第7章:革命児と魔術士の王(27)
翌日――――
「……」
「……」
「……」
「……」
四方教会の拠点に戻ったアウロスを待っていたのは、覇気のない8つの目。
大黒柱を失った――――いや、概念そのものを失った組織の末路だった。
そこに同じ物を提供できるような力は、アウロスにはない。
元より、そのつもりもなかった。
何故なら、アウロスにとって、四方教会の復活は特に関心事ではないからだ。
「で、アウロっち。オレっちたち、これから何をすればいいのさ?」
辛うじて、やさぐれた物言いでトリスティが展開を促す。
とはいえ、それも『滞った状況を動かそう』という意思ではなく、持て余した時間を埋める為の催促。
この中で一番子供のトリスティは、この中で一番、その時間が苦痛なだけ。
そこまでを確認した後、アウロスは第一声をあげた。
「代表代理として、これからのあんた等の行動を説明する。
目的はマルテ奪回。失敗はあいつの命を危険に晒す可能性もあるから、集中するように」
事務的に告げるアウロスに、8つの目がそれぞれ異なる形へと変わっていく。
共通しているのは――――希望の光。
「それは御主人様の手伝いをするという事なのですか!?」
「えっ!? そうなの!? オレっちたち、師匠に見捨てられたんじゃないの!?」
「察するに、君はお師と接触し、お師の指示を受けている。そうじゃないか?」
ティア、トリスティ、デクステラの3人が、同時に身を乗り出し、アウロスに迫ってくる。
サニアだけは変わらずぼーっとしているが、それでも視線の向きは他の3人と重なっていた。
「……デウスがどうして一時的にここを抜けたのか、少し考えればわかる事だろ。
見捨てられたと判断するのは感情的過ぎる」
「それは、その通りだ。ティアの動揺が我々にも伝染したのかもしれない。
お師が我々を見放す訳がないのだから」
「なっ……私の所為ではありません! 私は沈黙を守っていただけで、取り乱していたのはトリスティじゃないですか!」
「えーっ? オレっちはみんな暗かったから、少しでも明るくしようって思って……」
今度はデクステラ、ティア、トリスティの順に、責任をなすりつける。
ただ、それは活気が戻った証拠。
デウスの存在は、彼らにとって活力そのものだと、アウロスは再認識した。
それは、ぼーっとしているサニアも例外ではない。
態度も表情も変わらないが、視線だけは熱を帯びている。
「……ちょっと黙って貰えるか」
ただ、活気がありすぎるのも考えもの。
アウロスは耳を塞ぎたい気分で顔をしかめ、沈黙を促す。
「……済まない。少し気が緩んでしまった」
「いえ。それじゃ、待望のデウスの指示を発表するんで」
その後、嘆息は敢えて胸に残し、説明に取りかかった。
マルテ誘拐事件――――
そう題名を付けるべきこの騒動における注視点は4つ。
まず、『誰が誘拐したのか』。
次に『何の目的で』誘拐したのか。
更に『何処に』監禁されているのか。
そして、『デウスが一時的にとはいえ四方教会を離脱した理由』。
最後の理由は、実に単純だ。
四方教会は、曲がりなりにも『アランテス教会を倒し、この国を治める』という目的を持った組織。
公的ではないが、一定の認知と波及力を有している。
もし、その代表たる人物が、『マルテ奪回の為に四方教会を動かした』となれば、公私混同となる事は言うまでもない。
デウスが、自分の子供を助ける事を優先させ、行動するという事は、今後この組織を運営していく上で、大きな足枷になる。
組織の代表ともなれば、行動には常に影響力がある。
そのままで息子を助ける事は困難という判断は、自然であり、妥当だ。
ただ、アウロスは他の可能性もほぼ確信していた。
デウスは部下に真実を伝えていない。
子供がいる事だけでなく、『デウスが教皇の子供』という事も。
言えば、『結局はアランテス教会の身内、回し者――――と思われる』等という心配は、デウスがする筈もない。
真実を明かさない理由が気遣いだという可能性は、この場合考慮すべきではない。
デウスは、この国の覇者を目指す人物なのだから。
アウロスの頭の中には、ミストの歪んだ笑顔が映っていた。
あの大学での経験で、ハッキリ理解した事。
『上を目指す人間は、梯子を使って人生を登っている』
常に踏み台を見ながら進んでいるという事だ。
そこに躊躇はない。
気遣いなど、ある筈がない。
デウスは常に、自分の目的の為に他人があると考えるタイプ。
なら、沈黙もまた、その行動理念は目的に起因するという考えが極めて妥当だ。
素性を明かさない理由。
それは――――いつか袂を分かった時の情報漏洩を防ぐ為。
情報は『デウスが教皇の子供だ』という事に限らない。
あらゆる重要な情報が、部下には伝えられていないと考えるべきだ。
事実、本来なら誘拐の後に必ず届く『脅迫状』が、この四方教会には届いていない。
当然だ。
ロベリアがそうしたように、極めて重要な手紙はデウスのみが閲覧できるような
システムになっているのだから。
既に、彼がその脅迫状を持っている事は明白。
デウスがロベリアの元を訪れたのは、裏を取るだけのことに過ぎない。
マルテの居場所は、とうにわかっている筈だ。
しかしそれは、四方教会の他のメンバーに知らされる事なく、現在に至っている。
アウロスは確信していた。
この『一時的な離脱』は、一時的ではないと。
デウスを盲目的に慕っているこの目の前の4人は、最初からデウスの眼中にはない、と。
それは、ミストとの戦いを経て身につけた嗅覚。
今、この空間は、かつてのミスト研究室の状況と少し似てた。
尤も、アウロスはミストの事を全面的に信頼していた訳ではなかったが。
「それじゃ、作戦を伝える」
この確信を、アウロスは口にはしなかった。
する理由がない。
アウロスが『デウスはアンタ達を裏切るつもりだ』と言ったところで、誰も信じる筈がない。
今しがた、それを確認したばかりだ。
つまり、告発は無意味。
そもそも、それをする義理もない。
ただ――――
『なんで、戦争なんてしたんだろうね』
そう漏らしたマルテに、アウロスは責任を感じていた。
自分と接点を持った事で、危機的状況に陥ったのかもしれない。
そもそも、あの戦争に自分が参加した事で、何かがマルテの周りに影響したかもしれない。
いずれも客観的に見て、無意味に近い責任。
それでも、アウロスはマルテを助ける事を密かに誓っていた。
「マルテを拉致したのは、グランド=ノヴァの一派と断定。放置するのは四方教会の沽券に関わる為、総力をあげて奪還する。決行日は――――」
第一聖地マラカナンには、他の聖地以上に数多くの教会が存在する。
アランテス教会の総本山として君臨する、皇帝の住処『オリンピコ大聖堂』をはじめ、『トラッフォード大聖堂』、『メアッツァ聖堂』、『スタンフォード教会』など、世界的に有名な教会も複数あり、世界各国から巡礼者を招き入れている。
そして、『エルアグア教会』もまた、その中の一つ。
日中は、ひっきりなしに巡礼者が訪れ、その美しい様式に頭を垂れる。
だが――――夜間となると、まるで違う顔を覗かせる。
静寂に包まれたその空間は、異質な何かがそこにあって、その影響で病的な空気が生まれていると錯覚するほど、一種異様な空気が漂っていた。
「……ふぅ」
雰囲気に耐えられなくなったのか、ティアが吐息を漏らす。
その隣にいるのは、アウロスだけ。
2人1組での侵入――――それが、デウスの掲げた『マルテ奪回作戦』の大前提だった。
夜間の侵入調査は、必ずしも定石ではない。
寧ろ、昼間の方が隙は多い。
しかし、それは組織にもよるし、建物の性質にもよる。
教会の場合、巡礼者が多くいる昼間は、ある程度の緊張感をもって警戒されている。
この施設に関しては、夜間の方が侵入しやすい。
事実、アウロスと四方教会の面々は、容易く教会内に侵入する事が出来た。
そしてこの後、デウスの提唱した作戦では、以下のように行動する予定となっている。
現在、教会内に侵入しているのは、デウス他、アウロス&ティア、サニア&トリスティ。
デクステラは、教会の周辺で待機している。
彼は『逃げ道』を作る為の布石だ。
そして、侵入組の仕事は、主に2つ。
1つは『マルテの探索』。
そしてもう1つは『状況への対応』。
後者はかなり広義を含んでいる。
例えば、自分達がマルテを確保した場合、それを他の連中がわかるような合図を何かしらの方法で出し、更にマルテと共に教会外へと逃げなければならない。
他の誰かがマルテを見つけた場合は、それを把握次第、速やかに離脱。
場合によっては、戦闘の可能性もある。
更にもっと言えば、他の仲間を逃がす為の囮となる必要もあるかもしれない。
この作戦においての最優先事項は『マルテの奪回』となっている。
ティアやデクステラは、この事に異を唱える事はなかったが、トリスティはやや不満げだった。
年の近いマルテが妙に贔屓にされているのが気にくわない、と言わんばかりの。
代表の息子なのだから、当然の事――――とは割り切れない年代だ。
ただ、組織として、この件は不可解に思うべきではある。
本来優先されるべきは『四方教会の利益と存続』。
マルテさえ無事ならいい、というのは、この条件とは符合しない。
だが、この作戦自体、マルテを奪回する為のものであって、マルテ奪回が最優先事項というのは、一応の筋は通っている。
そうでなければ、そもそも奪回する意味すらないのだから。
だからこそ、異を唱え難い。
デウスの作戦は、巧妙だった。
それは組み合わせにも現れている。
2人1組は、侵入調査を行う上では基本中の基本。
ただ、誰と誰が組むという統合要項に対しても、デウスは自由を与えずにいた。
アウロスとティアを組ませたのには、当然明確な意図が見える。
ティアの得意とする黄魔術は、合図を送りやすい魔術だ。
それはサニアの赤魔術も同じだ。
一方、トリスティの青魔術は、足止めしたり、敵の行動を防いだりする術には長けているものの、遠方に合図を送るような魔術は余りない。
その意味では、妥当な組み合わせと言える。
しかし、それだけではない。
「遅いですよ。早く来て下さい、エルガーデン様」
「……はあ」
純粋な体力。
アウロス、トリスティは、それが余りない。
一方、ティアとサニアは身体能力も高い。
『マルテを発見した際、場合によってはどちらかが背負う必要がある』という事を加味した上での組み合わせだった。
「私達は2階の担当です。早く階段を上がって下さい、エルガーデン様」
「そのわざとらしい呼称、止めて貰えると助かるんだけど」
「気に留める必要はありません、エルガーデン様。これは決して敬意の現れではありませんから」
ティアの返答に、アウロスは何となく、かつて自分に向けて毒舌の限りを尽くしていた女性を思い出した。
近頃、やけにその機会が多い事を自覚する。
そして、それが自然だという事も自覚していた。
「……この状況で顔を緩ませる神経がわかりかねます」
極めて冷たいティアの言葉に、アウロスは心中で思わず苦笑し――――2階へ続く階段を上りきった。