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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
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第8章:失われし物語(4)

「どうだ? この部屋は。中々広いだろう」

 弾むようなデウスの声が、エルアグア教会の一室に響く。

 そこは――――特別な名が与えられていない、ただの空き部屋。

 空き部屋ではあるが、机と椅子、更には本棚をはじめとした家具もある程度は揃えられてる。

 何より特徴的なのは広さで、平均的な民家の敷地くらいある。

 四方教会において、デウスが使っていた部屋よりは確実に広い。

 居間よりも広いくらいだ。

「ここが、四方教会をたたんで手に入れた新しい城か?」

「そういう事になる。今のところはな」

 悪びれる様子もなく断言するデウスに、アウロスは細めた目を向け、観察を始めた。

 尤も――――表面上の観察にすぎないが。

「さて。今日お前を呼び出したのは他でもない。そろそろ新しい職場にも

 馴れてきただろうから、これからの事について話しておこうと思ってな」

「お前が王になる為の……か」

「そうだ。俺が王になる為の道を、これから開拓していく。

 これからが本番だ。迷う事なくついて来いよ?」

 デウスの顔に、分別し辛い笑顔が浮かぶ。

 これまでの余裕の笑みとは異質だが、名残のある笑みだ。

「今から、今後俺達がやっていく事を一つ一つ言っていく。

 意見や疑問があればその都度挟んでこい」

「どうせ聞く耳持たないんだろ? 自分の王道を他人に干渉されたくはないだろう」

「そんな事はない。自分だけで何もかも出来るのなら、足場も『新たな足場』も必要ないからな」

「……新たな足場?」

 アウロスの瞼がピクリと動く。

「この部屋は俺の希望で、周囲の部屋全てを立ち入り禁止にしてある。

 つまり、ここで話す会話はこの部屋にいる人間にしか聞こえない。

 扉の前に誰かが聞き耳を立てていても、あの扉では声は漏れない」

 デウスの視線の先には、まるで宝物庫を厳重に守るような扉が場違いな重厚さを醸し出している。

 壁も、明らかに分厚く加工し直してある。

「これじゃ、隠し事をしていますって言ってるようなものだろ」

「言ってるんだよ。隠し事をしてます、ってな」

「……成程。そういう繋がりか」

 アウロスはようやく、デウスの狙いの一部を捉えることができた。

 四方教会という、アランテス教会と敵対する組織を構えたデウス。

 それは、アランテス教会の根本でもある教皇制に異を唱えるデウスの行為としては、一見実にわかり易いものだ。

 よって、四方教会を自ら壊し、新たにアランテス教会の一部である

 エルアグア教会に所属するというのは、矛盾しているように思えるが――――実際にはまったくおかしな事ではない。

 なぜなら、教皇の体調が優れず、後継者問題が浮上している今、もしその後継者となれば、自然とデ・ラ・ペーニャのトップになれる可能性があるからだ。

 トップになれば、自ら教皇の座を王の座に変える事は可能。

 可能というよりは、唯一の方法がこれとさえ言える。

 元々、デウスは教皇の息子。

 いくら世襲制ではないとはいえ、後継者となれる立場にはある。

 寧ろ――――四方教会という新しい組織をわざわざ立ち上げて教皇の椅子を狙う方が不合理だ。

 デウスは、四方教会の活動を『一般人に知って貰う為』と位置づけていた。

 その為に、アランテス教会の体制を批判し、自らの組織を印象付ける為に滑稽な方法すら辞さなかった。

 同時に、魔術に頼らない、しかし力を誇示する組織。

 これらを示す四方教会の存在意義は、『一般人に新たな体制を印象付ける集団』であり、『アランテス教会と敵対している集団』。

 よくある反体制組織だ。

 だが、デウスは四方教会を『足場』とも言っていた。

 もし、アランテス教会で直接教皇の椅子を狙うための足場なら、反体制組織である必要はどこにもない。

 むしろ、明らかに邪魔な経歴になる。

 それは例え、反教皇派と組むのであっても同様だ。

「反教皇派と組んで、教皇とは違う支配者である王を目指す為に、反体制派の組織を運営していた。反体制派として知名度を上げれば反教皇派が目を向け、組もうと打診してくる可能性がある……俺はずっとそう誤認していた。実際、王として担ぎ上げられてるみたいだからな」

 デウスの目を見ながら、アウロスは頭の中を修正する。

「でもお前の『本当の』狙いが教会の中に足場を作る事だったとしたら……最初から、お前はここの連中と馴れ合う気はなく、向こうもその気はない。メリットがある者同士の一時的な取引だったって訳か」

 つまり――――デウスがクリオネ等と組んだのは、王になる為ではない。

 厳密には、王になるという目的の一過程において必要な『足場』を得る為だけに組んだ、という事になる。

 クリオネが言っていた『彼は私達の王となるお方』という言葉も、自分達が王に担ぎ上げるという意味ではない。

 皮肉を込めてのものだ。

 そう解釈すれば、両者の関係性――――何処かギスギスした空気をまとっているやり取りにも納得がいくと、アウロスは解釈した。

 一方、デウスと組む――――

「ここの連中のメリットは、お前の持つ『教皇の息子』っていう肩書きだな」

「そうだ。今、次期教皇に名乗りを上げている2人に対抗する為のな」

 デウスはその2人の顔を思い浮かべ、微かに目を狭める。

「まず、枢機卿ロベリア。ヤツは現教皇ゼロスの右腕だ。それなりに力はある。

 だが、厄介なのはコイツじゃない。ウェンブリーのルンストロムってヤツだ」

 ルンストロム――――アウロスはその名に覚えがあった。

 ウェンブリーの首座大司教だ。

「コイツは相当なやり手で、第三聖地から第六聖地までの票をかなりモノにしているという噂がある。コイツ等を切り崩すには、穏健派の象徴たる現教皇に最も近く、複数の聖地に顔が利く人材が必要だ。

 そこで、俺に白羽の矢が立った。教皇の息子で、国内を放浪していた俺にな」

「放浪……ね」

 その放浪すらも、王になる為の下準備だった事は想像に難くない。

 デウスという人間の執念を、アウロスはあらためて感じた。

「クリオネ達は、まず俺を教皇の後継者として推薦する。あいつら姉弟は首座大司教グランド=ノヴァの代理として認められている。推薦する権利はある」

「で、その後に鞍替えか」

「そういう事だ。俺の『教皇の息子』という肩書きで、ロベリアの穏健派票を一部吸収する予定だが、そうなると教皇制を潰す予定の俺は当然受けが悪い。そこで、別の候補者を立てる。俺とは袂を別つという形でな。掴みの段階で俺の肩書きを利用させるって寸法だ」

 つまり――――そこまでが両者の契約。

 デウスは教会内に足場を作り、クリオネ達は強力な候補者によって一大派閥を得る。

 両者に利があるからこそ成り立つ、中途半端な同盟だ。

「さて。現状を理解して貰ったところで、これから俺がすべき事を教えておく。

 まずは……」

「かりそめの立候補者としての足場固め。それに並行して、本当の意味で教皇の後継者となる為の推薦者探しをする。そんなところだろう」

 先に告げたアウロスに、デウスは口笛で応える。

「話が早くて済むのは実に気持ちがいいな。お前には後者を頼みたい。

 俺はこれからしばらく『良い子ちゃん』を演じる必要があるんでな。これがイライラして仕方ない。他の仕事を一緒にするとポカをしそうなほどな」

「……わかった。方法は勝手に考えるぞ」

「おう、好きにしな。必要な資金を算出して、経理に届けろ。『ついで』に何かする気なら、経費で落として構わん」

 デウスの瞼が半分落ちる。

 お見通しか――――そう心中で呟き、アウロスは小さく息を吐いた。

「場所は変わったが、俺とお前の関係性はなんにも変わらん。

 利用し、利用される。お互いの利を喰らい合う。そういう意味ではクリオネ達と同じ関係性って事になるが……」

「違うのか?」

「俺はあの小娘より、お前と向き合う方が楽しいね」

「……」

 アウロスは何も答えず、踵を返した。

「おい。女より男といる方が楽しいなんて、俺の口から出る事はまずないんだぞ。

 嬉しいとか光栄ですとか、何か言えないのか?」

「わかった。二言だけ返す」

 振り返らず、アウロスはそのまま歩き出す。

「マルテの事をお前がどう考えているのかは知った事じゃないが……あいつに関しても、俺の好きにやらせて貰う」

「……」

「そして、もう一言」

 返事を待たず、アウロスは続ける。

「俺はお前が嫌いだ」

 平然と告げられたその言葉に――――

「……やれやれ。久々だな、片思いは」

 軽妙な切り返し。

 アウロスは特に感情を揺り動かす事なく、まだ名の決まっていない広大な部屋をあとにした。

来週は諸事情によりお休みさせて頂きます。

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