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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
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第8章:失われし物語(13)

「……」

 アウロスの発言に極端な反応を示した者は――――いない。

 つまり、元四方教会の面々は既に知らされていたか、その結論に自力で辿りついたかの どちらかという事。

 アウロスはその確認を終えた後、言葉を待った。

「何故にそう思うか、聞こう」

 いつの間にか、サニアが戦闘モードの表情と口調に変わっていた。

 つまり、この場もある種の戦場。

 舌戦――――というより情報戦だと解釈したらしい。

 面倒な性質だと心中で苦笑しつつ、アウロスは小さく頷く。

「別に難解な解釈って訳じゃない。デウスの目的と人格から優先順位を割り出せば、そこからは逆算するだけでいい」

「逆算……って何さ?」

 マルテが混乱に近い表情で問う。

 父親の行動理念を知りたい――――という意識はないらしく、あくまで現状を把握したいという気持ちが強いのか、身を切るような切実さは然程見えない。

「明確な目的を持っている人間は、その目的に辿りつく青写真を描く。当たり前の話だ。だから、その目的への道を辿れば、一見素っ頓狂に見える行動にも裏があるとわかる。デウスの場合は特に、その『素っ頓狂さ』が顕著だ」

「つまり……デウス師のこれまでの行動には隠された意図がある、今回も例外ではない。そう言いたいのだな」

 サニアの補足に異論はなく、アウロスはもう一度頷いた。

「今回の件の真意を測る前に、奴のこれまでの行動を俺なりに解釈してみるとするか」

 そしてロベリアの方を眺めつつ、告げる。

 これからする説明は、貴方に聞かせるためだ――――そう言わんばかりに。

「まず、四方教会の設立。これは自分がこの国の王になる為の活動を行う上で必要な組織として作り上げた……という事が第一」

「私としては、その時点で疑問を投げかけたいところだがな」

 腕組みをしつつ、ロベリアが呟く。

「奴は教父の実の息子。他に幾らでも方法はあったはずだ。何故、教会を出て自ら拙い組織を立ち上げる必要があった? 現在の教会が気にくわないのであれば、教皇となってから改革すればいい。改革を強調するために組織を立ち上げるのなら、もっと力のある組織にすればいい。できたはずだ」

 拙い組織――――と表現されたトリスティは一瞬ムッとするが、サニアはまるで意に介さない。

「枢機卿殿の発言は、デウス師の気性を考慮に入れていないな」

 怒気の代わりに、微笑混じりの反論を投げかけた。

「気性……いや、私は奴の気性は知っている。確かに、与えられた権力を善しとする性格ではないし、財力や権力をもって組織を作るような男でもない。だが、この国を統べる覚悟があるのなら、そのような性格上の齟齬には一瞥もくれないのが、覇王たる素質ではないのか?」

「その考えは、適当とは言えない」

 アウロスが淡々と割って入る。

 サニアは確信していたかのように、アウロスに発言を譲った。

「アンタは頭の中では区別しているつもりでも、実際には『教皇』と『王』を識別していない。教皇になる事と王になる事は全く別だ」

「む……」

 アウロスの指摘に、ロベリアは瞼を微かに痙攣させた。

「あの男は、アランテス教会を滅ぼすつもりだ。王になるっていうのはそういう事だ」

「うむ。その通りだ。デウス師はそのつもりでいる筈」

 サニアも同意を示す。

 教会を滅ぼす――――言葉にすれば至極明瞭。

 だが、事はそう単純ではない。

 デ・ラ・ペーニャの歴史はすなわち、魔術の歴史。

 アランテス教会そのものだ。

 魔術国家から魔術の総本山を切り離す事など、アイデンティティの崩壊以外の何物でもない。

 単に、トップが『魔術国家の冠は外す。アランテス教会はなくす』と全世界に向けて発言したとしても、それだけでは教会は滅びない。

 或いは、デ・ラ・ペーニャが滅びても教会は滅びないかもしれない。

 それくらい、大きな、そして根深い存在だ。

「アランテス教会を滅ぼすには、内からだけでも、外からだけでもダメなんだ。

 内外双方、もっと言えば国内外双方の干渉が必須。アイツはそこまで考えて四方教会を作ったんだろう」

 そこまで話したアウロスに、トリスティが引きつった顔を向けた。

「……そりゃ、師匠が目をつける訳だよ。この短期間でそこまで把握してたの?」

「確信を持ったのはここ最近だ」

 肩を竦めつつ、アウロスは若干前のめりになっていた体勢を戻した。

「四方教会にはいくつかの役割がある。例えば『市民の味方』。脱力ものの布教活動は、市民に身近な存在だというアピールだろう。ボランティア活動も同様だ。同時に民間レベルの情報にも目を向けていたかもしれないな。情勢ってのは、最終的には国民が作るものだ」

「確かに、情報収集は広範囲に亘っておった」 

 サニアが頷くのを視認し、アウロスは言葉を紡ぐ。

「だけど、目的はこれだけじゃない。ある程度まで育てたところで、切り離す。そうする事で、内外の『内』に対する信頼を得やすくなる」

「あ、それはわかる! 今までやってきた反教会を捨ててまで教会に入るんだから信用してくれよー、って事だよね?」

 ようやく自分にも理解できる話になったところで、マルテが必死に割り込んで来た。

「……ああ。でも、これだけでは『外』をフォローできない。そこで、四方教会の再利用だ。再利用っていうより、元々そこが終着点だったんだろうが」

「うう、またわかり難い話になった……」

「そうでもない、寧ろこれが一番簡単だ。最初に戻るんだからな」

 萎んだマルテの肩を、アウロスは拳で軽く叩く。

「最初……?」

「抵抗勢力、という事だ」

 答えたのはサニアだった。

「何故、デウス師が貴様等に外出を許したと思う? 我等がわざわざ刺客として阻止するまでもなく、デウス師の立場なら外出禁止とするくらい訳もない」

「あ……」

 つまり、これは明らかにデウスが狙って作られた状況。

 マルテはそれをようやく理解した。

「わざと泳がせた。そして、枢機卿殿との接点を容認した。

 その時点で、貴様等はグランド・ノヴァ派に対する裏切り者という事になる」

「そ、そうなの?」

「枢機卿殿はグランド・ノヴァ派にとっては敵の大将。接触の時点で重大な裏切りである事は言うまでもなかろう」

 呆れ気味に告げるサニアに対し、マルテは絶句していた。

 ちょっとした外出のつもりが、気付けばエルアグア教会を敵に回す行為に荷担していたのだと、ようやく理解して。

「ま、まあ別にあの人達に思い入れも義理もないけどさ……っていうか僕、確かデウスさんと親子関係にあった気がするんだけど、もう敵になっちゃうの?」

「うむ。紛う事なき敵だ」

「……なんだいこの人生」

 ふて腐れ気味に項垂れるマルテ。

 だが、声には言葉ほどの諦観はない。

 まだ父親と息子の自覚はないに等しいという事だ。

「で、でもさ、なんでデウスさんはわざわざ僕らを見逃して、敵になる事を容認したのさ。それだったら、最初からエルアグア教会に引き入れなきゃいいじゃん」

「それは……ん、まあ状況は常に動くという事だ」

 サニアが急に言葉を濁す。

 マルテは訝しい顔をしながらも、首を傾げるだけに留めた。

「で、俺等は晴れてエルアグア教会の敵となった訳だけど……話はここでは終わらない」

「無論だ。もしここで終われば、デウスは責任を負う事になる。裏切り者は皆、デウスの下の者なのだからな」

「俺はアイツの下についたつもりはないけど」

 ロベリアに牽制を入れつつ、アウロスはトリスティに目を向ける。

「デウスが、自分に対する抵抗勢力として育てた組織。それが四方教会だな?」

 そして、ようやく最初の回答へと辿りついた。

「……ま、そういう事だよね。オレっち達は最初から、師匠の敵役として育てられたんだよね」

「へ……? そ、そうなの?」

 まだ真意を読めていないマルテが驚きの声をあげる中、ずっと沈黙していたティアがゆっくりと立ち上がった。

「物事は正確に表現すべきです。敵ではありません。『倒され役』です」

 そして、鋭い目をアウロスへと向ける。

 まるで――――

「今から話す内容に、貴方は驚愕し、恐れるでしょう。そして後悔する。貴方がレオンレイ様に軽口を叩いていた過去に」

 長らく追っていた獲物の体力が尽き、地に伏した姿を認識した殺戮者のような目を。


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