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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
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第8章:失われし物語(11)

「フレア、戻ってこい。仕切り直しだ」

「……わかった」

 アウロスの呼ぶ声に応じ、フレアは敵3人を警戒しながら、アウロスの元へ駆け寄る。

 マルテの守りを考える必要がなくなった結果、あらためて2対3の構図が出来上がった。

 数的不利は変わらないが、先の戦闘でアウロスはかなり多くの情報を得る事に成功している。

 フレアもサニアの魔術によるダメージからかなり回復している。

 あと必要なのは――――

「お前、なんでさっきトリスティを狙ったんだ?」

 自分の味方の情報を得るのみ。

 呼び寄せた理由はそれだった。

「ヤツがこの場の頭だったからだ。頭を叩くのが私の闘い方だ」

「そうか。それじゃ……」

 その確認も終わり、アウロスは戦闘態勢に入った四方教会の面々に目を向ける。

 そして、提案を口にした。

「そっちの頭とこっちのフレアが一対一で闘う。負けた方が勝った方の言う事を聞く。

 それでどうだ?」

「なっ……」

 そんな発言に対し、ティアが驚きの声をあげた。

「何を言い出すかと思えば……こちらは三人、そちらは二人なんですよ? 

 どうしてこちらにわざわざ不利な条件を呑む必要が……」

「不利ではない」

 肩を竦め嘲笑を浮かべるティアを戒めたのは、サニア。

 鋭い目つきでアウロスを睨みつつ、口は笑みを浮かべている。

「多対多であれば、既にこちらに勝ち目はないのだからな」

「そんな筈は!」

 腑に落ちないというティアに対し、答えたのは――――

「そりゃそーだよ。だって、もうオレっち達がマルテっちに危害を与える気はない、ってのバレバレじゃん? つまりそれって、師匠の子供っちなんだから、マルテっちは絶対傷付けないようにしないと』って言っちゃったのとおんなじじゃん。つまり、盾にされちゃったらもうお手上げなんよね」

 呆れ顔のトリスティだった。

「……あ」

 自分の失態にようやく気付き、ティアの顔が蒼白になる。

「で……どうするんだ? まだ続けるのか?」

 空気が変わった事を察し、アウロスが問う。

 それに答えたのは――――

「当然です」

 強張った表情のティアだった。

「私達の目的は、貴方たちを枢機卿と接触させない事。貴方たちがこの先へ向かう限り、私達はそれを妨害する責務があります」

「……だ、そうだ。よかったなマルテ」

「へ? 何がさ」

「どうやらお前の父親は、お前を殺す気はないらしい」

 キョトンとした顔に、アウロスはそんな事を告げる。

 だが、ティアはその発言を鼻で笑う。

「それはどうでしょうかね。決めつけるのは自由ですが……」

「止めておけ、ティア。もう気づかれておる。結界が解かれた際、貴様はデウス師の御子息ではなく、アウロスを狙ったと断言しているのだからな」

「あ……」

 自分の失言に気づき、ティアはバツの悪い顔で眉間に皺を寄せた。

「え、えっと……つまり、僕は殺される心配はない、って事……だよね?

 っていうか、父親に殺される心配をしなきゃなんないって、どうなの」

「身分が身分だから仕方がない。一応自覚はしておけ」

「難しいなあ……」

 教皇の孫、という扱いを受けた事がずっとなかったマルテは

 小首を傾げて悩み始めた。

「ま、そんな事をするようなタマではないと確信してはいるが……それでも、我らはその可能性を完全に消す訳にはいかぬ」

「部下の辛いところだよなあ。はぁ……ったく」

 サニアとトリスティは、同時に嘆息した。

「よって、我らはこの提案に乗らざるを得ぬ。結界を解くという行為は、枢機卿の娘を支援するだけでなく、この状況を生み出す為……我らがデウス師の御子息に害を成す存在ではないという情報を得る為の行動だったのだな。恐ろしい男よ。デウス師が一目置くのも頷ける」

「そんな事はどうでもいい。で、受けるんだな?」

 自身への褒め言葉に関心などないアウロスは、サニアへ向けて半眼で掌をヒラヒラさせた。

「うむ。我が出よう」

「へ? リーダーが、って話でしょ? ならここはオレっちじゃね?」

「先程まではな。集中力を欠いた今の貴様を主幹と認める訳にはいかぬ。

 そっちの抜け殻は論外。故に我が主幹だ。枢機卿の娘、我では不足か?」

 アウロスの仕草が伝染ったのか、サニアはトリスティへ向けてシッシッと手で追い払う動作を見せ、その後フレアと向き合った。

「……いや。お前とは一対一だから、決着をつけたい」

「そういう事だ。路地裏での攻防は貴様、先刻の攻防は我。

 ここでハッキリと白黒をつけようぞ」

 サニアの言を合図に、両者が一歩前に出る。

 抜け殻――――とサニアに称されたティアは、自身の度重なる失態に自己嫌悪の極地にいる模様。

 表情を失った顔で、ブツブツと何か呟いている。

 そんなティアを一瞥したのち、アウロスはその場に腰を下ろした。

 隣のマルテは思わず目を丸くする。

「ちょっ……座っちゃっていいの?」

「向こうは魔術士だからな。魔術が相手なら、座ってても特に問題はない」

「そっか。それじゃ僕も。ちょっと疲れたし」

 マルテもアウロスに倣い、座り込む。

 実は、『自分が命を狙われている訳ではない』と知り、緊張が緩んだ事で精神的疲労がピークに達していた。

「……もしかして、僕に気を遣ってる?」

「お前に今更気なんて遣うか。座りたいから座っただけだ」

「でもさ……フレアさんに闘わせるのも、彼女の誇りっていうか……手が動かせなくなって自信なくしてるかもしれない彼女を奮い立たせる為なんでしょ? この闘いなら命までは取られそうにないから、打ってつけだもんね」

 珍しく、鋭い指摘をするマルテに、アウロスは横目で視線を向ける。

「別に、僕が鋭くなったとか、頭が急に良くなったとか、そういうんじゃないよ。

 アウロスのお兄さんが考えそうな事、少しずつわかってきたってだけ。慣れだね」

「……」

 口調こそ違うが、話し方や態度はまるでアウロス。

 そんなマルテの姿に、アウロスは眉を微かに引きつらせた。

「でも、こういう気の遣い方してると疲れない?」

「……他人に気を遣うなんて、俺にはあり得ない事なんだけどな」

 ずっと一人で目的への道を走り続けていた。

 だから、他人の事を考える必然性もゆとりもなかった。

 けれど今は、自分なりの他人との接し方を模索している自分がいる。

 目的への最短距離の道を走る為、極限まで視野を狭めた自分はもういない。

 それが善か悪かはわからないが――――アウロスは、今の自分の置かれている状況と自分の中に訪れた変化を、どうにか受け入れていた。

 あの牢獄から――――戦争から解放された時に比べれば、そこまで難儀な変化ではない。

「いつか、聞かせてよ。アウロスのお兄さんの昔話」

「……なんでそんな事、お前に話さなきゃならないんだ」

「えー、それくらい別にいいじゃんさー。ケチんぼだなあ……っ」

 笑いながらアウロスと話していたマルテが、突然身を竦ませる。

 周囲の空気が突然、一変したからだ。

 それは例えば、急に突風が吹いて息が出来なくなるような感覚と似ていた。

 空気を変えたのは、対峙する女性2人。

 一方は、誇りを取りもどす為。

 一方は、誇りを勝ち得る為。

 何より――――大切な人の為。

 負けられない一戦へ向けて、集中力を高めていた。

 腰を下ろしたまま、アウロスはそんな2人の戦力差を分析してみる。

 身体能力は確実にフレアに分がある。

 特に身のこなしは、サニアも魔術士の中ではかなり高レベルな部類に入るものの、フレアの方が一枚も二枚も上。

 接近戦に持ち込めば、フレアが有利――――

「……」

 そんなアウロスの思考を映し出すかのように、フレアは地を蹴って

 サニアへ向けて突進を始めた。





 ――――決着は一瞬でついた。




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