語(17)

「……順調なのか?」

 アウロスが打倒ミストを掲げ、二週間が経過した。

 その間、各勢力に特に目立った動きはなく、アウロスも引き続き『エルアグア教会へ送り込まれたロベリアからの間者』という肩書きになるまでの猶予期間という状態で、エルアグア教会内で生活していた。

 ただ、この猶予というのも既に取り除かれている可能性がある。

 現在、デウスは目立った動きを見せていないが、情勢を考慮すれば立ち止まっている暇はない。

 教皇の体調が優れない状態なのだから、一刻も早く自分に有利な条件を幾つも揃えておく必要がある。

 アウロスは、元四方教会の面々、特に姿を見せていないデクステラが動き回り、情報戦をしかけているのではと推測していた。

「ああ。順調だ」

 それを踏まえた上で、アウロスは医療室の椅子に座り、机に向かい羽根ペンを走らせながら、ベッドに横たわるフレアにそう断言した。

「とてもそうは思えない。お前、この二週間なんにもしてないじゃないか」

「そうだよね。アウロスのお兄さん、ここで手紙書いてるだけじゃん」

 マルテも加わり、二人から非難を浴びたものの、アウロスに揺るぎなし。

「あ、そっか。あのラディさんって人が情報を集めるのを待ってるんだ」

 そんなマルテの鋭い指摘にも――――

「生憎、情報屋に頼りっぱなしでいられるほど、今の俺に余裕はない」

「えー。だってねえ……」

 不満げに口を尖らせつつ、マルテはフレアに目を向ける。

 フレアはその視線にため息をつき、呆れ気味に瞼を落とした。

「前にここに来た恋人に釈明の手紙書くのはわかるが、あまり長い文章はかえって怪しくなるからやめた方がいいぞ。ちなみにこれはマルテの意見だ」

「……」

 アウロスの羽根ペンを動かす右手がピタッと止まる。

「あ、やっぱり図星だった。そうだよねえ、きっとそうだと思ったんだ」

「だったら自分で言え。私に言わせるな」

「だって、僕が言ったら怒られ……いぎゃっ!?」

 突然襲ってきた氷の塊に脳天を砕かれ、マルテはパタリと倒れた。

「……下らない邪推をするな。おちおち手紙も書けないな」

 頭を抱えるアウロスに、フレアは少し意外そうな顔を見せる。

 最近、感情が少し表に出やすくなっていた。

「違ったのか? だが、書かないのもそれはそれでどうかと思うぞ。

 誠意を見せた方があとあといい気がする。よくわからないが」

「わからないなら口を挟むな……」

「なら、誰に手紙なんて書いていたんだ。二週間、ずっと書いてる気がするぞ。

 恋人以外にそんな長い手紙を書くか?」

「同じ相手への手紙を二週間も書き続けるヤツがいるか」

 心底呆れたという顔で、アウロスは再び羽根ペンを動かした。

「へいお待ち! 神速の情報屋ラディ様の登場だぜい!」

「お前、来る度に名前が変わってややこしい」

「うぐっ! これまでずーっと見て見ぬフリされてきた部分に入室した途端触れられた私の次のリアクションはどうするどうなる!? 次回、ラディちゃんの華麗なるミッションコンプリート物語第28話、空駆ける希望――――貴方の目に映る景色は、水色より濃いですか?」

 やたら早口で捲し立てるラディに、フレアは――――

「お前、病院に行ったほうがいいと思う」

「がーん」

 アウロス以上に辛辣な言葉を投げつけた。

「よよよ……まさかこんな年下の女の子に強めのツッコミもらうなんて」

「いや、コイツは冗談言わないから、本当にそう思われてるぞ、お前」

「いらない! そんな不親切な補足説明いらない!」

 両耳を塞いでイヤイヤするラディを無視し、アウロスは手紙を書き続けた。

「……よし、終わり。そんじゃラディ、この手紙全部、俺の指定する住所に出しておいて」

 足元に置いてあった箱の中に束ねている手紙の山に、描き上げたばかりの手紙を加えアウロスはそれをラディに差し出した。

「あれ? 情報屋なのにいつのまにか配達人?」

「神速の配達人、よろしく頼む」

「あーっ! その二つ名やっぱなし! なんか変な感じに上手いこと言われた!」

 わめき悶えるラディを尻目に、フレアはアウロスにジト目を向ける。

「結局、誰に出す手紙なんだ? 昔の知り合いか?」

「つい先日会ったばかりの人もいるし、会った事もない人もいる」

「?」

 顔をしかめるフレアに、アウロスは肩をすくめてみせた。

「まずは、論文の在処を明確にする」



 そんなアウロスの発言から一週間後――――

「……これはどういう事だ?」

 アウロスは、デウスの部屋の机に置かれた一枚の手紙と再会した。

 そこに書かれている内容を要約すると――――

「我、大いなる野心を抱きし先鋭なる人物の思惑を知る者なり。

 魔術士殺しと枢機卿ロベリア=カーディナリスとの結託をここに示す。

 そう書いてるな」

 平然とそれを口にしたアウロスと対峙するデウスは、一瞬右手を眉間に当て、すぐに口角を上げ鼻息を漏らした。

「この『怪文書』が、マラカナンの各教会の元に届けられた。経路は不明。恐らく殆どの連中が、単なる嫌がらせと認識しているだろう」

「だろうな。皇位継承争いの真っ直中だ。そういう怪文書が出回るのは珍しくもない」

「それがわかってて、この情報をリークした……そうだな?」

 魔術士殺しとロベリアの関係を知るのは、あのアルマセン大空洞での闘いに参加した者のみ。

 デウスと元四方教会の面々でないとしたら、枢機卿側が自ら暴露したか、アウロスの仕業ということになる。

 後者が疑われるのはあまりに必然だ。

「ああ」

 アウロスはそれを踏まえ、実にあっさりと白状した。

「……これで、俺の持つ枢機卿の弱みが一つ減ったわけか。意外だったな。

 このタイミングでお前が謀反を起こすとは」

「謀反のつもりはない。そもそも、最初から俺の目的は論文だけだ」

「今回の件が、お前の論文と関係があるというのか?」

 デウスは怒りを一切表に出さずに問いかける。

 だが、内心穏やかでないのは明白だった。

 魔術士殺しは、単純に魔術士にとって害悪であるとは言い切れない。

 実際、そんな連中と組んで事を成そうとしていた魔術士もいるのだから。

 とはいえ、官職とは縁のない、一般人として生活する魔術士にとっては、魔術士殺しは共通の敵。

 つまり――――魔術士殺しと枢機卿の関係は、一般層への求心力を失わせる大きな失点となり得る。

 もし、この情報を適切なタイミング、適切な方法であきらかにすれば、枢機卿側、つまり教皇派に大打撃を与える事は確実だった。

 だが、今回のアウロスのリークによって、この情報そのものの信憑性が大きく損失された。

 単なる嫌がらせに過ぎない、という先入観が生まれてしまった。

 当然、中には信じ込む者や目の色を変えて真相究明に当たる勢力もあるだろう。

 だが、証拠がなければ中傷の域を出ない。

 そして、枢機卿側以外で証拠を握っているのは、現時点ではデウスと元四方教会の面々、そしてアウロスのみ。

 全員が反教皇派だ。

 これから証拠を提出しても、今回のリークを彼らが起こしたと見なされるのは必然であり、その場合証拠そのものの信憑性が失われる。

 捏造と見る者も少なくないだろう。

 何しろ、このデ・ラ・ペーニャの最大の勢力は教皇派。

 つまり、教皇派を正義と見る者が一番多い。

 そんな相手に対しての過激な勇み足は、いかにも『正義を倒そうとする悪の汚いやり口』と見なされるのがオチだ。

 アウロスは、デウスの目論見を全て予測できているとは思っていないが、今回の件が少なからず目論見を崩す原因となり得るとは思っていた。

「当然だ」

 そして、それを踏まえた上で、そう言い切る。

 今回の件は、デウスへの嫌がらせや攻撃ではなく、あくまで自分のためだと。

「俺の論文を持っている人間の目星は大体ついている。けど、確証はない。

 だから今回の件でそれを確かなものにしたかった」

「どうも話が見えてこないな。枢機卿の弱味を各教会にリークする事と、お前の論文と一体なんの因果関係が……」

 そう呟きながら、デウスは言葉を止めた。

「……そういう事か」

「そういう事だ」

 この僅かな間に気づいたデウスに、アウロスは流石だと感心せずにはいられない。

 感心しつつ、こうも思う。

 そうでなくては、と。

「話がそれだけなら、もう行くぞ」

「……待て」

 思案顔のまま固まっていたデウスが、背を向けたアウロスを呼び止める。

「今回のお前の行為は、紛れもなくこの俺への背信行為だ。謀反の意図はなくても、結果的に俺が損失を出すのを許容したんだからな」

「生憎、俺はお前の弟子でも部下でもない。それでも処分したいのならすればいい」

「そうか。やはりお前は……俺に処分してもらおうとしているのか」 

 デウスの言葉に、アウロスの眉がピクリと動いた。

「残念だが、その願いに応じる訳にはいかんな。お前には時期がくるまでこの教会に居座り続けてもらう。以上だ」

「中々に手厳しいな」

「この手の読み合いは得意分野じゃないが、嫌いでもない」

 悠然と言いのけるデウスに背を向けたまま、アウロスは肩をすくめ部屋を出た。

 心中で――――

「取り敢えず……順調か」

 そう呟きながら。



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