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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
178/381

第8章:失われし物語(12)

 夜の帳が下り、静寂が包む枢機卿ロベリア=カーディナリスの屋敷は、教会とは異なる荘厳さを備えている。

 例えば、廊下。

 エルアグア教会のような広大さはないが、炎よりも赤い絨毯には埃一つなく、対照的にそれを照らすランプの灯の数は多い。

 そして、これもまた対照的に――――煌々と光り続けているその廊下を歩くロベリアの顔は、深く沈んでいた。

「娘さんの怪我は俺の責任です。申し訳ありません」

 余り積極的には使わない丁寧語で、アウロスは一歩前のロベリアに謝罪する。

 予後は悪くないとはいえ、娘が日常生活に支障が出る可能性が高いほどの大怪我を負ってしまったとなれば、憤慨は当然。

 まして、枢機卿という身分にいる人物。

 自分の責任だと認めれば、死刑宣告されても何らおかしくはない。

 それでも、アウロスはそう告げる。

 勿論、死ぬ訳にはいかないし、死を免れる為の策を講じてはいるが、それでもある程度の覚悟をもって。

「……娘が、泣いていてね」

 だが、ロベリアの返答はアウロスの言葉と直接つながらないものだった。

「思い通りに動かない右腕。父親と敵対する派閥に与せざるを得ない状況を生み出した行動。そして……今日の敗北」

 敗北――――その言葉が廊下に重く響く。

 フレアとサニアの三度目の戦闘は、一瞬で幕を閉じた。

 突進するフレアに対し、サニアは一切魔術を使う事なくフレアの右側へと上体を傾けた。

 フレアにしてみれば、自分の腕が動かない事を読まれていた――――それ自体は織込み済み。

 先刻の闘いの中で、自分が右腕を気にしている事を自覚していたのだから、それが対峙する相手に伝わるのは寧ろ必然だったからだ。

 だから、その弱点を突かれるのも想定済み。

 サニアが半身になってフレアの右側から拳を振り回してきた時も、事前に予測していただけに反応は速かった。

 

 ――――速過ぎた。


『右腕の方から仕掛けられる』という意識が過剰だった為、つい過敏に反応してしまい、それがフェイントだと気づいた時にはもう遅かった。

 次の瞬間、サニアの左足に両足ともども払われ、転倒。

 首に足を添えられ、余りに呆気ない敗北が決定した。

 フレアは――――為す術もなく敗れた。

 結果、アウロス達はサニア達の言う事を聞かなければならなくなったのだが、その彼らが指示したのが、『まずは枢機卿の屋敷へ』というもの。

 枢機卿との接触を阻止するのが彼らの役割だったにも拘わらず、だ。

 当然、転倒の際に負傷したフレアの手当を――――等という人情話ではない。

 まして、父娘の再会などが理由である筈もない。

 アウロスはその矛盾する指示を特に抵抗もなく受け入れた。

 フレアは負傷箇所を手当てし、屋敷の一室で休む事となった。

 そしてつい今しがた、その部屋にロベリアが入り、アウロスは部屋の外で父娘の再会が終わるのを待って――――今に至る。

「あの娘は、他人に甘えるという行為の意味を理解していなかった。

 そういう育て方をされていたようだ。甘えるという行為そのものを見た事すらなかったのだろう」

「……」

「そのフレアが……私に涙を見せて『もう前みたいに闘えない』とすがって来たんだ」

 ロベリアの表情は――――穏やかだった。

「フレアは、私を殺す為に派遣された暗殺者だったんだよ」

 その顔のまま、歩く速度を緩める事もなく、ロベリアは言葉を連ねる。

「敵の頭を討つ専門家『枢軸殺し』として、私の命を奪おうとした……が、まだ未熟だった為に成功しなかった。成功する筈がない。ガーナッツ戦争時の話だ。あの娘はまだ6歳だったのだから」

「6歳……だからこそ、か」

 アウロスの言葉に、ロベリアは頷かずに間だけで同意を示す。

「誰もそんな幼い少女が暗殺者だとは思わん。考案した者は鬼畜としか言いようがない。

 だが、そんな連中に我々は大敗を喫した」

 ガーナッツ戦争は、魔術士に屈辱と尊厳の崩壊をもたらした。

 その中で、枢機卿ロベリアの忸怩たる思いは取り分け大きかった――――そう容易に想像できるほど、彼の顔は強張っていた。

「フレアをはじめ、あの戦争では暗殺者が多数派遣された。だが、成功が目的ではなかったのだ。幼い暗殺者に対する同情、怒り……感情をかき乱せばそれでな。結果、指令系統の感情にムラが生まれ、連携は断たれる。悪魔の仕業だよ」

「……そうだな」

 だが、その作戦は魔術士側であるデ・ラ・ペーニャにおいても起用された。

 当事者であるアウロスは、その事を知っている。

 敢えて口にはしなかったが。

「私はあの娘が不憫で仕方なかった。私の子にしたのは、それだけだったのかもしれん。

 だが、同情だけで子を育てる事は出来ん。私はよき親にはなれなかった」

「過去形なんだな」

 応接間の扉の前まで到達したところで、ロベリアは歩を止める。

 アウロスの方は見る事なく――――

「……ようやく、親らしく甘えて貰う事が出来たよ」

 声に笑みを乗せた。

「フレアの怪我はフレアがお前を守りたいと思ったから負ったもの。

 親として出来るのは、お前を咎める事ではなく、あの娘の思いを汲んで未来を考える事だけだ。あの娘が闘えなくなって、実はホッとしている」

 それは――――アウロスにとって、予想していた感情だった。

 だが、そんな親の情に付け入って、自分の責任をなかった事には出来ない。

「もし、フレアが『闘えるようになりたい』と言うのなら、俺がそう出来るよう尽力する。日常生活に影響する後遺症が残るのなら、俺があの子の右腕の代わりになる。それで許してくれ、とは言えないけど……」

「出来もしない事を言うべきではない」

 そんなアウロスの思いを、ロベリアは複雑な顔で受け取った。

「お前には目的があるのだろう? それを達成する為に生きているのではないのか?」

「ああ。例えどんな事があっても達成する。でもそれは、免罪符じゃないんだ」

 自分のした事への責任を、夢に押しつける訳にはいかない。

 そんな卑怯な生き方は許されない。

 自分は今、アウロス=エルガーデンなのだから。

 真っ直ぐな声で、夢を唱え続けた――――あの少年なのだから。

「だから、まあ効率は悪くなると思うし、親のアンタにとっては不服かもしれないけど……」

「目的への道中、あの娘を旅のお供にするという事か」

 初めて――――ロベリアが破顔した。

「私はお前に『あの娘を任せた』と言った。不服である筈もない」

「……いいのか? その言葉の直後に大怪我を負わせるような男なのに」

「フレアは変わった。甘えられる人間味を身につけた。今は沈んでいるが、

 必ず立ち直ってくれると信じている。そう信じられるのは、お前があの娘を変えてくれたからだ。二度目になるが、腕の怪我はあの娘の責任。あの娘が、義務感でも責務でもなく、自らの身と引換えに守りたいものが出来たというのなら……それは成長という親の最も喜ぶべきものなのだよ」

 応接間の扉を開くロベリアの顔は、アウロスからは見えない。

 その背中へ向けて、アウロスは一礼した。

 枢機卿――――その立場にいる人間の懐の深さに。

「おっそいよ! 何してたのさ!」

「そーだそーだ。オレっちすっかり腹減っちまったぞー」

 そんな厳粛な雰囲気が、マルテとトリスティの不平によって崩される。

 アウロスは親指でこめかみを抑えつつ、手前の椅子に腰かけた。

「済まなかった。では、話を聞くとしよう。四方教会の……いや、デウスの使者と言うべきかな」

 ソファーの奥に腰を落としたロベリアが、静かな迫力で目の前に座る3人を睨み付ける。

「……ぅ」

 隣に座る事となったマルテが一番怯えていた。

「あ、えーと……オレっち、もうリーダーじゃないんだよね?」

 すっかり元の頼りなさげな少年に戻ったトリスティは、オドオドしつつサニアに目を向けた。

「ぼーっ……」

 戦闘モードでないサニアは聞く耳持たず。

「……」

 失態続きのティアに到っては、死んだ目のまま。

「な、なんつー役立たずな年上の女ども……はぁ」

 結局、トリスティが進行役に就任した。

「えー、オホン。その通り、オレっち達はデウス師匠の使者として、ここに来たんだ」

「やっぱりか」

 トリスティの言葉に、アウロスは納得した顔で瞑目する。

「……やっぱりって?」

「お前等は、俺達を止めに来た訳じゃない、って事だろ? ま、ここに俺達を入れてる時点でそれは確定してるんだが」

 ティアを含む全員の視線が、アウロスに向く。

「あの……アウロっち、何処まで事態を把握してんのか聞いていい?」

 そんなトリスティの注文に、アウロスは小さく頷いた。

「デウスは、お前等を抵抗勢力にする気だ」



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