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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
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第8章:失われし物語(16)

 自動的に、それも高速でルーリングを行う技術が存在する。

 そんな眉唾モノの情報がエルアグア教会のごく限られた一部の高官に伝わってから、三ヶ月が経過しようとしている。

 ルーリングの高速化自体は、遥か昔から幾度となく挑まれていたテーマ。

 そしてその挑戦がことごとくムダに終わった事も、常識として知られている。

 魔術士であれば、特に臨戦魔術士であれば誰でも一度は望む技術。

 しかしそれは、空を飛んだり、死んだ者を生き返らせたりするような不可能な事だと、誰もが一笑に付していた。

 あの【ウェンブリー魔術学院大学】の最年少教授が研究発表会で自ら発表をする、と知るまでは。

「……どうですか?」 

 エルアグア教会のごく限られた高官の一人、クリオネ=ミラーは静かに問う。

 彼女の部屋を訪れた実弟のゲオルギウスは、封蝋を割った手紙をクリオネの机に置き、広げてみせた。

「筆跡鑑定の結果、間違いないとの事です」

「朗報でしたね。つまり……」

 クリオネの口の端が吊り上がるのを見て、ゲオルギウスは無表情でうなずく。

「我々が入手した『あの論文』は、ミストの筆跡と一致する。すなわち本物です」

「素晴らしい結論に拍手を」

 クリオネは大げさに手を叩く。

 そしてそのまま両の手を重ね、祈った。

 神の与えし好機に感謝を。

 我を選びし神に感謝を。

 そう胸の中で呟きながら。

「では早速、この論文を子飼いの研究所へ。【ザンブレア総合魔術研究所】が好ましいでしょう。所長がお若いですから、新技術への順応も早いでしょうし」

「その分、機密保持に対する意識が弱いという危険もありますが」

「構いません。もしこの件が漏れた場合、経路や相手に関係なく研究所は閉鎖、所長に相応の責任を取らせると通達すればいいのです」

「……了解しました」

 今は何より速度。

 クリオネはそう判断し、ゲオルギウスの懸念を一蹴した。

「聖下の容体を考慮すれば、最早一刻の猶予もありません。切り札を切り札として活用するためには、相応の段階まで仕上げておく必要があります」

「承知しております」

「よろしい。では、頼みましたよ。貴方の通達次第で、速度が決まります」

 ゲオルギウスは返答の代わりに頭を下げ、部屋をあとにした。

 オートルーリングの価値は、その魔術士の立場によって大きく変わる。

 例えば、臨戦魔術士にとってはこの上なく重要な意味を持つ技術だ。

 何しろ、闘いにおいて最もネックだったルーリングという予備動作を一気に省略できるのだから。

 また、魔具を作る研究者、売る商売人にとっても、価値のある技術と言える。

 オートルーリングが普及すれば、今この世に存在する魔具全てに取って代わる新しい魔具が必要となる為、市場の活性化は確実だ。

 そして――――もう一つ。

 人間の力では到底不可能なほどの数のルーンを編綴する必要があるケースにおいても、オートルーリングの重要性は極めて高い。

 もちろん、そんなルーン数を必要とする魔術は、少なくとも教会が認定、使用許可を出している魔術の中には存在しない。

 ルーン数が多い封術等の制約系魔術においても、時間さえかければ十分に綴る事が可能な魔術だけで構成されている。

 だが――――何事にも例外はある。

 魔術国家デ・ラ・ペーニャの第一聖地、マラカナンにのみ存在する魔術。

 正確には、存在ではなく『封印されている』魔術。

 邪術と呼ばれる、魔術の域を越えた魔術だ。

 人が制御できる範囲を超えた魔術であり、人を、或いは世界そのものを崩壊させる可能性を秘めた魔術は、邪術と呼ばれ法律で使用を禁止されている。

 無論、禁止というだけに留まらず、その存在自体を封印しており、一部の人間にしか知る事の出来ない極秘資料として管理されている。

 これは、クリオネのような高官であっても、閲覧は不可能。

 幹部位階3位の総大司教クラスになって、初めて知る事の出来る魔術だ。

 逆に言えば――――総大司教クラスが野心を持てば、そしてその立場を捨ててしまう覚悟さえあれば、邪術の使用は可能となる。

 とはいえ、それでも不十分。

 邪術最大のネックは、その効力の大きさゆえ、膨大な数のルーンが必要となる点だ。

 魔力の消費量も尋常ではない。

 世界的な魔術士であっても使用不可能なほどだ。

 だが、誰も使えない魔術は存在しない。

 何故なら、誰も使えないのなら魔術そのものの存在を確認できないからだ。

 歴史上、誰かが一度は使っている。

 つまり――――使える魔術である事は間違いない。

 よって、邪術の使用に必要なのは、幹部位階3位以上の身分、立場を捨てる覚悟、世界最高峰の魔力量を誇る人材、そして――――尋常でない数のルーンを制御する技術。

 クリオネは、その全てを自らが手にしたと確信していた。

 そして、オートルーリングさえ実用化できれば、いよいよ邪術の発動が現実となる。

 論文が本物であれば、そう遠くない時期に実用化できる。

 仮にできなくても――――方法はある。

 実際にその目で見たのだから。

「まさか、オートルーリングをいち早く導入した魔術士が野放しになっているとは……」

 再び神に感謝を唱え、クリオネは悦に入る。

 全てが、自分のために動き、自分のために在る。

 そう思わずにはいられない。

 だからこそ、失敗は許されない。

「枢機卿の娘、聖下の息子と孫、そしてオートルーリングを使用可能な魔具……これだけの手駒があって、失敗など許されるはずはありません。そうでしょう?」

 語りかけたのは――――神にではなく、人間。

 クリオネの視界には、誰もいない。

 だが、そこに在る。

 それが『バランサー』の存在価値でもあった。

「成功すれば、私はこの国の王になれる。女王、女教皇……どちらでも構いません。

 女性が魔術国家の頂点に立つ。前例がないだけでなく、この男尊女卑の世界にあって、均衡を保つ一つの指標となり得るのではないですか?」

 バランサーは答えない。

 答えるために存在しているわけではないのだから、当然だ。

「貴方がたが封印したとされている邪術の一つ、私がこの世界に蘇らせて差し上げます。そうなれば、誰も私に逆らう事はできません。そうでしょう? 何より、貴方がたが均衡の崩壊を恐れた魔術だったのですから。それがなによりの証。誰もが平伏す……これ以上ない証です」

『貴様は、支配者になりたいのか?』

 クリオネの歪な笑みが余程耐えかねるものだったのか――――

 バランサーは必要のない質問で、クリオネの表情を変える。

 だが、笑みは変わる事のないまま、返事だけが空しく室内に響きわたった。

「支配者など、そんな野心はありません。私はグランド=ノヴァ様の忠実なる部下なのですから。あの方の意に従うまでです」

『あの哀れな老人を利用しているだけではないのか?』

 無機質なその声に、クリオネが声をあげて笑う。

 どこまでも歪な口の形は、そのまま声にも歪な響きを含ませていた。

「あの方ほど幸せな老人は、この世にいませんよ。私のような献身的な部下がいるのですから」

 クリオネは笑い続けた。

 そうする事で、全てを自分の意のままに染め上げる為に。

 全てが順調だと、そう確信する為に――――


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