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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
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第8章:失われし物語(7)

 日が傾きかけ、陽の光に紅い色彩が混じり始めた頃――――

「起きろ。そろそろ着くぞ」

「ん……」

 フレアの言葉で、アウロスはゆっくりと目覚めた。

 柔らかな夕陽が作る景色は暖かな空気を生み出しており、寒冷な気候をしばし忘れさせてくれる。

 とはいえ――――そんな感傷も目が冴える頃にはすっかり消え失せていた。

「お兄さん、随分ガッツリと寝てたね」

「ああ……ここのところ寝不足だったからな。色々考え事が多くて」

 欠伸を噛み殺しながらマルテの声に応えたアウロスは、緩慢な動作でフレアに顔を向ける。

「お前はちゃんと寝られたか?」

「……そんな事を聞いて何の意味があるんだ?」

「ただの日常会話だ。そう身構えるな」

「お前が普通の事を言うと、すごく意味深に聞こえて不気味だ」

 心外な返答に、アウロスは眉間に皺を寄せつつ天を仰ぐ。

 とはいえ――――日常会話を自分が進んで行う事自体、不気味と言われても仕方ない事ではあった。

 長い大学生活を経て、自分が面倒を見なければならない危なっかしい2人を帯同する立場になった事で、これまで空っぽだった引き出しの中に様々な物を入れていかなければならなくなった。

 日常会話の促進も、その一つ。

 余り実を結んでいないのはご愛敬だ。

「さて。もうすぐ着くのなら、そろそろ話しておこう」

 すっかり眠気の覚めた頭を働かせ、アウロスは2人と向き合う。

「そんな改まって、何をさ」

「今俺らが置かれている状況だ」

「それは朝に聞いたよ。寝ぼけてる?」

 マルテのジト目に対し、アウロスは――――

「……あうっ!?」

 青魔術で小さな氷を作り、マルテの額に直撃させた。

「痛いよ……酷いよお兄さん」

「生憎、もうしっかりと起きてる」

「ツッコミなら手でやってよ……魔術ツッコミなんて聞いた事ないよ」

 涙目のマルテを無視し、アウロスは至って真面目な顔で2人を交互に眺め――――

「俺ら……というより、お前等には常に監視の目が向けられている可能性が高い」

 そう告げた。

「……え?」

 キョトンとした顔で驚きを表現するマルテ。

 一方、フレアは特に感情を揺り動かす事はしなかった。

「フレアは気づいていたみたいだな」

「そ、そうなの? でも、この馬車を監視してる人って……」

 かなりの速度で長時間移動する馬車を外から監視する事など、同じく馬車に乗って移動する以外には不可能。

 だが、追跡している馬車は今のところ、ない。

 ――――あくまでも『外』からは。

「まさか……御者の人?」

 声の大きさを最小限にまで抑え、マルテはチラリと馬車の前方を見やる。

「中々鋭い。それで正解だ」

 アウロスは口元を微かに緩め、首肯した。

「え、だってこれ、普通に荷物運んでる荷馬車だよ? 教会が用意した馬車ならともかく……」

「簡単な事だ。エルアグア教会周辺の全ての馬車、御者に対して通達しておけばいい。隻腕の少年か、腕を負傷している少女を見かけたら途中で教徒に報告するように、ってな」

「報告? え……もしかして、一旦止まった時?」

 マルテの言葉に、アウロスはゆっくりと頷く。

「あの時、御者が入った建物には窓がなかった。食事を出す場所でもなければ休憩する場所でもない。わざわざあんな場所に入った理由は、他にない」

「で、でも、推測の域を出ないんじゃ……」

「私もそう思う。思い込みとまでは言わないけど、確証はないだろ」

 フレアもマルテに同調し、訝しそうな顔でアウロスを眺める。

 だが、アウロスの顔色は変わらなかった。

「ああ。だから『可能性が高い』に留まる。そもそも、この馬車の御者が監視役でも何でもないのなら別に問題はない。警戒したところで、少し気疲れする程度だ」

「……まあ、そうだけど」

 腑に落ちない様子で、マルテは口を尖らせる。

 実は――――そのマルテの存在こそが、御者が監視役だとアウロスが疑った最大の理由だった。

 隻腕の少年をすんなり荷馬車に乗り込ませるほど、この国の住民は寛容ではない。

 クリオネの吐いた言葉通り、差別の対象だからだ。

 金を支払う辻馬車ならまだしも、突然押しかけて荷台に乗せてと頼めば、まず難色を示され、断られる。

 だが、実にあっさりと受け入れられた事で、ほぼ監視役だと確信していた。

 尤も、これをマルテに話す理由はないので、ぼかした言い方に終始しているが――――

「そんな訳で、これから話すのは監視されている事が前提だから、そのつもりでいろ」

「……あんまり釈然としないが、わかった」

 フレアも多少はその事を察しているのか、割とすんなり受け入れた。

「で、これから向かうロベリア邸……別荘だけど、多分そこに行く途中、刺客に絡まれる」

「刺客……えええええ!?」

「バカ、声が大きい」

 フレアが割と強めにマルテの頭をはたく。

「あう……ゴ、ゴメン。でも、驚いちゃうって。なんで刺客なんて物騒なのがいるのさ」

「監視されているのなら、当然そういうストーリーになるんだよ。

 エルアグア教会の連中にとって、折角のアドバンテージが消えるかもしれないんだから」

 涙目のマルテに、アウロスは淡々と告げた。

「行き先は御者が知ってる訳だから、その御者が監視役なら当然、俺達の行き先はバレる。バレれば、阻止するに決まってる。簡単な話だ」

「だったらどうして、父に会いに行く?」

 フレアの当然と言えば当然の問いに、アウロスは眉を微かに上げて答える。

「当然、俺の論文をお前の父親が余所に流さない為だ。お前がケガした事で、俺の信頼は地に落ちてるかもしれないからな。割と切羽詰まってるんだよ」

「そうか」

 納得するフレア。

 実際には――――理由はもう一つある。

 一刻も早く、フレアとロベリア両方の不安を取り除く。

 遅くなれば、また妙な親子関係になりかねない。

 ただでさえ、言葉の応酬が圧倒的に足りない親子なのだから。

「あ、着いたみたいだね」

 マルテの発言の通り、馬車が徐々に速度を落とす。

 そこは、アウロスにも見覚えのある通りだった。

 馬車が停まった場所からロベリア邸まで、徒歩5分といったところ。

「世話になった」

 アウロスは監視役と疑っている御者に礼を言い、地面に下りる。

 その後に残り2人も降り、荷馬車の行方を見守る事なくロベリア邸へと向かって歩き出した。

「ねえ……刺客、ホントにいるの? もしいるんなら、もうすぐご対面じゃない?」

 一人不安がるマルテが、アウロスの腕を掴んで怖々訊ねる。

「ああ。俺の予想では、確実にいる」

「だ、大丈夫なの? 教会の刺客なんでしょ? で、大人しく言う事を聞く気もないんでしょ? もしかして、戦闘勃発?」

「そうなるかもな」

 アウロスの右手の指輪が、夕日に反射して鋭く光った。

「だったら、せめてフレアお姉さんのケガがもう少し治ってからにすればよかったんじゃ……」

「私の腕は完璧には治らない。だから、時間をおいても大して変わらない」

 既に覚悟を決めているのか。

 フレアは負傷した右腕を一度摩り、左腕を2度ほど回した。

「もし刺客がいるのなら、いい機会だ。これから私が闘えるかどうか、見極められる」

「うわ……この人やる気満々だよ。っていうか、フレアお姉さんに寝るように言ったのって体力を温存させておくためだったの? 僕は戦力にならないからどうでもいい……と」

「というより、最初はお前に御者の様子を確認してもらう為に起きててもらおうと思ってたんだけど、ほぼ確証を得たってだけだ。まあ、お前が戦力じゃないのは確かだけど」

「うう……なんか複雑。戦わなくていいのはありがたいけどさ」

 疎外感を覚えたのか、マルテは俯き、トボトボと歩く速度を落としていった。

「お前は戦士でも魔術士でもないんだから、戦力じゃないのは当たり前だ。

 自分が誰かの役に立ちたいのなら、自分でその役割を見つけろ。そこのお姉さんみたく」

「僕も戦士になれっての?」

 アウロスの言葉を受け、マルテはフレアへ目を向ける。

 細身ながら、しなやかな筋肉を身につけた少女。

 研ぎ澄まされたその身体は、武の心得のないマルテでも、ある程度は理解できる。

 相当な修練を積まなければ、こうはなれないと。

 フレアは視線に気付き、マルテと目を合わせた。

「お前、私みたいになりたいのか」

「……遠慮しておくよ。大変そうだし」

「そうだ、大変だ。お前みたいなヘタレには無理だ」

「えっ、僕今ヘタレって言われた? そこまで悪く言われる筋合いあったっけ……?」

「戦闘になるかもしれないから、気が立ってるんだろ。許してやれ」

 余り気持ちの入ってないアウロスの声に、マルテは再び俯く。

「そろそろ家だ」

 フレアのそんな発言を受け――――

「なら、そろそろ刺客が誰かも予想しておくか」

 軽い口調で告げるアウロスに、2人の視線が同時に向けられる。

「俺らが教会やデウスに黙ってここを訪れるのは、反逆行為に等しい。各勢力の弱味になり得るお前等はともかく、俺に関しては始末してもいい、とエルアグア教会は考えるだろう。一方で、デウスにとっては自分の監督不行届って事にされるし、引き抜いた俺を直ぐに失うのは避けたい筈。にも拘らず、あいつは俺の外出に関して特に何も制限しなかった。って事は……自分で尻拭い出来る確信がある」

 長々と説明するアウロスの背後で、マルテとフレアは顔を見合わせた。

 アウロスの説明の主旨をまだ理解できていないという表情で。

「恐らく、監視役とデウスの接点が出来上がっている。監視自体は教会主導で行われているかもしれないけど、その監視役が報告する対象は、デウスの筈だ。

 裏で手を回して、そうなるように仕組んでるだろう。そうすれば、俺らがここにいる事をクリオネ達に知られる前に、自分で秘密裏に処理できる」

「……そ、そこまで考えてたの?」

 驚きより呆れが先に立ったのか、マルテは間の抜けた声で問う。

 アウロスの視界には、ロベリアの別荘の門が見えた。

 郊外に建つこの屋敷、周囲は塀で囲まれており、その近隣に建物はない。

 この屋敷へと続く道を確保する為だけに、整備がされている。

 その道の左右には芝生が敷かれ、更に両奥には森林が茂っている。

 隠れるなら、この場所しかない。

 フレアは集中し、その森林の様子を窺っていた。

「だから、これから現れるであろう刺客は、デウスと関係が深い連中。

 デウスが信頼し、俺らの行動を阻止できると信じている……そんな連中だ」

「え……それって、まさか……」

 マルテの呟きとほぼ同時に――――

「来るぞ」

 フレアがポツリと呟く。

 その視線は、左右どちらの森林にも向いていない。

「左右、あと後ろ。3つの気配がある」

「3人か……やっぱり」

 アウロスは瞑目し、体内で不満を噛み潰す。

 出来れば、4人であって欲しかったという。

「……お前は、この事態を最初から予測していたのか」

 既に気配で隠れている3人を特定したのか、フレアは少し昂ぶった声でアウロスに問いかけた。

「俺らがここへ来れば、出てくるのはこいつ等……そういう予想はしていた。

 4人全員じゃなかったのは、さすがというべきなのか、それともイレギュラーなのか……」

「ど、どういう事なのさ?」

 マルテのその質問には答えず、アウロスはフレアに顔を近づけた。

「マルテは俺が守る。お前は攻めろ」

 そして、そう告げる。

 攻撃は任せた。

 そう言われたフレアは、ゆっくりと頷いた。

 刹那――――

「左だ!」

 フレアの叫び声通り、左側からすさまじい速度で稲光が襲ってくる!

「っと……!」 

 アウロスは瞬時にオートルーリングで結界を発動させる。

【玻璃珠結界】。

 対黄魔術用の結界だ。

 恐らく、一番最初に飛んでくるのは黄魔術だろうと言う読みがあった為、オートルーリングの一文字目を綴るのも早かった。

 結果――――直撃前に結界が完成。

 雷は結界に触れた瞬間、数本に枝分かれし、結界の表面を這うようにして右側へと流れていく。

「相変わらず、直情的な攻撃だな……」

 その攻撃の方向に向かって、アウロスは思わずそんな声を漏らした。

 そして、その襲撃者の名前も同時に。

「ティア=クレメン」

 奇襲を防がれ、名を告げられる。

 この上ないカウンターに対し――――

「……」

 名を呼ばれた女性は、森林の中から姿を現した。

 ほぼ同時に、右側と背後にも、3人全員に見覚えのある姿が現れる。

 サニア=インビディア。

 トリスティ=モデスト。

 かつて、四方教会の一員として接してきた『仲間』。

 そして、今は――――刺客。

 アウロスは、自分の読み通りのこの現実を心中でこっそり嘆いた。



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