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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
165/383

第7章:革命児と魔術士の王(34)

 アウロスは――――逡巡していた。

 まだやるか、という科白に関してではない。

 今まさに、自分を襲おうとしているこの魔術が、どの属性の魔術なのか。

 読み間違えば、確実に命を落とす。

 当たったとしても、結界で完璧に防げる保証はない。

 これまでアウロスは、実力差のある敵と幾度となく闘ってきた。

 その度に切り抜けてこれたのは、目的へ向かう揺るぎない信念が相手を上回ってきたからだ。

 しかし今回は、相手も同等の信念を有している。

 勝つ為には何でもやる。

 目的の為には手段を選ばない。

 いずれも、文言としてはこの上なく安っぽい。

 三流悪党の常套句とさえ言える。

 だが、それを貫く為にあらゆるものをかなぐり捨てる人間は、『次に何をすべきか』を躊躇なく選択できる。

 その決断力は、時として何物にも代えられない強烈な貫通力となる。

 デウスも、その一人だ。

 手段を選ばない、のではない。

 手段を吟味し、吟味し尽くし――――最善の為には全てを犠牲にする。

 アウロスがこれまでに発揮してきた優位性は、ここでは通用しない。

 それでも、アウロスは考える。

 どうすべきか。

 何をやれば、この窮地を切り抜けられるか。

 答えは――――出ている。

「……」

 震えるマルテが、ふと視界に入った。

 教皇の孫という立場にありながら、何も知らされず、何も恵まれず、それどころか片腕を失い、見下され続けてきた、哀れな少年。

 彼を見捨て、この『反教皇派』に加われば、命は繋がる。

 四方教会に対しては、特に義理立てする意味はない。

 だが、マルテは――――

「……つくづく」

 一瞬だけ、アウロスはマルテに目を向け、直ぐに視線をデウスへ戻した。

「似たような事が起こる人生だ」

 ふと思い出すのは――――長い黒髪と悪口雑言が特徴的な、縁深い魔術士。

 彼女もまた、偉大な親を持ちながら、それを知らされず、辛い人生を歩んでいた。

 アウロスは、かつての自分をマルテに重ねてきたが、実は自分より彼女に境遇が似ている事に気付いた。

 或いは、無意識下でもう気付いていたのかも知れない。

 気付いていたからこそ、今ここでこうしているのかも知れない――――そんな事を、考えていた。

 ならば、すべき事は一つ。

 アウロスの視界には、ルーンを綴るデウスの姿が映っている。

 身体能力は大人と赤子並の差。

 逃げても簡単に追いつかれる。

 オートルーリングを最大限活用し、乗り切るしかない。

 長期戦になれば、魔力量の差で沈められる。

 それなら、方法は一つ。

 足止め。

 その為の魔術を、アウロスは身につけている。

 けれども、それも勝算は薄い。

 さりとて、やるしかない。

 アウロスは、背中で手を隠し、『それ』を綴った。

 程なく、デウスの魔術が出力される。

 アウロスの見た事がない形状の魔術だった。

 炎なのか、雷なのか、それとも全く別の何かなのか――――熱を持っている何かの塊というだけしかわからないそれは、特に何の工夫がある訳でもなく、アウロス目掛けて一直線に放たれる。

 尾を引く流星のように。

 アウロスは、魔術を放つと同時に、極限まで身を屈め、右に跳んでいた。

 そして、宙を舞いながら、再び同じ魔術を綴る。

 しかし完全には避けられそうにない。

 それくらいの速度。

 少なくとも、左半身の一部は失うだろう――――そう覚悟した。

 だが、結界だけで守りに入っても、待っているのは敗北のみ。

 仕掛けるしかなかった。

 そして、その仕掛けた攻撃の末路は――――

「……!」

 見開かれた目に、予想外の早さで結末が飛び込んでくる。

 アウロスの放った『蛇のような影』がまだ到達する遥か前に、デウスはそれを読んでいたのか大きく跳躍していた。

 それは思いの外『狙い通り』。

 狙い通り過ぎた。

 これだけ露骨に避けてくれれば、二撃目は当たる。

 着地のタイミングに合わせればいい。

 結界も、地を這う影には効果が及ばない。

 一度見せている事が、逆にデウスの警戒心を必要以上に煽っていた。

 あれが切り札なら、二撃目はない――――そう思わせていた。

 アウロスは心中に希望を抱く。

 例え、腕を吹き飛ばされても、足を失くしても、生き残る可能性が出てきたから。

 自分の選択は間違っていなかったと確信し、左半身への直撃を覚悟した、その瞬間。

「――――がっ!」

 何かがアウロスの身体を突き飛ばした。

 一切予想にない衝撃に、呼吸が出来なくなり、そのまま床に転がり込む。

 そして。

 同時に。

「……!」

 アウロスは目にする。

 そして後悔する。

 自分の力のなさを。

 気配を察知する能力を苦手としている事を。

 事実、全く気付けていなかった。

 ――――自分をずっと尾けて来ていた存在があった事を。

「フレア!」

 薄暗い廊下に、少女の身体が弾け、横たわる。

 デウスの攻撃は――――アウロスを突き飛ばしたフレアに直撃していた。

 ほどなくして、倒れ込んだフレアの周囲に、大量の血が溢れ出す。

「お前……! このバカ……!」

 強打した右肩が痛む中、アウロスは敵の存在を無視し、フレアへと駆け出す。

 デウスに――――反撃の意思はない。

 口を真一文字に閉じ、修羅のような顔で自分の攻撃の結末を眺めていた。

「え……? な、何がどうなったの……?」

 アウロスとデウスの攻防に全くついていけなかったマルテは、双方が攻撃を止めたこの段階でも、まだ現状を把握できない。

 そんな中、クリオネだけは、薄ら笑いを浮かべていた。

「おい! しっかりしろ! おい!」

 アウロスが声を荒げるも、返事はない。

 ようやく駆け寄り、アウロスは横たわるフレアの状態を確認する。

 それは――――目を覆いたくなるような惨状だった。

 左腕から肩にかけて、そして背中全体が、巨大な爪で抉られたかのような損傷を受けている。

 緑魔術による攻撃だった事は間違いない。

 一部、骨が露見している箇所もあった。

「……くそっ!」

 意識はなく、出血も夥しい。

 アウロスは瞬時に青魔術を綴り、傷口を全体的に凍らせる。

 冷却ではなく、氷で圧迫させる事による止血だ。

 一歩間違えば、心臓発作を引き起こす荒療治。

 炎で傷口を燃やし、強引に出血を止める方法もあったが、激痛で意識を戻しかねない。

 そうなると、既にこれだけのダメージを受けている身体では到底耐えられず、発狂する恐れもある。

 そういう場面を、アウロスは少年期に戦場で見た事があった。

 ただ、その心配すら意味がないかもしれない――――と思うほど、フレアの身体からはみるみる内に体温が失われていく。

 損傷が大きすぎた。

 アウロスは唇を噛み、鬼の形相で立ち上がる。

 一刻の猶予もない。

 許されない。

「教会の医療機関を使わせろ! 見返りはなんでもやる!」

 クリオネへ向けて、叫ぶ。

 それを予測していたかのように、クリオネの返事は早く、的確だった。

「では、口頭ながら契約成立という事で。幸いでしたね。このエルアグア教会には、国内でも指折りの医師がいます。デウス様、一階へ彼女を」

「ああ」

「最高の結末です。お見事でございました。私が小娘と言われるのも、無理はありませんね」

 クリオネの皮肉にも、デウスはいつもの覇気はなく適当に応え、フレアへと近付く。

 アウロスとすれ違いざま――――

「……狙った訳じゃない」

 そんな似合わない言い訳を残し、フレアを抱きかかえ、焦げた臭いの充満した廊下を疾走し、直ぐに見えなくなった。

「お、お兄さん……」

「……」

 不安の極地にあるといった顔のマルテが、アウロスに近付く。

 アウロスは、俯きながら立ち尽くしていた。

「あら。もう終わったの?」

 そんなアウロスに――――ではなく、その背後、デウスと入れ違いで近付いて来た人影に、クリオネは機嫌よさげに語り掛ける。

「はい。四方教会の幹部4名、全て捕らえました」

 そう告げながら、アウロスの傍まで来たのは――――男。

 アウロスより少し身長が高く、ただ体型は比較的近い、魔術士らしく細身の身体の男性だった。

「ご苦労様。その者達は適当に放逐しておいて。そういう条件だったから。彼は私達の王となるお方……一応、顔を立てないとね」

「御意」

 男は一礼し、踵を返す。

 その目が一瞬、アウロスの方に向けられた。

「……」

 何を思うのか――――俯いたままのアウロスにはわかる筈もない。

 認識できるのは、四方教会の面々が全て捕まった事と、それを実行できる実力がこの男に備わっている、という事。

「ゲオルギウス。あの方の勅命が入っています。明日、直接部屋へ行くように。恐らく、『彼』の事でお話があるのでしょう」

「承知しました」

 その科白を最後に、アウロスから視線を外し、ゲオルギウスと呼ばれた男は薄暗い廊下をツカツカと音を立てて歩いて行った。

「では、アウロス=エルガーデン」

 入れ違うようにして、クリオネは薄ら笑いを浮かべ、弟からアウロスへと向ける。

「其方が我々に忠誠を誓い、その身を私達に捧げる事を許可します。このマラカナン、そしてデ・ラ・ペーニャに蔓延る膿を全て出し切り、正常化させる為、共に尽力しましょう」

「……」

「そうですね……差し当たっては、この騒動で汚れた教会の掃除から、して貰いましょうか」

 あらゆる言葉も、アウロスの中には入ってこない。

 そこにあるのは、屈辱でも痛恨でもなく、ただの心配。

 勝手に尾けてきて、勝手に自分の身を案じ、勝手に身代わりになって瀕死の状態に追込まれたフレアの命を心配する――――ただそれだけの感情だった。

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