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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
156/383

第7章:革命児と魔術士の王(25)

 現在、第一聖地マラカナンには、2種類のオートルーリングに関する論文が流れていると推測することができる。

 1つは、本物の論文。

 オートルーリングに関する正しい情報、正しい理論が記載されている。

 もう1つは、偽の論文。

 こちらは一部誤った情報、理論が記載されている。

 アウロスが恐れているのは、『オートルーリングを発明したのは自分ではなく別の人間』という事が確定し、デ・ラ・ペーニャの魔術士達がそれを認識する事。

 そうなれば、オートルーリングはもう、アウロス=エルガーデンの発明品ではなくなる。

 つまり、本物の論文を入手した人物が、その情報を元にオートルーリングの技術を自分のモノとして発表する事だ。

 これは、偽の論文の存在に関係なく、阻止しなければならない。


 そして、その本物の論文が行き着く先として、最有力候補になっているのが――――

「私の父に会いたいのか」

 フレアの父親、枢機卿ロベリア。

 普通なら、一介の魔術士(ですらない人間)が教会No.2という地位にいる彼に会うことなど、不可能といってもいいが、既に面識もあり、しかもアウロスの隣には、その娘がいる。

 この環境は、アウロスにとっては珍しく僥倖だった。

 尤も、そう簡単に『なら会わせてやる』とはならない――――

「なら、会わせてやる」

 という懸念から、先回りして次善案を練ろうとしていたアウロスは、暫し思考停止に陥った。

「あっらー! ヤダ、ロス君ったら、この子のお父さんに会いに行くの? それってもしかして、挨拶に? 婚前的な?」

「……本当にいいのか?」

 茶化すラディを無視し、アウロスは目に力を込めてフレアに問う。

 尚、デウスは珍しく無言のまま顔をしかめている。

 何気に、一杯喰わされた事がショックだったらしい。

「その代わり、条件がある」

「まあ、多少の無理なら聞くが」

「……」

 即答せず、フレアはアウロスの目をじっと眺める。

「傍目には、見つめ合う2人――――というように見えなくもないねー」

「お前、暫く向こうに行ってろ」

 食い気味にフレアが退場を勧告。

「えーっ!? あんで私が仲間はずれにされんの!? 私けっこう気に入られてなかった!?」

「それはお前の勘違いだ」

「がーーーーーーーーーーーーーーーん……」

 心に傷を負い、ラディがスゴスゴとテーブルから離れて行く。

 その様子を、アウロスは終始半眼で眺めていた。

「で、条件ってのは何なんだ?」

 そして、自分の首の後ろで手を組み、椅子の背もたれに寄りかかりながら、再度問う。

 フレアはラディの背中が見えなくなった事を確認し――――口を開いた。

「父に、聞いて欲しい事がある」

「自分で聞けない事なのか?」

「絶対に聞けない。だから頼んでる」

 尤もな返答にアウロスは一つ頷き、主旨を促す。

 フレアはそれでも俯き、逡巡を現していた。

 特に急かすでもなく、アウロスは答えを待つ。

 どれくらい、2人でそうしていたのか――――

「……父が喜ぶことを、聞いて欲しい。何をされたら嬉しいのか」

 ポツリと、何の前触れもなく、まるで吐露するかのようにフレアはそれを口にした。

 それが何を意味するのか――――問うまでもない。

「わかった」

 だから、アウロスは肯定以外の一切を排除した。

 ――――否。

 もう一つ付け加えて。

「今から会うつもりなんで、直ぐにセッティングしてくれ」

「直ぐは無理だ。まず、移動するのに時間が掛かる」

「馬車はこっちで用意する。幸い、それくらいはできる奴がここにいる」

 そう答えるアウロスの目には、既に立ち直り、微笑むデウスの顔が映っていた。





 教会の権力者に共通しているのは、紫を基調としたローブを着用している事と、豊かな資産。

 ロベリアの住処は、まさにその象徴ともいうべき屋敷だった。

 個人の家の範疇を超えた巨大な空間は、以前アウロスが訪れた『クワトロ・ホテル』よりも広い。

 大学の敷地に近い、広大な面積の私有地に、幾つもの棟が存在する優雅な建築物がそびえている。

 何よりも驚くべき事実は、その屋敷が『実家』ではない事。


 ここは、只の別荘に過ぎない。


 ロベリアは現在、活動の拠点を定めていない為、マラカナンの主要都市各所にこういった屋敷を構え、その時々によって住処を変えている。

 現在は、水没都市【エルアグア】での活動が中心なので、そのエルアグアに構えた家を拠点としている。

 とはいえ、フォン・デルマのある区域のような特殊な場所に屋敷を構えるのは非効率的なので、クエスタの近隣、【ヒュジオン】という街に屋敷は建てられていた。

「随分と、非常識な時間にやって来るものだな」

 パーティーでも開くのかと言わんばかりの広さを誇る応接室に現れたロベリアの顔は、これまで見せてきた表情とは違う意味で、苦痛に満ちている。

 当然の事ではあった。

 自身が毛嫌いし、排除したがっている男が、娘と共に現れたのだから。

「ま、そう言うな。この時間以外は家にいないだろう? それに、深夜の方がお前さんにも迷惑が掛からないだろう、っていう深い思慮もあっての事だ」

「とても、そうは思えないがな……」

 まるで友人を訪ねてきたかのように、笑顔で接するデウスに対し、ロベリアは常に瞼をピクピク動かしながら、上座の席に座った。

「一応、聞いておくが……見張りの者は?」

「ま、朝になる頃には目を覚ますさ。治療費は置いて行くから、それで手打ちにしておいてくれ」

「要らん! フレア、これはどういうことだ!」

 流石に冷静ではいられなくなったらしく、ロベリアが直立している娘に大声で怒鳴る。

 フレアは、それまで見せた事のない怯えた顔で、身体を小さくした。

「俺が頼んで案内して貰ったんだ。彼女を責めるのは止めて欲しい」

 そんなフレアに同情した訳ではないが――――デウスの隣で沈黙を守っていたアウロスが、諭すように告げる。

 だが、ロベリアの顔から怒気が抜けることはなかった。

「いつの間にかいなくなったと思えば、こんな突拍子もない事を……フレア、お前は一体何がしたいんだ? 私を困らせて、楽しんでいるのか?」

「ち、違う」

「だったら何故、不可解な行動ばかり――――!」

 思わず立ち上がったロベリアの背中を、一筋の汗が伝う。

 途中で言葉が止まったのは、自発的な理由ではない。

 正面に座るデウスの威圧によって、強制的に止められた。


 同時に、悟る。


 どれだけ身分に差があっても、一戦力としての差は、決して埋められないと。

「お前さんは、娘が大事じゃなかったのか?」

「大事に決まっているだろう! だから、事を荒立てずにお前らからフレアを取り戻した! それなのに、また同じ連中と連れ立って……一体これはどういう事だ!? フレア! お前は何がしたい!? 私には、お前が私を困らせたいとしか思えない!」

 ロベリアの叫び声は、高い応接室の天井に吊るされたシャンデリアの蝋燭の炎を揺らすには至らないが、それでも耳を塞ぎたくなるような音量。

 ただ、そう叫びたくなるのも仕方のない事ではあった。

 傍目から見れば、フレアの行動は、ロベリアの解釈でも成り立つ。

 寧ろ、それが一般論といってもいいくらいだ。

 しかし、アウロスは真相を知っている。

 知っているからこそ、それを敢えて告げない。

 告げない代わりに――――

「もし、そうだとしたら、どうする?」

 ポツリと、小さい声で呟く。

 そんなアウロスに、ロベリアは怪訝な顔つきで目を向けた。

「困らせたくて、俺達をここへ連れて来たのだとしたら、アンタはこいつをどうするつもりだ?」

「……な」

 ロベリアが絶句したのは、遥か年下の一般人に試されるような物言いをされたからではない。

 自分の言葉が肯定されたからでもない。

 単純に――――答えに詰まっていた。

「自分を困らせる人間は、排除する。権力者の基本だな」

 嘲笑するような声で、デウスはそう吐き捨てる。

 決して、示し合わせた訳ではないのだが――――

「例え身内でも、子供でも、それは例外じゃない。俺も腐るほど見てきた。だから、言ってもいいんだぞ? 本音を。別に誰も驚きはしないし、まして非難なんてしない。どうなんだい? 枢機卿様よ」

「……よく聞け、若造」

 デウスは極めて効率よく、ロベリアの本音を引き出した。

「フレアは私のたった一人の娘だ! この子が私を憎んでいようが、困らせようが、排除するなどという事があり得る筈がない! 私は怒っているだけだ! 理由も告げずに不可解な行動で父親を困らせる娘を怒るなど、どの家庭にだってある事じゃないのか!?」

 興奮したロベリアの言葉は――――興奮しているからこそ、本音だとわかる。

 ずっと黙って聞いていたフレアは、いつの間にか肩を震わせていた。

「仰る通り。ではアウロス、締めの言葉を」

「詐欺師か占い師にでもなれば、大稼ぎ出来そうだな」

「どっちも国王ほどじゃない」

 フレアの想いなど一切知る筈もないデウスのやたら大きな助け船に、アウロスは呆れながら嘆息した。

「……申し訳ない。今のアンタの言葉がどうしても聞きたかった」

 そして、視線をフレアへと向ける。

「どういう意味だ?」

「アンタの気持ちを知りたがってたんだよ、ずっと。アイツは」

 以前――――フレアが呟いたいくつかの言葉を、アウロスは思い出していた。

「アンタがどうすれば喜ぶかを」

「……?」

 しかし、その想いは、ロベリアにはわからない。

「色んな人がアンタに媚び諂って、色んな物を送られているらしいけど、それがちっとも嬉しそうに見えないらしい。アイツの目には」

「……」

 だが、ここまで言えば流石に気付く。

 娘だからこそ――――娘という立場だからこそ、見える事がある事に。

「でも、さっきの言葉で、アンタが普通の感性を持った、普通の家庭人って事がわかった。

 だから、何も難しく考える事はなかったんだ」

 それは、ロベリアにではなく、その後ろにいる娘――――フレアへ向けての言葉。

 実の娘ではない事。

 枢機卿という立場。

 度重なる失態。

 様々な要素が、事を難しくしていた。

「普通の子供が、普通の親にする事を普通に喜べる人なんだよ。お前の父親は」

「……わかった」

 フレアは素直に頷く。

 その目は、微かに色を帯びていた。


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