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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
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第7章:革命児と魔術士の王(33)

 魔術士の戦闘力において、決め手となる要素は、実は存在しない。

 才能の有無を示す指標として度々用いられる魔力量は、結局のところ魔力量以上の意味はない。

 つまりは、魔術を使用する為の体力。

 多いに越した事はなく、長期戦、連戦においてはしばしば重要視される能力だが、一つの闘いに絞れば、そこまで大きな要素にはなり得ない。

 魔力量が少なくても、短期戦を想定した戦い方を身につければ、十分形になるからだ。

 戦略面で狭まってしまう欠点はあっても、戦闘力そのものの著しい弱点にはならない。

 実際、アウロスは短期戦だけに特化した戦い方を身につけている。

 魔力量の少なさに加え、体力、筋力の低さがその理由だ。

 そして、オートルーリングという技術は、短期戦において非常に大きな意味を持つ。

 仮に、この技術を知らない相手なら、正面からの攻撃であっても不意打ちに限りなく近い形で仕留められる。

 何しろ、敵の想定を遥かに超える速度で魔術が発動するのだから。

 しかし、既に自動編綴を想定されている場合は、そのメリットは消失する。

 それでも――――

「……っと!」

 魔術士の常識を逸脱した、一流の拳闘士並のスピードで飛び込んでくる肉弾攻撃に対する結界での対処も、オートルーリングは大きな力となる。

 デウスの特攻に対し、アウロスの反応はかなり遅れたが、それでも拳が飛んでくる直前、対物理攻撃用の結界がどうにか完成した。

「……!」

 しかし、その結界が振動するほどの衝撃が突き抜け、腕が軋み、身体が浮く。

 盾とは違い、結界による防御は衝撃を吸収する為、通常はこう言った反応は起きない。

「魔術士ならではの……か」

 アウロスの呟きは、推定に過ぎなかった。

 つまり、魔術を普段から使用し、魔力を体外に発する事を習慣化している為、純粋な対物理攻撃用の結界では綺麗に防げない、という推論。

 何故、これが推論に留まるのかというと――――物理攻撃用の結界に対して拳を叩き付ける魔術士など、まずいないからだ。

「よく防いだな」

 そんな褒め言葉とは裏腹に、あっという間に手が届く位置まで接近したデウスはアウロスの結界に対し遠慮なく拳を何度も叩き付ける。

 恐ろしいほど力感のない、滑らかな動きで。

「オートルーリングってのは、良く出来た技術だ。攻防両方に多大な貢献をする。その上、商業的な価値も高い。恐らく、普及すれば現存する魔具を全て交換って流れが出来上がるからな。世に出しやすく、実戦向け。よく実現化したモンだ」

「だったら、もう少し敬意を示して欲しいんだが」

「俺の敬意は『全力で闘う事』だ。健康的だろ?」

 そう告げながら繰り出した、12発目の殴打が――――アウロスの結界を破壊する。

 結界が壊れるなど、余り見られない現象。

 それでも、アウロスはそれを間一髪察知し、いち早く身体をズラして拳から逃れた。

「……ったく」

 薄暗がりに、アウロスの吐く白い息が浮かび上がる。

 緩慢な動作で身体を反転させ、睨んでくるデウスの圧力は、エルアグアの寒さを遥かに超越した寒気を引き起こさせた。

「お、お兄さん! 大丈夫?」

 アウロスの傍で結界が破れる瞬間を見ていたマルテは、アウロスの回避によって孤立した形となった。

 だが、デウスも、闘いを眺めるクリオネも、マルテには目を向けていない。

 そんな少年の姿に、アウロスは微かに目を細め、眉間に皺を寄せた。

 そこにある――――かつての自分に。

「……そこまでして、王様になりたいのか? 」

 マルテから目を離し、問う。

「身内を切って、踏み台にして……そこまでする価値があるのか? 王様ってのは」

 そのデウスへ向けての言葉は、陽動の意味合いも僅かにあったが、それが奏功しないという事も半ば悟っている為、殆どは純粋な疑問。

 デウスは、首を上下にも左右にも動かさず、ぐるりと右肩を回した。

「土木作業の現場に立ち合った経験はあるか?」

「ない」

「なら一度、見てみるといい。家でも、城壁でもいい。ああいうデカい物を造るにはな、足場ってのが必要なんだ。だからまず、足場を組み立てる作業が要る。けどな、その足場は最終的には壊すんだ。完成品には必要ないだろう? 作業の為の大事な足場を、最後は造った自分等で壊すんだよ」

「四方教会が……その足場だった、って言いたいのか?」

「それだけじゃないがな」

 不敵に言い放つデウスの言葉は、意味深だった。

 果たして『それだけじゃない』というのは、足場の持つ意味に対してなのか、それとも足場は四方教会だけではない、と言いたいのか。

 もし後者なら、自ら『造った』という言葉の意味は――――

「随分な物言いだな」

 珍しく感情を表に出し、アウロスはその場でルーンを綴る。

 書くべき文字は2文字。

 後は勝手に魔具が処理してくれる。

 だが――――

「そう怒るな」

 それを綴る前に、デウスは再び床を蹴り、アウロスへ突進して来る。

 2文字すら許されない速度で。

「別に自己弁護する気はない。だが、最初からこのつもりだった訳でもない」

 空気を切り裂く音が、アウロスの耳に届く。

 だが、それが拳なのか、足なのか、それすら判別できない。

 デウスの攻撃は、アウロスには見えなかった。

 が――――躱す。

 というよりは、後ろに倒れ込むという動作に近い。

 アウロスは、ルーリングを行う前から、この展開を想定していた。

 だからこそ、避けられた。

 ただし、体勢は絶望的に悪化せざるを得ない。

「つっ……!」

 床に自ら背と後頭部を叩き付けた形となったアウロスは、予想していた激痛にそれでも顔を歪める。

 同時に――――ティアの魔術で負傷した箇所が、鋭い痛みを訴えてきた。

「あらゆるシナリオを想定し、あらゆる展開を模索した。何を得れば何を棄てるのか。何を手放せば何が見つかるか。その結果が今日だ。俺は四方教会という足場を壊し、手放す事で、王となる権利を得た」

「……今一つ要領を得ないな。どうして反教皇派がお前と組む必要がある?」

 疑問を投げかけながら、アウロスは立ち上がる。

 これも、一種の実戦技術。

 体勢を悪くした場合、それを戻す為に相手の意識を他へ向けさせる。

 尤も、意図的に見逃されている感もあったが。

「お前に話す必要はない。勿論、こっちに付けば教えてや――――」

 デウスの言葉が終わる前に、アウロスは三度ルーリングを行っていた。

「チッ……抜け目のない野郎だ」

 これには、デウスも虚を突かれ、後手に回らざるを得なかった。

 アウロスが綴ったルーンが光を帯び、その後列に自動的に文字が浮かび上がる。

 その数、14文字。

 それが消失すると同時に、アウロスの右腕の周囲に氷で出来た飛礫が多数生まれる。


【氷の弾雨】


 青魔術の中でも、基本的な術だ。

 アウロスは、赤青黄緑、どの攻撃魔術が得意という事はない。

 だが、頻度の高さで言えば、自身のオリジナルを含めても、青魔術が最も多い。

 それは利便性の問題で使用する確率が高いだけの事ではあるが、もしかしたら性格が出ているかもしれない――――と自己分析している。

「そんな魔術を出すなよ。興醒めしちまう……と言いたいところだが。14文字使う魔術じゃあないな。何を仕込んだ?」

「……」

 自動編綴によるルーリングは、非常に速く表示され、直ぐに消える。

 実はこれも、魔術士相手に闘う際のメリット。

 ルーリングの内容を相手に悟られ難い。

 それでも、デウスは文字数を正確に把握していた。

「お前が前、大空洞で使った魔術も、教科書には載らないような魔術だったな。法を犯してでも、自分に合った、じゃなけりゃ自分の表現した魔術を使うって気概の魔術士は、今は殆どいやしない」

 以前、アウロスが使った【蛇道に堕ちし者のなめらかな宴】に、デウスは関心を示していた。

 通常、魔術のライセンスはアランテス教会が管理している。

 それ以外の魔術は、効果や問題点が保証されていない為、使用は禁じられており、自身で開発する場合にも、きちんとした研究施設での研究、そして発表が必要とされている。

 大学がその例だ。

 だが、アウロスの独自の魔術は、大学で研究した物ではなく、当然教会がライセンスを発行している訳でもない。

 法律違反のシロモノだ。

「俺は好きだぜ。そういうヤツはな。俺もそうだからな」

 スッと、自然な動作でデウスが指を伸ばす。

 そのまま、ルーリング。

 同時に――――アウロスの手の周囲から、氷の飛礫が飛来する。

 その飛礫は、通常は直線で相手へ向かって放たれるが、それぞれユラユラと揺れながら、デウス目掛けて飛んでいった。

 しかも、飛礫同士がぶつかり合う為、軌道は更にわかり辛くなる。

 この上なく避け難い魔術だ。

 一方、デウスはその飛礫が迫る直前、ルーンを描き終える。

 瞬間――――

「わあああああああああああっ!?」

「……う!」

 マルテとクリオネが同時に呻き声を上げる。

 アウロスの放った氷の飛礫は――――デウスの頭上に現れた『炎の塊』によって、あっという間に水蒸気と化した。

「それは……まさか、【輪華太陽風】!?」

 クリオネの叫んだその名は、魔術の教科書には載っていないもの。

 だが、デウスのオリジナルという訳ではない。

 赤魔術と緑魔術を融合させた、いわゆる『禁術』の類に入る魔術。

 これも当然、教会が認めている魔術ではない。

 そして、その威力は全魔術の中でも最高峰。

 使用できる魔術士は、両手の指で足りるだけの数しかいない。

「ま、俺はどっちかって言うと、伝説になるようなビッグな魔術の方が好みなんだよ」

 教会の廊下に突如現れた炎の塊は、そこに存在するだけで、教会の壁を焦がし、ランタンの容器を溶かす。

 それほどの熱度。

 それほどの威力――――

「教会を傷付けるとは何事ですか! 其方には教会に対する忠誠心がないのですか!?」

 クリオネが吠える。場違いな内容を。

「だから『小娘』なんだよお前は。そんなこったから、使う魔術を読まれて結界で簡単に防がれるんだよ」

「……っ」

 デウスの指摘は、クリオネがアウロスへ放った緑魔術【風輪連舞】の事を指していた。

 幾らオートルーリングでも、攻撃を受ける前から属性に特化した結界を綴るのは通常不可能。

 どの属性の攻撃魔術を使ってくるか、完全に読み切ってなければ。

 アウロスは、クリオネが緑魔術を使う事を読んでいた。

 炎や雷なら、確実に教会が傷む。

 氷も、アウロスの回避によって床や壁に激突すれば、同様。

 だが風の攻撃なら、無傷で済む可能性が高い。

 デウスのクリオネへの指摘を、アウロスはしかめっ面で聞いていた。 

 全てにおいて――――上回られている。

 この場を無事で乗り切る事は、不可能だと判断せざるを得ない。

「さて。流石にこれを直接ぶっ放す訳にゃいかねーが……わかっただろう? お前が俺と闘って、無事でいられる可能性はない」

 アウロスへの、圧倒的な力の誇示。

 そしてクリオネへの強迫。

 その役目を終えた巨大な炎が、ゆっくりと消失していく。

「それでも、まだやるか?」

「……」

「そうか。残念だな」

 今度は本当に言葉の通りの顔で、デウスは指を掲げ、ルーンを綴った。


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