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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
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第7章:革命児と魔術士の王(23)

 論文とはすなわち、研究者のラブレターである。

 そこには、題材に対する研究者の愛が、これでもかと言わんばかりに詰まっているからだ。

 その愛は深く、ただ単に好きだ、愛してるという上辺の言葉には留まらない。

 熟慮を重ねた時間も、研究に捧げた経費も、何もかも、あらゆる記録が描かれている。


 では、そのラブレターが活かされるのは、どのような場面か。

 一般的には、論文発表会がそれに該当する。

 アウロスもまた、その場において奮闘した過去があるが、それは少々特殊だった。

 通常は、自身が長年掛けて完成させたラブレターを、自分の愛情を、これでもかと言わんばかりに詳しく発表する。

 ある意味、非常に気恥ずかしい場でもある。

 ただ、それ以外にも、専門的内容の論文が活躍する場は存在する。


 それは――――教会。


 アランテス教会は、魔術士の総本山。

 当然、論文という資料段階の専門書であっても、理解できる人物は沢山存在する。

 その論文が公になっていないならば、その中のまだ日の目を見ていない技術、知識を独占する事ができる。

 また、大学と裏で繋がっている教会関係者も多く、闇市場で仕入れた論文をその大学へ流すという可能性もある。

 いずれにせよ、利用価値はある。


 もし。

 仮に――――アウロスの論文、すなわち【魔術編綴時におけるルーリング作業の高速化】が、教会に対するラブレターだったら?

 

 その仮定を考慮する前に、まず『論文のラブレターとしての効力』と、『ラブレターを闇市場に流す理由』を証明する必要がある。

 前者に関しては、論文のテーマ、中身次第といえるだろう。

 何処にでもある研究であれば、教会関係者の目に留まる事はない。

 実際にその中身を体験し、その効力、威力を実感している人間であれば、食いつく可能性は極めて高い。


 次に後者。

 大学と教会は建前上は『独立した機関』であり、接触は禁止されているという事情がある。

 その為、大学の論文を教会が管理したり、奉納したりする事はできない。

 秘密裏に受渡しを行うにしても、難しい点が多い。

 発表が済んでいる論文であれば、既に教会関係者以外の数多くの魔術に関わる人々の目に触れているので、教会が独占する事はできず、無意味。

 更に、発表会に提出されていない論文は、研究者、研究室が限定されてしまうので、教会との癒着が発覚した際に言い逃れができない。

 よって、『まだ発表会にて発表されていない論文』を、闇市場に流し、その後に教会の手に渡るようにすれば、『論文は何者かによって盗まれ、闇市場に流れた。自分達は被害者だ』と訴える事ができ、教会に渡ってもお咎めはない。


 以上を踏まえた上で、アウロスの論文は、この仮定が当てはまるのか。

 普通に考えれば、『ない』。

 何故なら、既に発表会で発表されている論文だからだ。

 よって、『ラブレターを闇市場に流す理由』がないという事になる。


 だが――――ここで、ケース98の例が活きてくる。

 あの例は、『暗殺者にラブレターを送る』というものだった。

 だが、そのラブレターが受取人に渡る頃には、暗殺者は暗殺者ではなくなっていた。

 受取人の本質が、変わってしまっていた。

 仮に、ここでの暗殺者を『教会の中の人物』に変えると、こうなる。


『教会関係者にラブレターを送る』

『だが、教会関係者は教会関係者ではなくなっていた』


 これだけだと、単に受取人が教会を辞めた、というふうにしか取れない。

 しかし、下の文はこう言い換える事もできる。


『だが、教会関係者は、ラブレターを渡すに値する人物ではなくなっていた』


 失墜、という事だ。


 アウロスは、原点に返って考えた。

 何故、ミストが自分を切ったのか。

 理由は至極単純。

 完成した論文を、自分の物にしたかった、或いはしなければならなかったからだ。

 では、その目的は?

 それによって、名声が得られる。

 妥当ではあるが、ミストの野心は、そこには留まらない。

 ならば――――この推測が成り立つ。


『教会関係者に、論文を貢納する予定だった』


 それにより、教会との関係を確固たるものにする。

 なにより、論文発表会に教会関係者の姿があった事が、この仮定の信憑性を物語っている。

 アウロスの論文は、ミストが教会に渡す為の『ラブレター』だった。

 そこに、アウロスは気付いた。

 

 その前提を踏まえ、更に現状についての考慮を行う。

 問題点は、二つある。

 一つ目は、『論文は、レヴィによって闇市場へと流された』という点だ。

 その理由を、アウロスはこう解釈していた。


『レヴィはアウロスの論文を横取りしたミストが、その論文で出世する事に我慢できなかった』


 だから、論文の価値を落とす為、魔術密売という犯罪行為の渦中に投げ捨てた。

 更に、もう一つの問題点も、この解釈に符合する。

 それは『内容を改ざんした偽の論文として出回っている』点。

 レヴィがこれを行ったのなら、価値を落とすという意味で、辻褄が合う。

 よって、当初アウロスは――――


 『レヴィが闇市場に偽の論文を流す』


→『偽の論文が、魔術の専門家に目に触れる』


→『オートルーリングという技術には穴があると、目にした専門家が認識、発表する』


→『論文の価値は下がり、ミストがそれを利用する事はなくなる』


 という目論見によって行われた事と推測していた。

 ただし、かなり短絡的な行動だ。

 一時的に論文の価値が下がっても、ミストが改めて正しいオートルーリングの論文を発表する機会があれば、この風評被害は簡単に覆せるのだから。

 実際、オートルーリングの理論は完成しており、実用もできる段階。

 そして、ミストはその機会を作る事が出来る。

 リカバリーする上で、何の障害もない。

 レヴィは視野が狭い人間だが、ここまで愚かではないと、アウロスは判断している。

 この仮説は成立しない。


 であれば――――別の解釈が必要となる。

 そこで生まれる次の仮説は、『流出論文は、ミストから教会関係者へ向けたラブレター』という説だ。

 

 『レヴィが闇市場に偽物の論文を流す一方で、ミストは本物の論文を流し、教会へ行き着くよう仕向ける』


→『偽の論文が魔術の専門家に目に触れ、オートルーリングを非難する』


→『本物の論文を手にした教会関係者は、その非難を正しい知識に基づき否定。優位に立つと共に、オートルーリングを広めるという功績を手にする』


 このシナリオが成り立つ。


 今回の件のネックは、アウロスの論文が『発表済み』という点だった。

 仮にミストがオートルーリングの研究を教会に譲渡しても、それは『譲渡された研究』であって、教会主導で発明された理論ではない為、教会は大きな評価を得られない。


 だが、このシナリオならば――――

『ミストの発表したオートルーリングの研究論文には穴があったが、それを教会が直し、正解へと導いた』とする事が出来る。


 あの発表会の段階で、論文の中身を『詳細まで』見た人間はいない。

 発表会はあくまで、理論の発表であって、穴がないかどうかの確認の場ではないのだから。

 よって、ミストと教会の狙いは、『オートルーリングを世に出すのは教会の力があってこそ』という評価が生まれる事だ。

 ミストはその見返りに、教会との確固たる『絆』が出来る。


 もし、その仮説が正しいなら――――

『偽の論文』と『本物の論文』、二種類の論文が存在する事になる。

 そして両方に『特定の受取人』が存在する事も確定する。

 アウロスは、今回の一連の事件の真相を、そう読んだ。



「……俺は、偽物の論文を見つけた時点で、論文が改ざんされたと思い込んでいた。いや、改ざんはされてたんだけど、それは本質じゃない。実際には、オートルーリングの論文は『分裂』してたんだ。本物と、偽物に」

 ここまでのアウロスの説明を受け――――

「がー」

 ラディは寝ていた。

「くー」

 フレアも寝ていた。

 食欲が満たされた事と、内容の面倒臭さに、脳が仕事を放棄したらしい。

 にも拘らず、アウロスは説明を続けた。

「恐らく、最初は本物の論文を闇市場に流して、特定の教会関係者に受け取らせるだけの、単純なラブレターのやり取りを行う予定だったんだろう。でも、その関係が拗れた。受取人に予定していた人物に、その価値がなくなった。だから、ミストは作戦の変更を余儀なくされた」

 誰にともなく、説明は更に続く。

「その過程で、レヴィが暴走した。内容を改ざんした偽の論文を、闇市場に流す。そうすれば、魔術密売に関わり、かつ中身がデタラメって事で、論文の評価は落ちる。それがレヴィの狙いだったが、ミストはその事態を知り、利用することにした。偽の論文を、当初の受取人に予定していた人物に受け取らせ、本物の論文を『自分を出世させてくれそうな他の教会関係者』に受け取らせるように仕向けた。そうする事で、偽の論文を受け取った教会関係者は、最初こそ『オートルーリングは穴だらけの技術だ!』と吹いて回るが、それはいずれ本物の論文を手にした教会関係者に論破される。当然、教会内における力関係にも影響が出てくる。嘘を振りまいた人物は、一気に教会内での権力が弱くなるし、論破した方は強くなる。ミストは教会内の権力を操作し、その上で恩を売れるという事になる」

 そこまで一気に捲し立て――――アウロスは振り向き、後方の一番奥に位置しているテーブルに視線を向けた。

「と、そんな仮説を立ててみたけど……お前はどう思う?」

 そこには、特に変装もせず、デウスが一人腰掛けていた。

 ただし、後ろ向きな上、気配は綺麗に消している。

 気配察知が苦手なアウロスには、到底把握不可能なくらいに。

「何故、俺だとわかった?」

「幾ら気配を消しても、その身長で目立たないように周りに溶け込むのは無理だ」

 尤も、元々その気もなかったんだろうと解釈し、小さく息を吐く。

 そんなアウロスの方に顔を向けたデウスは、案の定、変装の類は何一つしていなかった。

「意外と、平然としていれば、わからないものなんだがな」

「ああ。だから『最初』はわからなかった。本当に平然としてたからな」

「……」

 デウスの顔に、笑みが浮かぶ。

 瞬時に、アウロスの言葉の意味を理解した証拠だった。

「最初……お前が俺とマルテの前に現れた【フォン・デルマ】では、正直本当にお前が魔術密売の現場に踏み込んできたとばかり思った」

「それも目的の一つではあるがな」

「でも、それは微々たる理由だろう。実際には、息子のマルテに危機が訪れると予感して駆けつけた。そこに、偶々俺がいた」

 アウロスは、常に疑問を持っていた。


 何故、デウスがあの場面にいたのか。

 何故、自分を四方教会に招き入れたのか。

 何故、マルテを四方教会に置いたのか。

 何故、自分を妙に買っていたのか。

 

 その都度、当人からそれなりの理由は述べられていたが、目的への強固な意思を持った人間が、真実を告げる事に重きを置く筈がないという事は、既に経験している。

 つまり、目的の達成の為なら、平気で嘘も吐くし、他人を利用する。

 アウロス自身、ある程度は自覚している事だ。

 ただ、デウスは嘘は言っていない。


 魔術密売の妨害が、四方教会の健全性のアピールに繋がる。

 高速、自動のルーリングを扱うアウロスは、即戦力になると判断した。

 雑用や情報収集などに起用できる。

 洞察力、判断力に優れている。

 

 いずれも、デウス本人、或いは間接的に提示された『答え』だ。

 そして、全て正しい。

 ただ――――この正解が、本命であるという保証はない。

 事実、マルテの件は明らかに『息子である』事が最大の理由だった。

 であれば、同じように他の疑問にも『本命の正解』があると解釈すべき。

 当然、『アウロスを代表代理に指名した』事も同様だ。

 これに関しては、既にラディとの会話の際に、一つの可能性を示している。

 その時は、自分自身への過大評価を理由に却下していたが――――

「……狙いは、オートルーリングか?」

 ここまでの思考の練磨が、その結論へと軌道修正した。



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