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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
149/383

第7章:革命児と魔術士の王(18)

 アランテス教会の警戒が増す中、四方教会の活動はその深度を増していた。

 現体制への批判は、直接的な表現こそ控えながらも、より鮮明に。

 新体制の宣伝活動は、より具体的に。

 少数精鋭の体制をとっている組織だけに、劇的にその範囲を広げる事は出来ないが、それでも熱意は着実に伝わり、エルアグアを中心とした地域に

 おいては、確実に四方教会の支持層が生まれつつあった。


 だが、問題も一つ――――


「痛ーっ! ちょっ、ティアっち! もっと優しくしてよ!」

「この薬はどうやっても染みます。我慢しなさい」

「うーぎゃーっ! ぎゃっぎゃっ! ぴぎゃーーーーっ!」

 トリスティのけたたましい悲鳴が、地下の居間に響き渡る。

 その原因は、活動中に起こった事故だった。

「でもさ、トリスティ君のそれって、事故なの? 普通、船に乗ってて突然鳥が襲って来るなんて、ないと思うんだけど」

「そのボサボサ頭を巣と間違われたんじゃないか?」

「し、失礼だなっ! そんな訳ないじゃん!」

 半眼でその頭を眺めるマルテとアウロスに、トリスティは半泣きしながら遺憾の意を示した。

「だが……確かに、こういう理不尽な事故や問題がここのところ増えた。偶然で片付けるのは、少々無理がある」

「絶対、教会の連中の仕業だよ! 証拠が出ないように鷹匠とか雇ってさ!」

「鷹だったのか、襲ってきたの」

「う、それは……わかんないけど」

 自信なさげに一差し指をクルクル回すトリスティの負傷箇所を、アウロスはじっと眺めていた。

 そこは、右肩。

 頭を巣と間違えた、という元々冗談じみていた発言は、この時点で完全に候補からは消える。

 そして、野生の鷹がわざわざ食べ物の臭いもしないであろう、その部分に飛びかかって来たとなると、やはりそこには『必然性』がなくてはならない。


 アランテス教会の警告――――


 そう取らざるを得なかった。

「ねえ、デウス師匠! いい加減、やられたらやり返してもいいでしょ? オレっちさ、防御苦手なんだよね。結界も上手く張れないしさー」

「青魔術って、結構守りやすい魔術だと思うんだけどな」

「ああ。単にこいつの性格が守りに向いていない、というだけだ」

 喚きながら進言するトリスティに、アウロスとデクステラの厳しい査定が入る。

 だが、それは敢えて無視し、トリスティは師の言葉を待った。

「まだだ。今の段階では、言いがかりにしかならない。教会から仕掛けたと一般市民でもわかるくらいの妨害が来ない限りは、耐えろ。耐えれば耐えるほど同情票も集まる」

「でもさー……いい加減、キッツいよ」

「我慢しろ。お前の代わりはいないんだ。お前が音を上げて逃げ出せば、俺達四方教会は破滅だ」

「そ、そこまで言われたら、我慢するけどさー……」

 トリスティの性格を知り尽くしたデウスの一言で、場は呆気なく収束した。

 しかし、ある種の『次の段階』に突入しつつあるのは、明らか。

 加入してそれなりの月日が経過した事で、アウロスにもその変化は実感できていた。

「……ま、トリスは今日一日、休め。代わりにアウロス、お前が書物集めをしろ」

「それは構わないけど、場所はこっちで勝手に決めるぞ。自分の為の情報収集も並行してやるから」

「構わん。好きに動け」

 そんなやり取りに、ティアの顔が一瞬、軋む。

「……ティア」

「何でもありません」

 だが、指摘される寸前、その顔は元に戻る。

 器用といえば器用、不器用といえば不器用。


 そんなティアに対する、他の四方教会の面々の評価は――――高い。


 アウロスも、それは例外ではなかった。

 彼女の特徴は、情報収拾能力。

 集める、ではなく、収める能力。

 あらゆる情報を統括し、そこに一つの筋道を作り出す。

 そうする事で、物事の全体像がくっきりと浮かび上がる。

 何故、こんな事が起こったのか。

 どうして、こんな状況が生まれたのか。

 ティアは、その分析と最適化に長けた人物だった。

 だからこそ、自分自身もそこへ当て嵌めてしまうという悪癖もある。

 何故、自分が、或いは他の誰かが、デウスの役に立てるのか。

 或いは、立てないのか。

 そんな事を常日頃考えており、自分と他者を比較する。

 それによって、嫉妬が生じる。

 その無駄な火付けによって、齟齬が生じる事もしばしば。

 特に、アウロスは幾度となく被害に遭っていた。

「じゃ、行ってくる」

 しかし、アウロスにそれを気に留める心理は働かない。

 そもそも、そんな事を感じている暇もない。

 大学時代と比較し、この空間は、何処か雑然としている。

 大学も混沌とはしていたが、そこはやはり教育機関、誰もが自身の利益の為に動いていた。

 しかし、この四方教会には、どうにも利己というモノが見えてこない。

 あるのは、デウスという人物に対する忠誠。

 ティアは勿論、口では言いたい放題のデクステラやトリスティも、デウスに対しては絶対の信頼を寄せている。

 サニアに関しては、戦闘以外の事を話す機会がないので、不明だが――――いずれにせよ、信頼が一人の人物に集中しているだけに、他の人間関係が余り表面化してこない。

 そこが、アウロスには雑然としたモノに映っていた。


 もっと言えば、曖昧模糊。


 全体のフォルムはハッキリわかっても、内部は漠然とし過ぎている。

 ただ、そんな空間は、割と居心地がいいもの。

 少なくとも、大学時代よりは。

 その一方で、中々自分の事に集中できない環境を上手く作られている事に、アウロスは不満も覚えていた。

 だからこそ、今回の代役は意義のあるモノにしなければならない――――

「……何なんだよ、お前は」

 筈だったが、その出鼻を挫かれてしまった。

 移動に使用する辻馬車に、先に乗り込んでいた客が一人。


 フレア=カーディナリスのムスッとした顔が、そこにはあった。


 尤も、辻馬車なので、そこに彼女がいる事自体は特に問題はない。

 不満は言えても理不尽を訴える事は出来ず、アウロスは顔をしかめながらその隣でも対面でもない椅子に腰掛ける。

 まるで意味のない抵抗ではあったが。

「もう、俺を追いかける理由はない筈だろ? 偶々会っただけ、なんて言う気じゃないよな?」

「偶々会った」

 絶句せざるを得ない、その投げやりな理由を受け、アウロスは一切の会話を拒否する姿勢を態度に出した。

 具体的には、景色を堪能する為の体勢。

 視界にフレアが収まる事はない角度。

 だが、その抵抗は無意味だった。

「お前、何者だ」

 馬車が移動を始める中、そんな根本的な質問が飛ぶ。

「父に全然媚びを売らないし、逆にずっと偉そうにしてた。そんな奴、初めて見た」

「ウチの大将もだろ」

「アイツはエラい奴だから、別におかしくない」

「……俺はおかしい、って言いたいのか」

 教皇の庶子――――以前ロベリアが言っていた事が、アウロスの脳裏を過ぎる。

 その事実を、本人に問い質す事はしていない。

 デウスなら、アッサリと『ああ、そうだ。それがどうした?』と言いそうではあると思いつつも、何か有効な活用方法を模索中だった。

「おかしい、と言うか、変」

「お前だって変だろ」

「枢機卿の娘なのに、魔術士じゃないのがか」

 それは、禁句だった――――と、アウロスは気付きつつも、特に配慮する必要を見出せず、堂々と首肯した。

「ま、変ってだけで、それが理不尽でもなければ不条理でもない。

 変ってだけの事だけどな」

 その一方で、なんとなくこんなフォローをするのは、自分の中に変化が生まれた事の証明――――そんな事を考えつつ、自分の大学時代の事をふと、思い返す。


 そこには、沢山の苦労があった。

 そして、沢山の財産もあった。


「……やっぱり変だ」

 そんなアウロスの顔をじっと眺め、フレアは小さくかぶりを振る。

 表面には一切の感情がないが、態度や言葉には必要以上の情感が存在する。

「お前らだって変だろ」

 結果、先刻と一語のみ変えた返答を選択した。

「お前等、『魔術士殺し』なんだろ? 枢機卿が魔術士殺しって時点で問題山積だが、その娘も……となれば、最早異常だ。狙いはわかるけど、自分自身が実行するってのは意味がわからない」

 枢機卿の行動は、とても単純だ。

 現在、教会は次期教皇を巡る後継者争いが勃発中。

 その為、デウスが以前、大空洞で言っていた『点数稼ぎ』だけではなく、少しでもその邪魔となる存在を排除する事が必要となってくる。

 その上で、魔術士を殺す、無力化する技術は有効。


 敵は身内にあり、という事だ。


 無論、それが自身まで戦いに参戦する理由にはならないが――――

「父は、味方がいない」

 それ以上に不可解な事を、フレアは前触れもなく言い放った。

 馬車はまだ、止まらない。

 目的地まではかなりの距離がある。

「父を持ち上げる奴は大勢いる。媚び諂う奴も沢山いる。でも……味方は一人もいない」

 その間の時間の潰し方を、アウロスは決めた。

「枢機卿に味方がいない、ってのは、中々斬新な見解だな」

「お前の言い方はいちいち回りくどい」

「そっちが率直過ぎるんだろ……どっちでも良いけど」

 実は、何気に気にしている事だった為、アウロスはこっそり傷付いていた。

「で、その見解の根拠は?」

「父は偉い。だから、みんな父に頭を下げる。誕生日になれば、父の為にパーティーを開く。でも、誰も父の好きなプレゼントは持ってこない。プレゼントを渡すのに、誰も父の顔を見ない。頭を下げたまま、差し出す」

 つまり――――位を見て、人を見ていない。

 フレアなりに凝ったらしいその言い回しは、実は率直だった。

「誰も……父を喜ばそうとはしない。誰も、父の喜ぶ顔を知らない」

「お前は? それに気付いているお前はどうなんだ」

 景色の中に緑が現れた事を横目で確認し、アウロスは当然の疑問を投げかける。

 娘なら、父親の喜ぶ顔など、何度だって――――

「……知らない」

 そんな、アウロスの浅慮は、あっさりと否定された。

「私が父と接した時間は、そんなに長くないから」

「……」

 何故、自分がそんな話をされているのか。

 枢機卿という、教会で二番目に偉い人間の孤独を、その娘から聞かされなければならないのか。

 アウロスはそんな事を考えながら、輪郭の覚束ない木々に目線を送っていた。

 


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