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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
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第8章:失われし物語(15)

「で、そのシナリオ通り、あのクソお美しいクソお姉さんは四方教会のその後に興味津々だった訳だけど」

 ラディがクリオネに売り込んだ『四方教会の現在』に関する情報は、個別契約で全て買い取られた。

「ちょ、ちょっと待ってよ。いいの……? ラディさんって情報屋なんだよね?

 こんな風に、契約した人の事色々バラしちゃっても」

 オロオロしながらマルテが問う。

 無論、買い取りが成立した時点で双方の間には守秘義務が生まれ、依頼人がどんな情報を購入したか、という内容を他人に話す事はできない。

 これはギルドに与している情報屋だろうとそうでなかろうと関係ない、絶対的ともいえる不文律だ。

 しかし、ラディはなんら躊躇なく、クリオネの依頼内容をここに明かした。

 理由は――――

「売られたケンカは買わないとねー」

 目以外でニッコリと微笑むラディの表情に集約されていた。

 それでも全くピンと来ない、来る筈もないマルテに対し、アウロスが補足する。

「……俺の論文を奪って、このエルアグアまで流した奴と、クリオネ=ミラーがつながってる可能性がかなり高い」

「え……? そうなの? って、どうしてそれがわかるのさ」

 訝しげな顔で問うマルテに、アウロスは壁に背を付けたままで微かに上を向いた。

「ミハリク=マッカという司祭がウェンブリーにいるんだが、その男とクリオネが同じ派閥の人間らしい。で、俺の論文を流した教授とミハリクってのが、以前は協力関係にあった」

「以前って……今は違うの?」

「論文説明会の席で、ミスト……論文流した教授の事な。そのミストの方が見切りを付けた」

「捨てられたのか」

 ムクリと、フレアが上体を起こす。

 寝ていた訳ではなく、目をつむって黙っていただけだったらしい。

「……いや。あの辺の連中は、そう簡単に他人を捨てはしない。見切りは付けても、利用できるまで利用し尽くす。だからこそ、ミストは俺を利用して『オートルーリング』の証明をこの第一聖地でやろうとしてるんだろうからな」

「そーそー。あの顔はそういう極悪非道な事をヘーキでやる顔よね」

 必要以上に頷くラディを尻目に、アウロスは説明を続ける。

「つまり、ミハリクを見限った上で、利用しようと考える筈だ。例えば……『一研究者に目論見を崩され、説明会を台無しにした貴方は今後、教会での求心力を大きく落とす事になるでしょうね。だが私はそれを善しとしない。一時とはいえ、貴方は私の味方だった。貴方が立場を弱めれば、私にまで不利益が出かねない。貴方に反撃の機会を提供したいのです』……とか言って、ミハリクのコネを利用してマラカナンの情報屋を雇う、とか」

「うわー、今の超似てたわー。やっぱり似てるんじゃない? アンタとミスト」

「俺は顔面で他人を脅迫しない」

「……っ」

 アウロスの不本意極まりないという声に、ラディは肩を震わせ笑いを堪える。

 ミストの容姿を知らないフレアとマルテにはわからないやり取りだった。

「それ以外に、ミストがこの地の情報屋とつながりを持つ経路はない」

「でもちょっと待ってよ。一つ疑問」

 挙手するラディに、アウロスは目も向けず言葉を紡ぎ続ける。

「ああ。ラディの言う通り、一つ疑問が生じる。俺の間者としてミストが送り込んだ情報屋は、四方教会の抱えていた情報屋だった。それがどうして、ミハリク……つまりグランド=ノヴァの派閥とつながるのか」

「いや、私喋ってないんですけど……勝手に省略しないでくれますか」

 発言の場を奪われたラディを追撃無視し、アウロスの説明は佳境を迎える。

「……答えは一つしかない。このマラカナンの地、エルアグアに俺の論文が流れた時点で、既にここまでのシナリオは出来上がっていた」

 そして、ようやく辿りついたその結論を告げた。

「四方教会……つまりデウスと、ミストは協力関係にある」

「え!? そーなの!?」

 この中でアウロス以外に唯一、両者を知るラディが驚きの声をあげる。

「でも、そう考えると辻褄は合うかも……ロス君の論文がここにピンポイントで流れたのも、デウスって人がロス君に目をつけたのも」

「そういう事だ。いくらオートルーリングに興味を持ったという尤もらしい理由があるとはいえ、デウスは短期間で俺を買いすぎていた。なんの事はない。ミストから俺の事を聞いていたんだ」

 ため息混じりに告げるアウロスに、フレアは呆れ気味な目を向ける。

「なんか、自分の事を言ってるように見えないな」

「そういう生き方でずっとやって来たからな……で、この関係性がほぼ確実視できる状況が一週間前に起こった」

「一週間前っていうと、フレアお姉さんの家に行って、途中で四方教会の人達に襲われた時だよね」

「ああ。そこで連中……というかトリスティなんだけど、妙に俺を見直した風な言い方をしてただろ?」

 アウロスの問いに、マルテは少し首を傾げながらも、記憶の中に該当箇所を発見したらしく、小さく頷く。

「あの襲撃の一番の目的は、実はそれだ」

「……へ? 何それ」

「平たく言うと、俺への接待だったんだよ。あの四方教会の襲撃と種明かしは」

 そんな言葉に、マルテだけでなくラディも困惑を隠せない。

 フレアに至っては、意味がわからずキョトンとしていた。

「俺を気持ちよくして、自分達の計画に俺を引き込みやすくする。つまり、俺が四方教会の新しいリーダーとして、デウスやこのエルアグア教会の『やられ役』として機能しやすくする。もっと言えば、四方教会の連中との間に友情とか絆とか、その手の感情を芽生えさせ、論文収集の優先順位を落とさせる目的もあっただろうな。そうすれば、俺が本物と偽者の論文を回収し、ミストの目論見を破る可能性が低くなる。ミストにしてみれば、予定している『二ヶ所の送り先』に論文が届く前に俺がそれを入手するのは不本意な訳だからな」

 ミストの狙いは、敵対する勢力に偽の論文を掴ませ、その勢力がしたり顔で発表した論文に対し本物の論文を受け取った勢力が是正し、敵対勢力に『嘘の発表をさせる』事にある。

 両者に対し論文が届く前にアウロスが回収すれば、その目論見は崩れる。

 だが、アウロスが他の件に時間を割かれれば、自然とその確率は低くなる。

 そこまで見越し、ミストはデウスとの協力体制を築いた――――というのが、アウロスの見解だった。

「あの……もうなんか予想とか推測とかばっかで、ワケわかんないんですけど」

「心配するな。俺自身もだ」

 珍しく、アウロスはラディと同意見である事を認めた。

「とはいえ、ミストはこの地にはいない。推論で奴の狙いを特定するしかない。

 外れてたら俺の負けってだけだ」

「二連敗しない? 大丈夫?」

「今のところは五分五分だな……」

 率直な意見と共に、アウロスは壁から背を離した。

「長々と説明してきたけど、これからやる事は到って簡単だ」

 そして、その目をラディへと向ける。

「まずは偽の論文よねー。確か、それはクリオネに届く……って話だったっけ。あれ? でもそれだと、ミストの敵ってのと矛盾すんじゃね? ミストとクリオネ、つながってんでしょ?」

「だから五分五分なんだよ」

 アウロスの当初の予想は、ラディの言葉通りだった。

 だが、今はそうとは言い切れない。

「ミストが『最終的に』立てたい相手は誰なのか。ミストが『本当は』誰に教皇になって欲しいのか。

 それを見誤ったら、俺はミストに負ける」

「……やる事が簡単ってのいうのは、そういう事か?」

 フレアの言葉に、アウロスは静かに頷く。

 簡単――――そう、簡単な構図だ。

 何故なら。

「俺達で、ミストを倒す。それだけだ」

 ただの再戦なのだから。





 ウェンブリー魔術学院大学の教授室に、陽光の鋭い光が降り注ぐ。

 まるで凶器のようだ――――と、その光に瞬きする事なく目を向けたミストは、自然からの何気ない攻撃に思わず笑みをこぼした。

「さて……早ければ、そろそろ気付く頃か」

 冷めかけた珈琲を放置したまま、窓際へ近づく。

 大学の外観に、変化はない。

 かつてこの学舎にいた者が去っても、そこになんら影響はない。

 あるとすれば――――内側。

 ミストはその変化を歓迎した。

 だからこそ、窓を開いた。

 遥か彼方、違う聖地に射す光を招き入れる為に。

「これは、お前からの贈り物かな? アウロス=エルガーデン」

 一つの勝敗は既に決した。

 だが、勝負は一度きりでは決してない。

 利用できるものは、適切な回数だけ利用すべき。

 問題は倫理や節度ではなく、"適正"。

 ミストの目は、誰よりも適正を見抜く力に長けていた。

 だからこそ、絶対の自信を持っている。

 ここではない場所で起こっている出来事を見抜く目に。

「だとしたら……予定通りだよ。ここまではな」

 ミストに揺るぎはない。

 権力も。

 未来も。

 そして――――恐怖も。

「予定通り、お前は俺の唯一の敵だよ」

 それを認めたミストの顔は、誰の目にも映らない。

 本人すらも、認識してはいなかった。



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