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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
159/382

第7章:革命児と魔術士の王(28)

 アウロスにとって、教会に侵入する機会はウェンブリー教会に次いで2度目。

 最初の経験は、もう一年以上前に遡る。

 アランテス教会ウェンブリー支部。

 正式名称は、そういう呼称だった。

 その教会と、このエルアグア教会は、全く同じ宗派の教会。

 にも関わらず、内装はまるで異なっていた。

 今、アウロスが歩いている廊下は、ウェンブリー教会の倍の幅を誇っている。

 天井も異様に高い。

 そして最大の特徴は――――窓がない。

 窓が設置されていない教会自体は珍しくはない。

 ただ、ここまで大きい教会となると、話は別。

 設置しない理由がない。

 アウロスは違和感を覚えながら、足音を立てずに壁伝いに歩を進めていた。

「エルガーデン様は、目と耳は良い方でしょうか?」

 不意に、囁くような声でティアが問い掛けてくる。

 アウロスはその意図を瞬時に見抜いた。

「どっちかって言うと、解術の方が得意かな」

「……では、お願いします」

 2階西側、一番奥の部屋が見えてきた所で、ティアは少し引き返し、仁王立ちする。

 見張り役だ。

 一方のアウロスは、奥の部屋の扉に向かう。

 教会の扉は基本、封術による施錠が行われている為、解術は必須。

 ティアは積極的にそれを行うほどの『専門家』ではないらしい。

 これも、組み合わせの動機だとすれば――――アウロスの得意分野をデウスは見抜いていた事になる。

 呆れつつ、アウロスは扉の開放に力を注いだ。





 夜間の教会は、基本的に見張りと言うべき人間は最低限の人数しか配置されない。

 そこには、『魔術士なのだから、自前で見張りを揃えられる』という教会特有の事情が大きく影響している。

 見張りを行うのは、教会を運営、管理する『教会管理局』の人々。

 毎晩、交代で泊まり込みの見張りを担当するのが通例だ。

 当然、やりたがる人は少ない。

 特に広い教会の場合、見回りをするだけでも相当な労力が要る。

 結果として、人数は最低限になる。

 これが外部への委託なら、効率や体面が重視されるが、身内で構成する場合は感情論が優先されてしまうのが世の常識。

 教会には売れば金になる装飾品が数多くあるし、実は現金もかなりあるが、魔術士の拠点という事で、泥棒が入り込む事は少ない。

 以上の理由で、侵入者には都合の良い条件が揃っている。

 ただし――――今回は、誘拐犯のアジトという条件がそこに付随される。

 油断は出来ない。

「……ここも、人の気配はなし」

 8つめの部屋を確認し終え、アウロスは扉を閉じる。

 これで、まだ半分にも満たない。

 教会にこれだけの部屋数が必要な理由を見出せず、アウロスは溜息を吐く。

「早く次の扉を。行動が鈍いですよ、エルガーデン様」

「……はいはい」

 暗闇に、ティアの目が光る。

 その姿に何となく辟易しつつ、アウロスは次の扉に向き合った。

「お上手ですね」

 不意に、褒め言葉が宙を舞う。

 アウロスはその言葉の意図が読めず、思わず顔をしかめた。

「……解術が、ですよ」

「いや、それ以外の対象をこの状況で見出すのは不可能だけど」

「何処で学ばれたのでしょう? 確か『盗人、解術に理解あり』という諺がありましたが」

 そんな諺をアウロスは聞いた事もなく、無視して再び扉を睨む。

「貴方は……御主人様の、運命の人なのだそうです」

「いきなり気持ちの悪い事を言わないでくれ」

「でも、自惚れないで下さい。貴方一人が運命の人物ではありません」

 いい加減、会話に疲れてきたアウロスは、本日9度目の解術を意味するルーンを綴った。

「四方教会は、運命共同体。この腐った、アランテス教会主導の国を正しい方向へ導く為の、道標、全員が運命で結ばれている組織なのです」

 程なく、ルーンは霧散し、扉を封印していた魔力が事切れる。

 アウロスは、扉に力を込め――――

「ですが、動機は必ずしも一致しません」

 動きを止める。

 その言動は、意外だった。

 関心外だったティアの声が、アウロスの耳に届き始める。

「御主人様は、常に『王の定義』を問い掛けています。覇者はどうあるべきか。

 国を治める人間は、どんな行動をとり、何を考え、どう生きるべきか。

 その結果、自分が覇者になる以外に答えはないとし、四方教会を作りました。

 私達は、そんな御主人様が王となる為にここにいます。でも、動機は一致しません」

「……ちなみに、アンタの動機は?」

 聞くべきか一瞬迷いつつ、アウロスの口は既に動いていた。

「この国から、あらゆる理不尽を消し去る。その為に私は、ここにいます」

 曖昧な返答。

 アウロスは思わず心中で首を捻る。

 この状況、この場面で、長話をする意味がわからない。

 まして、ここでするような内容の話でもない。

 明らかに、何らかの意図がある。

 だからこそ、迷いつつ敢えて話に乗った。

 しかしまだ、その意図が掴めない。

 アウロスはある種の緊張感を自分に課し、会話の続きを待つ。

「私以外の構成員も、独自の動機を持って、四方教会へ入りました。

 バラバラです。でも、私達は同じ所を目指し、同じ目線で、同じ方向を向いて活動に従事しています。そうする事が、自分の目的を果たす事に繋がるからです」

 それは、つまり――――

「……デウスを盲目的に信じている訳じゃない、と言いたいのか?」

 それぞれ、自分の目的があり、動機がある。

 当たり前の事だ。

 ただ、アウロスがこれまでに見てきた四方教会は、デウス以外の各自の目的意識はデウスの掲げる目的に集約していた。

 だが、実際はそうじゃない。

 そういう事を、ティアはこの場で語っていた。

「私達には私達の目的があるのです。ですが、私達の目的は、御主人様抜きには語れません。御主人様のいない四方教会など、ただの夢追人の集いにすぎないのですから。実行力の伴わない目的など無意味です。違いますか?」

「……何が言いたい?」

 状況が切迫していなければ、もっと思考に時間を割きたいところだったが、アウロスは好奇心を捨て、直接問い質す方法を選んだ。

 闇に包まれたティアの顔が、ゆらりと動く。

「お前の目的は何だ」

 刹那――――誰が発したのか、一瞬わからないような声が、冷塊となってアウロスへと投げつけられた。

 同時に、その声が消える。

 稲光の閃きによって。

「……!」

 声を上げる暇も、結界を綴る時間もなく、アウロスは瞬間的に左手を身体の前に出す。

 その手が、痺れと痛みを同時に訴えた。

 次に感覚を刺激したのは、皮膚の焦げる臭い。

 先日負傷した頭部が、連動するように激痛を呼び覚ます。

 それは――――同じ種類の痛みだった。

「……そういう事か」

 アウロスの左手の甲は、広範囲に亘って皮がめくれ、血がこびりつくように広がり、目を覆いたくなるような変色を果たし、醜く爛れていた。

 重度の熱傷。

 顔の筋肉が痙攣を起こしそうなほどにヒクヒクと蠢動する中、激痛に耐えながら目の前の女性を睨み付ける。

「アンタの中では、アンタのシナリオが出来上がっているって事……だな」

「余計な無駄口は叩くな、質問に答えろ」

 言葉を綴る速度が、倍ほどになっている。

 ただ、アウロスがその変化を見聞きするのは、初めてではなかった。

 だからこそ――――注意を怠るべきではなかった。

 油断と言われても仕方のない事。

 左手の負傷は、その代償だ。

 そう考えると、アウロスは不思議と冷静になれた。

 或いは――――その足し算、引き算こそが、自分本来の領域なのだと確信して。

「俺が四方教会に入った事を、ずっと不満に思ってたと認識してたけど……

 不満じゃなく猜疑だったのか。俺がアランテス教会の間者か、破滅を呼び込む使者にでも見えてたのかな」

「最終通告だ。言え、目的を」

 ティアの声は、更に速度を増す。

 まるで、雷のように。

 アウロスは瞬時に覚悟した。

 この空間における、これからのあらゆる行動が、命を左右する事になると。

「デウスが俺を連れて来た。だから信じる。そういう単純構造が成り立つほどの盲目さはなかった訳か。そう思わせて、俺が尻尾を出すのを待ってたのか? それとも、今回デウスがいなくなった事で心変わりでもしたか?」

「……終わりです」

 瞬時に紡がれるルーンは、黄魔術でも上位に入る、速度重視のもの。

【閃く雷鳴】

 そういう名前の魔術だったな、と記憶の糸を辿りつつ、アウロスは既に光らせていた指輪を掲げるように、右手を伸ばす。

 瞬間、ルーンが瞬間的に闇を踊った。

「!」

 驚愕の表情が、ルーンの光によって浮かび上がる。

 ティアの動揺は、ルーリングにも大きな影響を与えたのか――――魔術の構築に失敗し、【閃く雷鳴】は出力される前に無へと帰す。

 一方のアウロスのルーリングによって生まれたのは――――氷を生み出す青魔術。

 結界ではなかった。

 アウロスは防御ではなく、攻撃を選んでいた。

「しまっ……!」

 ティアは周囲に発生した霧のような微細な氷の埃によって、視界を失う。

 更に、自身の足下の変動に気付き、思わず声を上げる。

 意識をどちらか一方に集中できないまま、ティアは為す術なく足下を氷によって束縛され、自由をなくした。

 

【細氷と氷海のクレピネット包み】

 

 対処できる筈もない。

 この魔術は、アウロスが独自に開発した魔術。

 対抗策は、どんな教科書にも載っていないのだから。

「……人間に使うのは気が引けるな」

 前回、この術を使った時の事を思い出し、思わずそんな事を漏らす。

 そんなアウロスに対し、ティアは混乱していたが――――徐々に表情を強張らせ、これまでにないような険しい顔つきになった。

「これで私の動きを封じたとでも……? 魔術士の脚を固めていい気になるなんて、学生でもやらないミスを……」

「雷と細氷の関係を知らないのか? 雷は氷に吸収される性質がある。

 今のこの状況じゃ、雷を撃っても無意味だ」

「……そんな話、聞いた事もない」

「なら、やってみればいい」

 当然――――アウロスの言葉は嘘。

 雷にそんな習性はない。

 それは、誘導だった。

 ティアが攻撃してくれば、今度は結界で防げる。

 そこで音が鳴れば、それを他の面子は『マルテが見つかった合図』と見做すだろう。

 具体的な合図の方法は決めていない。

 一つの方法に限定すると、いざ合図を送る際の状況によって、それが出来ない可能性があるからだ。

 なんとなく『これは合図だろう』と思うような『何か』をする。

 それがこの作戦の一つの肝でもある。

 もし、ここで他の面子に合図が行けば、困るのは――――ティア。

 言い訳できない状況が生まれる。

 作戦失敗の戦犯となる事は避けられない。

「……」

 ティアは、アウロスを親の敵のような顔で睨み――――そして、ルーリングの為に持ち上げていた右腕を、ブラリと下ろした。

 そう。

 アウロスは、誘導していた。

『これ以上の攻撃が行われない方向』へと。

 合図の事に気付かないほど、ティアは愚鈍ではないと判断しての事だった。

「……呆気ないものですね。終焉というのは」

 そして、ポツリと呟く。

 その目からは、光が消え失せていた。

「私は……」

「そんな独白は今は良いから、とっとと自分の足下を魔術で溶かして見張りを続けろ。

 もうこっちを撃つなよ。これ以上ケガはしたくない」

「……は?」

 バタン、という扉が閉まる音に、ティアはその濁った目を点にする。

 暫し沈黙が流れ――――

「ここも人の気配はなし。次、10個目か」

 再び扉が開き、左手を青魔術で冷やすアウロスが出てくる。

 それが、作戦の再開を意味していると、ティアはようやく気が付いた。

「え……? ちょっと、貴方、私、貴方を攻撃した……」

「それは後で聞くから、見張り」

「あ、え、あ……」

 かつてないほど、ティアは混乱していた。

 自分が起こした事と、対象となった男の行動の間に生じている、凄まじい段差に。

「私は……味方である筈の貴方を始末しようとしたの……ですよね?」

「俺に聞いてどうする」

「だ、だって……何で、何事もなかったような、そんな……」

「俺の目的、だったか。質問は」

 その混乱を完全に無視し、アウロスはかなり前の質問に答えた。

「俺は、アウロス=エルガーデンの名前を残す為に生きている。

 その為には、闇市場に流れた論文を取り戻さなくちゃならない。

 その為には、デウスの持つ情報網が必要だった。

 だから四方教会に加入した。以上」

「……」

「見張り、ちゃんとしろよ」

 12秒で終わった説明に、ティアが呆然とする中、アウロスは再び解術の体勢に入った。


 刹那――――遠くから、地響きのような音が聞こえてきた。



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