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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
158/383

第7章:革命児と魔術士の王(27)

 翌日――――

「……」

「……」

「……」

「……」

 四方教会の拠点に戻ったアウロスを待っていたのは、覇気のない8つの目。

 大黒柱を失った――――いや、概念そのものを失った組織の末路だった。

 そこに同じ物を提供できるような力は、アウロスにはない。

 元より、そのつもりもなかった。

 何故なら、アウロスにとって、四方教会の復活は特に関心事ではないからだ。

「で、アウロっち。オレっちたち、これから何をすればいいのさ?」

 辛うじて、やさぐれた物言いでトリスティが展開を促す。

 とはいえ、それも『滞った状況を動かそう』という意思ではなく、持て余した時間を埋める為の催促。

 この中で一番子供のトリスティは、この中で一番、その時間が苦痛なだけ。

 そこまでを確認した後、アウロスは第一声をあげた。

「代表代理として、これからのあんた等の行動を説明する。

 目的はマルテ奪回。失敗はあいつの命を危険に晒す可能性もあるから、集中するように」

 事務的に告げるアウロスに、8つの目がそれぞれ異なる形へと変わっていく。

 共通しているのは――――希望の光。

「それは御主人様の手伝いをするという事なのですか!?」

「えっ!? そうなの!? オレっちたち、師匠に見捨てられたんじゃないの!?」

「察するに、君はお師と接触し、お師の指示を受けている。そうじゃないか?」

 ティア、トリスティ、デクステラの3人が、同時に身を乗り出し、アウロスに迫ってくる。

 サニアだけは変わらずぼーっとしているが、それでも視線の向きは他の3人と重なっていた。

「……デウスがどうして一時的にここを抜けたのか、少し考えればわかる事だろ。

 見捨てられたと判断するのは感情的過ぎる」

「それは、その通りだ。ティアの動揺が我々にも伝染したのかもしれない。

 お師が我々を見放す訳がないのだから」

「なっ……私の所為ではありません! 私は沈黙を守っていただけで、取り乱していたのはトリスティじゃないですか!」

「えーっ? オレっちはみんな暗かったから、少しでも明るくしようって思って……」

 今度はデクステラ、ティア、トリスティの順に、責任をなすりつける。

 ただ、それは活気が戻った証拠。

 デウスの存在は、彼らにとって活力そのものだと、アウロスは再認識した。

 それは、ぼーっとしているサニアも例外ではない。

 態度も表情も変わらないが、視線だけは熱を帯びている。

「……ちょっと黙って貰えるか」

 ただ、活気がありすぎるのも考えもの。

 アウロスは耳を塞ぎたい気分で顔をしかめ、沈黙を促す。

「……済まない。少し気が緩んでしまった」

「いえ。それじゃ、待望のデウスの指示を発表するんで」

 その後、嘆息は敢えて胸に残し、説明に取りかかった。

 

 マルテ誘拐事件――――

 そう題名を付けるべきこの騒動における注視点は4つ。

 まず、『誰が誘拐したのか』。

 次に『何の目的で』誘拐したのか。

 更に『何処に』監禁されているのか。

 そして、『デウスが一時的にとはいえ四方教会を離脱した理由』。

 

 最後の理由は、実に単純だ。

 四方教会は、曲がりなりにも『アランテス教会を倒し、この国を治める』という目的を持った組織。

 公的ではないが、一定の認知と波及力を有している。

 もし、その代表たる人物が、『マルテ奪回の為に四方教会を動かした』となれば、公私混同となる事は言うまでもない。

 デウスが、自分の子供を助ける事を優先させ、行動するという事は、今後この組織を運営していく上で、大きな足枷になる。

 組織の代表ともなれば、行動には常に影響力がある。

 そのままで息子を助ける事は困難という判断は、自然であり、妥当だ。


 ただ、アウロスは他の可能性もほぼ確信していた。

 デウスは部下に真実を伝えていない。

 子供がいる事だけでなく、『デウスが教皇の子供』という事も。

 言えば、『結局はアランテス教会の身内、回し者――――と思われる』等という心配は、デウスがする筈もない。

 真実を明かさない理由が気遣いだという可能性は、この場合考慮すべきではない。

 デウスは、この国の覇者を目指す人物なのだから。

 アウロスの頭の中には、ミストの歪んだ笑顔が映っていた。

 あの大学での経験で、ハッキリ理解した事。


『上を目指す人間は、梯子を使って人生を登っている』


 常に踏み台を見ながら進んでいるという事だ。

 そこに躊躇はない。

 気遣いなど、ある筈がない。

 デウスは常に、自分の目的の為に他人があると考えるタイプ。

 なら、沈黙もまた、その行動理念は目的に起因するという考えが極めて妥当だ。

 素性を明かさない理由。

 それは――――いつか袂を分かった時の情報漏洩を防ぐ為。

 情報は『デウスが教皇の子供だ』という事に限らない。

 あらゆる重要な情報が、部下には伝えられていないと考えるべきだ。

 事実、本来なら誘拐の後に必ず届く『脅迫状』が、この四方教会には届いていない。

 当然だ。

 ロベリアがそうしたように、極めて重要な手紙はデウスのみが閲覧できるような

 システムになっているのだから。

 既に、彼がその脅迫状を持っている事は明白。

 デウスがロベリアの元を訪れたのは、裏を取るだけのことに過ぎない。

 マルテの居場所は、とうにわかっている筈だ。

 しかしそれは、四方教会の他のメンバーに知らされる事なく、現在に至っている。


 アウロスは確信していた。

 この『一時的な離脱』は、一時的ではないと。

 デウスを盲目的に慕っているこの目の前の4人は、最初からデウスの眼中にはない、と。

 それは、ミストとの戦いを経て身につけた嗅覚。

 今、この空間は、かつてのミスト研究室の状況と少し似てた。

 尤も、アウロスはミストの事を全面的に信頼していた訳ではなかったが。

「それじゃ、作戦を伝える」

 この確信を、アウロスは口にはしなかった。

 する理由がない。

 アウロスが『デウスはアンタ達を裏切るつもりだ』と言ったところで、誰も信じる筈がない。

 今しがた、それを確認したばかりだ。

 つまり、告発は無意味。

 そもそも、それをする義理もない。

 ただ――――


『なんで、戦争なんてしたんだろうね』

  

 そう漏らしたマルテに、アウロスは責任を感じていた。

 自分と接点を持った事で、危機的状況に陥ったのかもしれない。

 そもそも、あの戦争に自分が参加した事で、何かがマルテの周りに影響したかもしれない。

 いずれも客観的に見て、無意味に近い責任。

 それでも、アウロスはマルテを助ける事を密かに誓っていた。

「マルテを拉致したのは、グランド=ノヴァの一派と断定。放置するのは四方教会の沽券に関わる為、総力をあげて奪還する。決行日は――――」 






 第一聖地マラカナンには、他の聖地以上に数多くの教会が存在する。

 アランテス教会の総本山として君臨する、皇帝の住処『オリンピコ大聖堂』をはじめ、『トラッフォード大聖堂』、『メアッツァ聖堂』、『スタンフォード教会』など、世界的に有名な教会も複数あり、世界各国から巡礼者を招き入れている。

 そして、『エルアグア教会』もまた、その中の一つ。

 日中は、ひっきりなしに巡礼者が訪れ、その美しい様式に頭を垂れる。

 だが――――夜間となると、まるで違う顔を覗かせる。

 静寂に包まれたその空間は、異質な何かがそこにあって、その影響で病的な空気が生まれていると錯覚するほど、一種異様な空気が漂っていた。

「……ふぅ」

 雰囲気に耐えられなくなったのか、ティアが吐息を漏らす。

 その隣にいるのは、アウロスだけ。

 2人1組での侵入――――それが、デウスの掲げた『マルテ奪回作戦』の大前提だった。

 夜間の侵入調査は、必ずしも定石ではない。

 寧ろ、昼間の方が隙は多い。

 しかし、それは組織にもよるし、建物の性質にもよる。

 教会の場合、巡礼者が多くいる昼間は、ある程度の緊張感をもって警戒されている。

 この施設に関しては、夜間の方が侵入しやすい。

 事実、アウロスと四方教会の面々は、容易く教会内に侵入する事が出来た。

 そしてこの後、デウスの提唱した作戦では、以下のように行動する予定となっている。


 現在、教会内に侵入しているのは、デウス他、アウロス&ティア、サニア&トリスティ。

 デクステラは、教会の周辺で待機している。

 彼は『逃げ道』を作る為の布石だ。

 そして、侵入組の仕事は、主に2つ。

 1つは『マルテの探索』。

 そしてもう1つは『状況への対応』。

 後者はかなり広義を含んでいる。

 例えば、自分達がマルテを確保した場合、それを他の連中がわかるような合図を何かしらの方法で出し、更にマルテと共に教会外へと逃げなければならない。

 他の誰かがマルテを見つけた場合は、それを把握次第、速やかに離脱。

 場合によっては、戦闘の可能性もある。

 更にもっと言えば、他の仲間を逃がす為の囮となる必要もあるかもしれない。

 この作戦においての最優先事項は『マルテの奪回』となっている。

 ティアやデクステラは、この事に異を唱える事はなかったが、トリスティはやや不満げだった。

 年の近いマルテが妙に贔屓にされているのが気にくわない、と言わんばかりの。

 代表の息子なのだから、当然の事――――とは割り切れない年代だ。

 ただ、組織として、この件は不可解に思うべきではある。

 本来優先されるべきは『四方教会の利益と存続』。

 マルテさえ無事ならいい、というのは、この条件とは符合しない。

 だが、この作戦自体、マルテを奪回する為のものであって、マルテ奪回が最優先事項というのは、一応の筋は通っている。

 そうでなければ、そもそも奪回する意味すらないのだから。

 だからこそ、異を唱え難い。

 デウスの作戦は、巧妙だった。

 それは組み合わせにも現れている。

 2人1組は、侵入調査を行う上では基本中の基本。

 ただ、誰と誰が組むという統合要項に対しても、デウスは自由を与えずにいた。

 アウロスとティアを組ませたのには、当然明確な意図が見える。

 ティアの得意とする黄魔術は、合図を送りやすい魔術だ。

 それはサニアの赤魔術も同じだ。

 一方、トリスティの青魔術は、足止めしたり、敵の行動を防いだりする術には長けているものの、遠方に合図を送るような魔術は余りない。

 その意味では、妥当な組み合わせと言える。

 しかし、それだけではない。

「遅いですよ。早く来て下さい、エルガーデン様」

「……はあ」

 純粋な体力。

 アウロス、トリスティは、それが余りない。

 一方、ティアとサニアは身体能力も高い。

『マルテを発見した際、場合によってはどちらかが背負う必要がある』という事を加味した上での組み合わせだった。

「私達は2階の担当です。早く階段を上がって下さい、エルガーデン様」

「そのわざとらしい呼称、止めて貰えると助かるんだけど」

「気に留める必要はありません、エルガーデン様。これは決して敬意の現れではありませんから」

 ティアの返答に、アウロスは何となく、かつて自分に向けて毒舌の限りを尽くしていた女性を思い出した。

 近頃、やけにその機会が多い事を自覚する。

 そして、それが自然だという事も自覚していた。

「……この状況で顔を緩ませる神経がわかりかねます」

 極めて冷たいティアの言葉に、アウロスは心中で思わず苦笑し――――2階へ続く階段を上りきった。



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