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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
マラカナン編
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第7章:革命児と魔術士の王(17)

 大空洞内の闇が、風とは違う影響によって揺れる。

 そんな黒雲にも似た空間を照らす出すアウロスのランプが、微かにその位置を下げた。

「……随分、下世話な話題だな」

 そして、声のトーンを下げる事なく、そう告げる。

 ロベリアはそんな青年の言葉に、苦笑を浮かべた。

「確かに、当事者のいない所でする話ではない。だが……アランテス教会の枢機卿として、言っておかなければならない事でもある」

「デウスの秘密を、か?」

「四方教会の長の秘密を、だ。それを知らずに、アランテス教会と敵対する四方教会に与する事は、少なくとも公正とは言い難い」

 それは要するに――――デウスの秘密というのが、アランテス教会にも関係している事、という意味だった。

 アウロスは、アランテス教会に然したる興味や関心を抱いてはいない。

 だが、デウスという人物には、少なくとも何かしらの引っかかりは覚えている。

「……交換条件は?」

 その自覚が、本来は必要のない筈の言葉を紡いだ。

「借りの消去……と言いたいところだが、それでは首を縦には振らないだろう。

 君個人への借り一つ、でどうだ?」

 自分がされた事を、そのまま返す。

 枢機卿は負けず嫌いな性格だった。

「俺がそれを返す機会なんて、今後出てこないと思うけどな」

「それを判断するのは、こちらだ。返答を」

 強い口調。


 勝負所を知っている。


 デウスには安く見られていたが、枢機卿ロベリア=カーディナリスは決して無能な人物ではなかった。

「……教えて下さい、とでも言った方が良いのか?」

「その必要もない。こちらが好きに話すだけだ」

 そんなロベリアの顔を、アウロスの少し前で立ち止まったままのフレアは、黙って眺めていた。

 その表情は、アウロスからは見えない。

 目視できない以上、推して知るしかないが――――それも難しい状況だった。

 だが、そんな他人の事を構っていられない状況が、次の瞬間発生する。

「デウス=レオンレイは、現教皇猊下の御子息だ」

「……何?」

 そのロベリアの暴露は、顔面の制御に関して間違いなく優秀なアウロスの顔に、幾つもの歪みを生んだ。


 現教皇の息子。


 アランテス教会は世襲制ではないので、その血筋がそのまま皇位継承権を有する、という事にはならないが、それでも貴き存在として扱われて

 然るべき人物を意味する。

 しかし、現実のデウスは、アランテス教会に仇なす組織の長。

 正反対の立場だ。

「庶子ではあるがな。それでも、教皇猊下の血を濃く引いた存在である事に変わりはない。それが、我々アランテス教会が、四方教会などという組織を存続させている理由の一つだ」


 つまり――――潰そうと思えば、いつでも潰せるという事。


 実際、活動内容はアランテス教会にとって脅威という程ではないにしろ、デウスの力を枢機卿が知っているのであれば、放置する方が不自然ではある。

 辻褄はあっている、という事だ。

「……ったく、なんて余計な情報なんだ」

 アウロスは頭を抱えたい心境で、大きな溜息を吐いた。

 自身の論文を追って、足を踏み入れた第一聖地。

 そこで身を寄せた組織は、教皇の息子が親への反逆として作った集団だった。

 その、あからさまに歪みきった構図が、目的地への最短距離を指し示す筈もない。

 徒労の要素が格段に増えた。

「驚くのも無理はない。反体制派の先鋒が、実は誰より現体制に近しい存在と知れば、誰であれ俄に信じ難い心情に駆られるだろう」

「いや、別にそこはどうでも良いんだが……ま、良いか。で、それを俺に教えて、どうする気だ? 間者がお望みなら、お断りだ。その言葉に良い想い出がない」

「それはもしかして、私の事を言っているのか」

 クルリと振り向いたフレアが、微妙にムスッとしていた。

 アウロスは特に否定する事はせず、手をヒラヒラさせて踵を返した。

「待て、アウロス。話はまだ終わっていないぞ?」

「間者にしろ何にしろ、俺がアンタ等に何かを提供する事はないさ。

 だから、これ以上の交渉は無意味。仮に――――」

 そのまま、歩を進める。

 早くも遅くもない、いつも通りの速度で。

「アンタの狙いが、四方教会の内部分裂だとしても、な」

 その言葉に、ロベリアの呼吸が乱れる。

 尤も、それを感知できる程、アウロスの耳が優れている訳でもないが――――

「……どうやら、四方教会への監視レベルを上げる必要がありそうだな」

「御自由に」

 そのやり取りを最後に、アウロスの耳に枢機卿の言葉が聞こえる事はなくなった。





 王とは、どうあるべきか――――


 王は一体、何をすべき存在か――――





 そんな命題に対する答えは、必ずしも歴史の中に眠っている訳でもないとデウスが気付いたのは、アランテス教会から脱し、暫く経ってからの事だった。

 教皇の息子。

 デウスのそのステータスを知る人間は、教会内でもかなり限られている。

 庶子であるが故だ。


 それでも――――或いは、だからこそ。


 デウスに対する教会の待遇は、本来そうあるべきものより遥かに悪かった。

 尤も、それに対するデウスの不満は、欠片もない。

 寧ろ、自分の能力で必要性を誇示できる立場に置かれた事で、その意欲は確実に増していた。

 事実、教会内には、デウスを次期教皇に、とする動きも生まれていた。

 これは、教会外には知られていない事。


 実は――――教皇には、実子が存在しない。


 正確には、いた。

 つまりは、過去であって、現在ではない、という事。

 世襲制ではないとはいえ、子が親を継ぐ事は、自然な事でもある。

 仮に、その実子が生きていれば、次期教皇はその子が最有力候補だっただろう。

 だが、既にそれは『過去』。

 過去は遺志を持つが、意志は持たない。

 次期教皇を巡る派閥争いは、熾烈を極めた。

 その中で、デウスは教会から自らの意思で離れる。

 教皇という存在そのものに、疑念を抱いたのは、その少し後の事。


 そこには別の理由があった。


 だが、その理由も、その後に湧き上がった数々の命題によって塗り潰されてしまう。

 その結末が、四方教会の誕生だった。

「……御主人様?」

 自身の目の前で、背筋を伸ばして指示を待つティアの姿を視認し、デウスはかぶりを振った。

「いや……なんでもない。それより、報告を」

「はい。アウロス=エルガーデンは交渉に成功。これを交渉と呼ぶ事には少し抵抗を感じますが……」

「報告に私見は要らん。で?」

「申し訳ありません。その後、アランテス教会は私達への監視体制を強化。これまで以上に、こっちの行動に対して神経質になっています」

「成程。上手くやってくれたみたいだな」

 デウスの口に、屈託のある微笑が浮かぶ。

「まずは、アランテス教会と四方教会の対立構造を一般市民に知って貰う。しかも、向こうがこちらを意識しているという事をな。そうすれば、自ずと市民の認識の中で、四方教会の格は上がっていく。『我等がアランテス教会の脅威となる存在』と、な」

「でも……そうなれば、動き難くなります」

「だからこそ、お前達にその下地作りをして貰っていた。

 布教にしても、無償奉仕にしてもな」

 それに関しては、敢えて説明を受けるまでもなく、ティアも理解していた。

 まずは、一般市民に対し、『自分達はこんな正しい事をしています』という紹介を、様々な手法で行う。

 そして、今度はアランテス教会から、敵視、更には排除という方向での厳しい攻撃を受ける。

 そうなれば、自然と市民の心情には『現体制に対する疑念』と『四方教会への同情、共感』が芽生えてくる。

 無論、そこまで安易に事が進むという希望的観測はしていない。

 ただ、体制を変えるには、大多数の市民が後押しするような状況を生み出す必要があるし、その為には、現体制の非難と新体制の魅力をバランス良く伝える必要がある。

 そして、それだけではなく、よりドラマティックに、よりわかりやすく、より庶民目線での活動と展開が必要となる。

 デウスは、その演出をコツコツと行っていた。

「ティア。お前がアウロスを嫌っている理由は何だ?」

 これも、その為の行動の一つ。

 デウスの突然の問い掛けに、ティアは狼狽を余儀なくされた。

「そ、それは……」

「人間的にいけ好かない、というのであれば、せめて表面上は改めろ。無理に仲良くしろとは言わんが、空気を悪くするのはよせ」

「……どうして、御主人様はそこまであの男に肩入れするんですか?」

 事務的なデウスの言葉とは対照的に、ティアの言葉は感情だけが籠っている。

 デウスは口を挟まずに、続きを聞いた。

「明らかに、あの男に対して御主人様は過大な信頼を寄せているように見えます。

 私達より……私より、あの男はそんなに優秀なのですか?」

 それは、誰が聞いてもわかる、あからさまな嫉妬。

 デウスは思わず顔を綻ばせ、机の先にいるティアの頭に手を伸ばし、その頭を愛でた。

「あ……」

「お前のその物怖じしない姿勢は、誰よりこの俺が好むところだ。だが、間違えるなよ。俺は感情で人間に執着はしない」

 その発言は、初めてのものではなかった。

 ティアはうっとりする顔を瞬時に曇らせる。

「俺が人に求めるのは、何だ?」

「……縁、です」

「そうだ。縁は偶然の産物ではない。縁があるから、人は人と共存する事が出来る。

 縁とはつまり、人間単位の挿話だ」

 そして、デウスはアウロスとの縁を記憶していた。

 それが、スカウトの一因、或いは全て。

 ティアの顔に、複雑な感情が浮かぶ。

「これから、四方教会は更に忙しくなる。お前にも、もっと働いて貰う。

 お前もまた、俺と深い縁を持つ一人なのだからな」

「……はい」

 小さく、そして力強く、ティアはそう返事をした。

 それが不毛な事だと、知りつつも。

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