第8章:失われし物語(14)
ティア=クレメン。
得意分野は黄魔術。
身体能力は良。
特に初速に関しては目を見張るものがある。
ただし、頭に血が上りやすい性格という事もあり、危機管理能力に若干の問題あり。
熟考の結果、対魔術用の防具を支給。
思いの外似合う為、常時着用するよう指示。
給仕係としての能力には疑問の余地があるものの、戦力としては申し分なし。
デクステラ。
得意分野は緑魔術。
戦略を練らせたら右に出る者はいない。
思考能力の柔軟性にやや欠けるが、計画の構築、準備においては絶対の信頼に値する。
最も評価すべきは、相手を認め、良い面を吸収できる点。
ある程度の年齢に差し掛かっても成長が見込め、より高い価値を期待させる。
精神的主柱としての働きが期待できる。
サニア=インビディア。
得意分野は赤魔術。
戦闘にかける情熱は誰よりも強く、それでいて自己のコントロールにも長けている。
多重人格を思わせる切り替えも、その一環。
自身の欲求の為にそれ以外の不要な性質を切り捨てる点は、絶賛に値する。
信念に対しややムラのある点が難と言えば難。
しかしながら、それは真の信念を成就させる為の防衛策に過ぎない。
トリスティ=モデスト。
得意分野は青魔術。
普段の天真爛漫さとは対照的に、役割を与えればそれを確実にこなす精密さを有する。
精神面における安定という意味ではデスクテラを上回る素材。
知恵と洞察力を養えば、誰より優れたリーダーになると推察される。
気の弱さ、慎重すぎる姿勢は年齢ゆえのもの。
先見の明という言葉がこれほど似合う人材は他にない。
「――――ここまでが『紹介』です。どうします?」
不敵な笑みを浮かべつつ、ラディは選択権を対象へ委ねる。
情報屋が情報を提示する場合、その交渉は大きく分けて3つのパターンに分類される。
一つは、定額契約。
一定の期間、一定の給与を支払う代わりに、無制限に情報の収集を依頼できる。
一つは、個別契約。
お互いに買いたい情報、売りたい情報を提案し、合意に達した場合のみ契約を行う。
そして――――最後の一つは混合契約。
定額契約と個別契約の中間に位置するこの契約は、定額料金を抑える代わりに情報レベルも引き下げ、より高いレベルの情報を得たい場合のみ料金を割り増しするというものだ。
今、ラディが提示した情報は、低レベルの情報に過ぎない。
核心に迫る情報を得たければ、もっと金を出せという事だ。
個別契約と混合契約のメリットは、情報屋がどの分野の情報収集に長けているかを見極めやすい点にある。
低レベル情報と言えど、そこには情報屋の能力を示す確かな手がかりが存在する。
それをしっかりと見極められれば、より高い金額を支払うに値するか否かを
判断しやすい。
そして、それをわかっているから、情報屋は低レベルの情報にも手を抜けない。
どの程度の情報を提示すれば、自分を高く見てもらえるか。
それを上手く制御できる情報屋は、自然と評価も上がる。
ラディへの評価は――――
「……いいでしょう。最低限の仕事はできそうですね。買い取ります」
買い取るとは、交渉の場に挙がった情報を『全て』買い取るという意味。
ラディは一つ頷き、目の前の人物――――クリオネ=ミラーの意向に従った。
教会関係者が情報屋を利用するケースは、決して少なくない。
教会と言えど、そこにあるのは強固な上下関係と駆け引きに彩られた内部対立。
大学などの組織と構造は変わらない。
ならば、情報が主武器となるのは必然だ。
とはいえ、表立って情報屋から情報を買う訳にはいかない。
まして、高い地位にいる人間であれば尚更だ。
近隣を活動の拠点としている情報屋であれば、足がつきやすい。
必然的に、依頼する対象は遠方の情報屋に限られる。
ギルドに属していない情報屋であれば尚、利用しやすい。
クリオネにとって、ラディは格好の人材だった。
ただ一点――――
「……案の定、乗ってきたねー。いちいち発言の度に見下してくる感じが程よくゲス」
自分の行動を、筒抜けにしてしまうという事を除けば。
エルアグア教会の医療室で肩を竦めながら苦笑するラディに、マルテは顔を引きつらせながら猜疑的な目を向けていた。
アウロス達が枢機卿ロベリアの屋敷を訪れてから、今日で一週間。
表向きの状況は何一つ変わっていない。
フレアは変わらず医務室のベッドで寝ているし、アウロスもマルテも依然としてこのエルアグア教会で生活をしている。
だが、彼らを取り巻く環境は大きく変貌していた。
フレアを人質に、エルアグア教会へ強制的に加入させられたアウロスは、近日中に『エルアグア教会へ送り込まれたロベリアからの間者』という立場へと転身を遂げる予定でいる。
この予定とは、デウスが用意したシナリオだ。
デウスのシナリオは、ある意味とてもシンプルだった。
まず、元々アウロスはロベリアが『四方教会を殲滅させる為にロベリアが四方教会へ送り込んだ刺客であり間者』という事になるらしい。
当然、それは真実ではないし、ロベリアにも心当たりは全くない。
だが、アウロスがデウスと接触する前に、既にアウロスとロベリアは細い糸でつながっていた。
ロベリアと敵対するこのエルアグア教会の長、グランド=ノヴァの派閥とされているミハリク=マッカ司教は、アウロスに対して発表会の席上で明確な敵意を見せた。
つまり、エルアグア教会とアウロスが敵対しているという構図が成立する。
そうなると、敵の敵は味方――――という単純な理論から、アウロスはロベリアの味方と推論できる可能性が生まれる。
当然、そこには確証などないし、そもそも事実ではない。
派閥はこの二つだけではないし、それ以前にアウロスはデ・ラ・ペーニャを三分割しているいずれの派閥にも関心すらないのだから。
だが、ウェンブリーの元大学研究者が第一聖地マラカナンへ赴き、四方教会に加入したという事実を他人が知れば、関心なしと判断される事はあり得ないだろう。
誰もが間者だという推論に限りない確信を持つ。
傍から見れば、アウロスの行動はそういう行動だ。
デウスが用意したシナリオは、それを利用したもの。
『アウロスはロベリアの味方』という架空の事実に説得力を持たせる為のものだ。
そして次に、アウロスはエルアグア教会へと加入する。
これは、デウスがアウロスを買っていて、自分の右腕として傍に置いておく為――――
というシナリオになっている。
実際、クリオネにはそう見えているだろう。
そうなってくると、クリオネはこう考える。
『ロベリアの送り出した間者が上手くデウスに取り入って、エルアグア教会への侵入に成功した』
デウスはアウロスに体よく利用されている、と。
事実、アウロスはつい一週間前、エルアグア教会を欺きロベリアとの接触を図った。
これが確固たる証拠となる。
よって、現在クリオネから見るアウロスの立場は、以下の通りとなる筈だ。
当初はロベリアがデウスを監視する為に放った間者だが、デウスが四方教会を解体し反教皇派と組んだ為、反教皇派たるエルアグア教会の監視へと役割を移行した。
ここに到る過程には矛盾はなく、何よりデウスが隠している事が正しい証拠――――
クリオネはそう確信するだろう。
それが、デウスの思惑だった。
そして、このシナリオが意味するのは、『クリオネはアウロスの存在がロベリアの致命傷になると確信している』点。
アウロスを拷問にかければ、ロベリアの派閥を潰せるほどの材料が直ぐに見つかる。
若しくは、アウロスに偽の情報を掴ませれば、容易にロベリアを出し抜く事ができる。
利用し放題だ。
今ごろ、クリオネはその方法をしたり顔で吟味しているに違いない。
更に、ロベリアの間者にあっさりと利用され、信じ込んでいるデウスも恐るるに足らず。
教皇の息子という立場と、然程キレない頭――――実に利用し易い存在だと、そう認識しているだろう。
全てが順調だ。
――――そうクリオネに思わせる事ができる。
デウスはそこまで考え、アウロスを『敵役』にしようと考えた。
だが、アウロス単独による『謀反』だと、幾らロベリアの間者という設定とはいえ心許ない。
デウスを誑かすという役割を演じるには、まだ足りない。
もっと強力な敵であるべきだ。
ならば――――そこに四方教会全員を当て嵌めれば良い。
かつてデウスが己の理想を現実化する為に作った四方教会。
もし、その四方教会が、デウスの独善的なリーダーシップに不満を抱いていたとしたら。
そして、その四方教会をアウロスが束ねていたとしたら。
いや、事実束ねている。
実際に、アウロスを中心にエルアグア教会へと忍び込んだ事があったからだ。
その際に最も高い能力を見せたのがアウロス。
クリオネ自身がそれを目撃している。
アウロスが新たなリーダーとして四方教会を動かしている可能性は十分にある。
――――クリオネは、そう結論付ける。
何故なら、組織を動かす者は敵も組織化したがる傾向にあるからだ。
個人で実に上手く動いている敵に対し、背後には強力な組織の存在を予感する。
これは自分自身がそうであるから、自然と身についた習性だ。
必ず、クリオネはアウロスと四方教会がつながっていると見做す。
だから、その認識のままに四方教会はアウロスと共に『エルアグア教会の敵』とする。
これが、一週間前――――ティアの語ったデウスのシナリオの全容だった。