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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
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第7章:革命児と魔術士の王(29)

 深夜の教会に漂う空気は、例え天井が高くても、相当な速度で音を伝えてくる。

 鳴り響く音の性質を、アウロスとティアの2人は瞬時に理解した。

「魔術による破壊音……合図と見るべきです。撤退準備を」

 ティアの判断は迅速だった。

 アウロスによって凍らされた足下を、余り得意ではないらしい赤魔術で瞬時に溶かし、自由を確保する。

 ただ、凍傷と火傷は免れない。

 その表情に、苦痛が混じる。

 とはいえ、アウロスは謝らないし、ティアも難癖を付ける事はない。

 既に次の行動へ頭も身体も移行していた。

「ああ。それじゃ、ここで解散だ」

 ただし――――進む方向は一致していなかったが。

「……どういう事ですか?」

 ティアが声色を沈め、問う。

 解散、という言葉自体は、問題ではない。

 ただ、逃げる方向が異なるというのは、明らかに妙。

 アウロスの向いた方向は、教会の出口とは真逆だった。

「マルテの奪還までは、目的が同じだったから作戦に忠実に動いた。

 それが終わった以上、俺にそうする義理はない」

「なっ……そんな自分勝手な行動が許されるとでも……!」

「さっきアンタが俺にした行動は自分勝手じゃないのか?」

 ぐうの音も出ないアウロスの言葉に、ティアは言葉を飲み込む。

 アウロスにとって、あの『奇襲』はある意味、言質と同質のものだった。

「時間がない。早く逃げろ。あと、もし俺の口からさっきのアンタの行動が漏れたと判断したら、この事をデウスに言ってもいい」

 そう告げ、アウロスは駆け出す。

 それは、アウロスなりの優しさ――――ではない。

 面倒事を避ける為の、単純な構図の交渉。

 ミストと出会う前から、身につけていた処世術だ。

 まだ何か叫んでいるティアを背に、アウロスの決して俊敏とは言い難い脚は、ひたすら前へと突き進む。

 目的は一つ。

 このマラカナンに来てからずっと、それは変わらない。

 論文を取り戻す事。

 ここへ来た第一目的がマルテを見つけ出す事なら、第二目的は『偽論文の終着点の確認』。

 この教会に籍を置く『グランド・ノヴァ』という人物が、有力な対象者だ。

 とはいえ、深夜という時間帯に教会にいる可能性は低い。

 司祭クラスなら、預かっている教会を寝床にするケースもあるが、それ以上の権力者の場合、別の屋敷が用意される事が殆ど。

 教会では気が休まらない、という理由が多いとされているが、アウロスはそれが事実だとは思っていない。

 教会では出来ない事が、この世には多々ある――――理由があるとすれば、そういう事だと認識していた。

 なので、本人に直接会って確かめるという線は消える。

 となれば、残るのは――――無断侵入。

 グランド・ノヴァの部屋に入り、そこで物色し、論文を見つける。

 可能性は低いが、勝算がない訳ではない。

 仮になかったとしても、単なるトライ&エラー。

 そこで閉ざされる道はない。

 ならば、試す。

 試行錯誤こそが、弱者が目的を成し遂げる唯一の方法だ。

「さて。首座大司教の部屋は……」

 心中で呟きつつ、等間隔で配置されたランタンの光を頼りに、上を目指す。

 権力と部屋の高さは比例する。

 それはどの建物も同じだ。

 窓のないこのエルアグア教会は、月明かりの恩恵がないため、ランタンの炎がやたら眩しく見える。

 通常、侵入者防止の為、夜間は明かりを消すのが公共施設の常識だが、教会は『光を絶やしてはならない』という理念がある為、このように視界を保っている。

 なので、侵入はし易いが、仮に見つかれば、単なる不法侵入の罪では済まない。

 法によって守られているのが、教会だ。

 それは、法そのものの在り方の代弁でもある。

 強者ほど、法に護られる。

 アウロスは人生の中で、幾度となくそれを体験してきた。

 奴隷となった時も。

 大学をクビになった時も。

 弱者は常に嬲られ、排除されて来た。

 見返す気はない。

 見返す事に意義を見出す事が出来ないから。

 それで、アウロス=エルガーデンの名前が残る訳でもない。

 それならば、法は味方にはならない。

 無理に敵に回す事はないにしても、犯す事に躊躇はない。

 アウロスが目指すのは――――最上階。

 そこだけだった。

「……?」

 その途中。

 まだあと一つ階段を残している段階で、アウロスは異変に気付き、立ち止まる。

 音が聞こえない。

 合図があったなら、デウス、若しくはサニアとトリスティがマルテを見つけた事になる。

 当然、彼を救い出し、走って逃げる筈。

 それなのに、足音すら聞こえない。

 広いとはいえ、静寂の支配するこのエルアグア教会は、数人が走ればそれだけで確実に足音は聞こえてくる筈だ。

 それが耳に届かない理由――――考えられるのは三つ。

 一つは、アウロス自身の聴覚が壊れてしまっている。

 だが、ティアの声が聞こえてきた時点で却下だ。

 次は、この建物には防音の為の細工――――例えば魔術が施されている。

 アウロスはそんな技術を知っている訳ではないが、魔術の世界は日進月歩。

 あり得ない事はない。

 とはいえ、先程聞こえた合図の音は、防音によって軽減しているというような籠り方はしていなかった。

 これも却下。

 そしてもう一つは、本当に足音がしていない場合。

 つまり、見つけたはいいが、動けずにいるというケースだ。

 ただ、ティアの足音まで聞こえないのは、不可解なところ。

 考えられるのは――――


「――――」


 無機質な『声』が、アウロスの直ぐ傍で発生する。

 最初に、心臓が抉られたような驚き。

 続いて、雷で撃たれたかのような驚きが、身体中を巡る。

 それは声と直ぐにわかる独特の音。

 しかし言葉はわからない。

 声の主は――――特定不能。

 何故なら、アウロスの傍に人の気配は一切ないからだ。

 幻聴、という発想は、アウロスの中にはない。

 希望的観測に過ぎない推測は意味を成さない。

 原因の追及は後回し。

 すべき事は、最悪の想定と、その対抗策。

 アウロスは、躊躇なく指輪を光らせ、ルーンを綴る。

 状況と声が成した言葉から『魔術による監視』を推定した。

 防音同様、そんな魔術は知識の中にはない。

 だが、ここは第一聖地マラカナン。

 魔術に関しては、何があっても不思議ではない。

 監視だとすれば、見つからないようにするのが基本だが、発見されてしまった今となっては、もう遅い。

 次に訪れるのは、監視者の攻撃、若しくは警備兵の登場。

 後者は時間が掛かるし、足音などでわかる。

 よって、最初に警戒すべきは前者。

 何処から飛んでくるかわからない攻撃を、結界で防ぐ事だ。

 同時に理解する。

 ここへ来た全員が、今のアウロスと同じ判断をして、動けない状態になっているという事に。

 となると――――

「……」

 アウロスは瞬時にルーンを綴るのを止めた。

 霧散した光が、薄い闇に溶け込んでいく。

 物音が一切しなかったという事は、攻撃が仕掛けられていないか、結界を貫通する攻撃に、音もなく沈められたか。

 いずれにしても、結界の意味はない。

 アウロスは躊躇う事なく、再び駆け出した。

 仮に結界が意味を成さない相手だとすれば、攻撃を防ぐ術はない。

 なら、その憂慮は捨てる。

 仮に攻撃されたのなら、それまでの事。

 そうでなかった場合に最善の結果を得る為の行動に切り替えるのが、現状における唯一の命題だと判断した。

 ランタンの炎が示す道標を、叩き付けるかのように走る。

 走る。

 走って――――階段を上りきる。

 最上階へ到着。

 攻撃はない。

 人の気配も。

 とはいえ、まだ賭けに勝った訳ではない。

 慎重になる意味がない以上、安堵も警戒も必要がない。

 息切れした身体を酷使し、奥を目指す。

 目指すグランド・ノヴァの部屋は――――直ぐに発見できた。

 大学のように、室名を記した札が下げられている訳ではない。

 権力と、扉の豪華さは比例する。

 それだけで、十分に確信できるほど、アウロスの目の前の扉は大きく、そして豪華な材質の扉だった。

「ふーっ……」

 一息で、疲労を投げ捨てる。

 当然、それで回復する訳でもないが、意識の問題だ。

 直ぐさま封術の解除に取りかかる――――

「……?」

 扉の前でルーンを綴ろうとしたアウロスは、二つの事に気付く。

 封術が施されていない。

 中に人の気配がある。

 共に、想定外の事。

 どうすべきか――――この日初めて、アウロスの頭に迷いが生じた。

 ただ、ここで引き返せば、何も得るものはない。

 何より、ここはグランド・ノヴァの部屋。

 部屋の主がいる可能性は高い。

 そうなれば、願ってもいない展開だ。

「……ったく」

 毎度毎度、思うようにいかない現実に辟易しながら、アウロスは取っ手を掴み、その重厚な扉を開いた――――


来週はお休みとさせて頂きます。どうぞ御了承下さい。

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